ギレイの旅

千夜ニイ

管理局からの呼び出し2

「それじゃあ、待ってますね」
そう言って儀礼は待つことにしたはずだった――。


 くるりと儀礼が後ろに向きを変えると、呼んでもいない人がそこにいた。
「……なんでいるんです?」
本気で儀礼は首を傾げる。今、呼んだのはワルツだけのはずだ。
それも、メッセージを送ったばかりで、その返事すら来ていない。


「たまたまワルツと一緒に居たんですよ。そうしたら呼び出しがかかったんで、連れて来てさし上げたんですよ? ワルツは移転魔法使えませんからね」
恩着せがましく呼んでいない人の一人、アーデスが言う。
「それは、ありがとうございます」
儀礼はアーデスに丁寧に頭を下げる。感謝は大事だ。


 確かに、移転魔法が使えないのは問題だ。護衛の手配ができたら呼んでくださいと管理局の職員は言ったが、まず、ワルツを呼べなければ手配ができなかった。
色々問題があるなあ、と儀礼は溜息を吐く。


「それで、コルロさんはどうして? 腕輪の説明に……」
「いや、違う」
儀礼が聞こうとすれば、話の途中でコルロに遮られた。説明しに来てくれたのではないらしい。
「管理局の本部に行くのに、護衛としてAAランクが必要で、さらに移転魔法使える方がいいんだろ。だったら、ワルツより俺かアーデスだって、話になって、どっちにするか聞きに来た」
コルロが説明する。儀礼の聞きたい腕輪のことでなく、ここに来た理由を。


「ワルツがいい」
儀礼はワルツの腕を掴む。相変わらず、見てるだけで寒そうな格好なのに、ワルツは平然としている。
気のせいではなく、待合室全体の視線が、ワルツ達3人に集まっていた。
目立つなぁ、と儀礼は色つきの眼鏡を深く掛け直す。


 それにしても、何故よりによって選択肢がアーデスとコルロの二人になるのだろうか。
儀礼が断りたいと思った二人に。
「ワルツは移転魔法使えませんから、本部で何かあった時逃げられませんよ?」
にっこりとアーデスが笑う。脅すようなことを言いながら。
管理局の本部、世界一とさえ言える厳しい管理をされている所で一体何があると言うのか。


「どっちか?」
儀礼が間違いを願って聞けば、やはりその二人が頷く。儀礼は考え込むように拳を口元に当てる。
「お姉さん、一緒に来てくれません……か?」
考えた結果、受付けの女性に駆け寄って、手を伸ばしてみたが、儀礼はワルツに羽交い絞めのようにして止められてしまった。
「やめとけ、ギレイ」
女性が、はい。と言ってくれそうだったのに、と儀礼はまた頬を膨らませる。
恐ろしいアーデスやコルロといても、ああいう人と一緒なら癒されると思ったのだが。


 何故か、コルロが床に転げて笑っている。
こういう人には蹴りを入れるのが拓流。無視するのが儀礼流。面白そうに見ちゃうのが獅子流。
「関係ない人を連れて行って何かあったらどうするんです?」
アーデスが諭すように言う。その通りなのだが。
「だって、アーデスだったら二人位、守れるでしょう」
アーデスはそれができてしまうような人間なのだ。何の問題もなく、儀礼ともう一人位守ってしまえる。


 今度はどうしてか、ワルツが口元を押さえるようにして笑っている。
「……儀礼様、守ることができても仕事が増えるのは事実です。どんな場合でも、不必要な危険に他人を巻き込むものではありません」
困ったようにアーデスが言った。
言われて、儀礼は思い出した。儀礼は守られている人間だった、と。さっきもそれを実感したと言うのに。
守っているのは獅子であり、アーデス達だ。昨日の不審者を倒したのは獅子だった。一昨日の不審者を倒したのはコルロ。その他にも、儀礼の知らない所で、いつの間にか儀礼は守られてきた。
敵を倒しているのはアーデス達、何もしていない儀礼に何かを偉そうに言う権利などない。驕ってはいけない、と儀礼は気持ちを引き締める。


 儀礼には選べない。それでもやっぱり、その二人は遠慮したくて。
「ワルツぅ」
儀礼は涙を堪えてワルツの腕を揺するようにして訴えてみる。何とかならないだろうか。この二人は怖い、と。


「思ったんだけど、儀礼に転移陣の使い方教えてやればいいんじゃないか?」
ワルツが口を開いた。儀礼を援護してくれるらしい。その転移陣という物がどういうものか儀礼は詳しく知らないが、一昨日コルロがちらっと言ってたのを聞けば、誰でも移転ができるものらしい。


「あぁ、教えちゃうんですか? 折角面白かったのに」
アーデスが明らかにおかしいことを言っている。それではまるで、儀礼にわざと教えないようにしていたみたいではないか。
「面白がってる場合じゃないだろ。知ってればかなり便利になる。フェードならほとんどの管理局に設置されてるから移動が楽だぞ。フロアキュールにだっていつでも来れるし」
ワルツが笑いながら儀礼に説明する。


「本当! フロアキュールにも! そしてらハルバーラとか王都にもあるの?」
「当たり前だろ。ない方がおかしいんだ。ドルエドは本当に規制が厳しいよな」
儀礼がワルツの両手を取って言えば、ワルツは呆れたように説明を続ける。
「この管理局にもあるから、実際使ってみるか? その方が早く覚えるだろ。それに、行かなきゃいけないんだろ、本部に」


 ワルツの言葉に、儀礼は忘れかけていた本部行きを思い出した。そのためにワルツたちが来たと言うのに。
「そしたら、護衛はワルツでいいんだよね。移転魔法なくていいんだから。もしかして、最初からワルツが転移陣て言うのでここに来ればよかっただけ? アーデスとコルロさんはいらなかったんじゃ……」
儀礼がその二人を見れば、アーデスはにこにこと笑い、コルロは全然違う方を向き知らん顔をしている。


「もしかして、からかいに来ただけですか」
「そうなるな。あたしは止めたんだぞ、一応」
ワルツが儀礼に負ぶさるように絡む。
儀礼は杖にされている気分になるが、ワルツには高さがちょうどいいらしい。


「コルロさん、暇だったら、これの白い糸について――」
「じゃ、俺仕事に戻るわ」
儀礼の言葉を遮って、白い光と共にコルロが消え去った。腕輪の呪いの様な物について教えてくれる気はないらしい。


「アーデスはどうするの? 本当にからかいに来ただけ?」
儀礼が首を傾げれば、アーデスはにっこりと笑う。
「一応仕事に来たんですが、終わってるようなので一旦戻ります」
にっこりとした笑顔のまま、アーデスも白い光に消えていった。
終わった仕事とは、獅子の片した人たちのことだろうか。獅子が護衛らしい仕事をしてくれていて儀礼は助かった。


「じゃ、あたしらも行くか」
ワルツに促され、儀礼は世話になった受付けの女性に手を振る。
ありがとうございました、と言えば、にこにこと手を振り返してくれた。他の受付けの人まで儀礼に手を振っている。ここは接客態度のいい管理局だな、と儀礼は微笑む。
そうして儀礼はワルツに手を引かれるように歩き、初めて見る転移陣と言う物に心を躍らせるのだった。


 待合室を出た所で、その待合室内から高い叫び声が上がった。金切り声のような複数の叫び。
「「「キャーッ、可愛いっ!!」」」「何、今の子、男の子? 女の子?」「可愛かった、すっごく」


 儀礼はワルツの手を握り、足を速める。今の叫びを儀礼は聞かなかったことにした。

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