ギレイの旅

千夜ニイ

管理局本部にて2

 その日、クリームは『勇者』の称号を使い、管理局の中でも限られたものしか入れない特別な施設の中にいた。
別に何かをしようというわけではない。
体力に限界を感じ休養をとろうと思って、その不審な者が簡単には入り込めない場所に入ったのだ。


 広い庭は、芝生がきれいに手入れされていた。日光が当たり、昼寝には気持ち良さそうだった。
管理局の中でも偉い人間しか入れない建物を遠目に眺めながらクリームはその芝生に寝転がる。
『砂神の勇者』の称号を持つクリーム・ゼラードのライセンスを見て、クリームは笑う。
「感謝しなきゃな」
そのライセンスを与えてくれた人間を思い出す。


 『逃げるのに疲れたら使って』そう託されたそのライセンスは確かに、クリームを守っていた。
元、仲間だった暗殺者共から追われ続ける日々。
砂神の剣とこのライセンスがクリームの命をつないできた。


 日の光を感じながら、クリームは深い眠りに落ちた。


「クリーム! 会いたかった!」


 草むらに寝転がっていたクリームは急浮上した意識で、聞き覚えのあるその声を聞いた。
飛び起きたクリームに嬉しそうに抱きつく儀礼。
その後ろからは肌を盛大に露出させた、プロポーション素晴らしい女性が歩いてくる。
しかも、装備された鎧や武器は超実践向き。


「お前は、なかなか罪深いやつだな」
元、暗殺者のクリームは、片頬を引きつらせて儀礼を哀れむ。その女性、発する気が普通ではない。
今のクリームはもちろん、黒獅子の力さえ上回っていると見てとれる。
そんな者を侍らせて何をしている『Sランク』、と。


「こっちはワルツ。監視のお姉さん」


クリームの言葉に何か戸惑いを感じたらしく、儀礼は焦ったように女性を手で示して紹介した。
「監視って……何やらかしたんだよ」
やはりクリームの頬は引きつる。
こんな上位の者が監視に付くなどまともな状況ではない。


「監視じゃない。護衛だ」
片方の腰に手を当て、ワルツが楽しむような笑顔で訂正した。
上から見下ろすその余裕の笑みがまた、クリームの目には魅惑的に映る。
強さを求めるクリームの理想、今の自分の力を笑えるほどの実力。
打ち合わせてみたい衝動にクリームは腰の双剣を抑える。
「護衛って……やっぱりなにやらかしたんだよ、儀礼」
ワルツによってクリームから引き剥がされる儀礼にその問いは聞こえなかったようだ。
こんな護衛が付く程の敵に儀礼は狙われている。クリームの笑いはやはり引きつったものになった。




「あのさ、クリーム。そのマント貸してくれない?」
突然、きらきらとした瞳で、儀礼がクリームに二本の手を差し出した。
「なんで……?」


 少し、警戒してクリームは言う。以前それで砂神の剣を奪われている。
「僕も白いマントしてみたい」
わくわくとした表情で、儀礼はそう言い切った。
クリームは仕方ない、と自分のマントを外した。
何かを企んでいるとしても、魔剣とは違い、ただの布切れ一つで何かができるとは思えなかった。
それを受け取った儀礼は、マントを背に回し、首元で紐を縛る。そして、


「わーい!」
と、まるで幼子のように駆け出した。見ている方が恥ずかしい。
クリームは思わず目を覆い隠すようにして笑った。あの儀礼を直視はできない。
ワルツも両手で腹を抑えるようにして笑っている。なんだか苦しそうだ。


 だが、次の瞬間に、笑っていたその二人の目つきが変わる。


「どっちの客かわかるか?」
クリームが張り詰めた低い声で言った。
「あたしの仕事だな。知った気配だ」
ワルツの答えを聞き、クリームは走り回る儀礼を捉える。
マントを掴み、護衛だと言うワルツの元へ投げ渡す。
ハンマーを持とうとしていたワルツが、倒れこむ儀礼を受け止めた。


「だったらそいつ捕まえとけ。逃げるぞ」
クリームは言い、殺気を飛ばす連中に向き直る。
ワルツに抑えられた儀礼は不満そうに頬を膨らませている。


 クリームの前方から巨大な岩が飛んできた。岩を飛ばす攻撃魔法『岩撃』。
それも、岩の大きさと数、速度を見れば魔法の威力は上級Aランク。
撃ち出した者に相手を生かす気はない。


 クリームはその岩群を見据え、両手を顔の前で合わせる。
「砂神」
その言葉を言えば、二つの剣から瞬時に光のつるが伸び、クリームの両腕に絡まる。
慣れた動作でクリームは右腕を伸ばす。クリームの中で砂神の感覚が複数の岩を捉えた。
「砕け」


 眼前に迫り来る巨大な岩の群は、その言葉と共に砂となってさらさらと砕け散った。

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