ギレイの旅

千夜ニイ

穴兎との会話

 森を抜けた儀礼と獅子はすぐに次の町へと向かった。
いくつかの森と町を越え、大きめな街に着けば、腕輪が光る回数が格段に減った。Bランクの冒険者の、探索魔法の範囲はそう広くないらしい。


儀礼は安堵の息を吐き、腕輪の効果で宿の自室に結界を張った。
慣れれば、自分の周りに結界を張ることもできるようだが、儀礼にはまだ無理だ。
車や、部屋と言った結界を作るための空間を囲む媒体が必要だった。


 ベッドに飛び込んだ儀礼の視界に黒い文字が浮かび上がる。
穴兎からのメッセージだ。
そういえば、電源を入れるのを一日忘れていた。今のは勝手に点いた。穴兎の仕業か。
同じ部屋にいる獅子を確認する。剣の手入れ中、しばらくは大丈夫。多分、夕飯までは呼ばれない。
儀礼は寝転がったまま手袋のキーに指を置いた。


穴兎:“ギレイ、家に連絡したか? あの後何の連絡も取れなくなって、どうした?”


 メッセージを読み、儀礼は数度瞬く。


儀礼:“あ、忘れた。”
穴兎:“忘れた!? あれだけ言ったのに、その場でちょっとメッセージ送ればいいだけだろ。”
穴兎:“2分もかからない”


 穴兎が怒っている様だ。しかし、忘れたのだって、儀礼はわざとではない。


儀礼:“うう、そうなんだけどさ。その、命の危機で”


 そう、パソコンからメッセージを送ろうとして儀礼は気配のない男に、後ろから狙われたのだ。


穴兎:“はぁ? 大丈夫なのか?”
儀礼:“うん。それはすぐ大丈夫になったんだけど。”


 結局は儀礼の護衛の悪ふざけだったが、あれが本物だったら儀礼の命はなかった。課題が残る。


穴兎:“それで、どうしてモニターの電源まで切ってたんだ? それのせいで連絡も忘れたんだろ”
儀礼:“それは、うさぎの危機で”


 そう、アナザーの危機。間違ってない。コルロは儀礼の護衛だが、犯罪者『アナザー』は世界の敵だ。
正体不明だから手配ができないだけで、十分賞金首に値している。


穴兎:“待て、いつ俺の危機になった。”


 穴兎には自分が追われるものだという自覚がないらしい。
ふっ、と儀礼は笑う。いつもは儀礼が笑われる側だ。


儀礼:“『連撃』のコルロが来て、機械に詳しそうだったから警戒した。”


 次いで、儀礼は疑問に思ったことを聞く。穴兎からはアーデスがやばい奴としか聞いていない。


儀礼:“コルロさんて、パソコンのデータ、アーデスと同じ位扱えるんじゃない?”


 管理局のパソコンから儀礼の足跡を消していくコルロは随分と手馴れた様子だった。普段からやっているとしか思えない。


穴兎:“アーデスよりは下だと思うけどな。まぁ、確かに警戒するレベルではあるな。”


 やはり、穴兎はコルロのことも知っているようだ。そして、アーデスはアレ以上なんだな、と儀礼は何かを納得した。


 穴兎なら儀礼の貰った腕輪について何か分かるだろうか? と、儀礼は左手のキーより下にあるその腕輪に触れる。何故か白い糸を出す不気味な腕輪。自力で調べようとしたが、ネットにも、管理局にもデータが置いてない。
管理局に置いてないわけがないので、権利による制限があるのだろう。
Sランクの儀礼に読めないなら、個人の特許に関するものだ。
それに儀礼が触れるのは危険すぎる。それができるのが、ネットの超人『アナザー』だ。


儀礼:“コルロさんに腕輪貰ったんだけど、使い方とか分からない? どこにも載ってないんだ。”
儀礼:“情報データ。”
穴兎:“……悪い、理解できない。何貰ったって?”


 そんな簡単なことが理解できないわけがない。どうして聞き返すのか。ログを見ればいいのに、と儀礼は頬を膨らませる。面倒を増やさないで欲しい。


儀礼:“コルロさんの腕輪。”


 しかし、儀礼は知っている。こういう時、時間を稼ぎながら穴兎の意識は検索に走っている。儀礼はただ、待てばいい。
だが、穴兎の答えは儀礼の予想を超えていた。穴兎が理解できないのも本音だったかもしれない。


穴兎:“それ、Aランクの中でもロックされてる部類だぞ”


 ロックされている。つまり、ただの特許事項ではない。世間に広めてはいけないレベル。
儀礼の持つ情報と同等の価値がある。


儀礼:“あれ? それ、聞いてない。”


 儀礼の顔から血の気が引く。アーデスのマップもやばい。ワルツのワイバーンの瞳もやばい。特に、瞳は覚醒した能力がかなりやばい。
そして、この腕輪はそれらと同レベル。


穴兎:“現段階では感覚頼りみたいだな。開発中だ、それ。なんだって、そんな物貰ったんだ?”


 元々の情報が無いのではアナザーでもどうしようもないだろう。
 本当に、なんだって儀礼はそんなやばい物をもらうことになったのだったか。思い出す。


儀礼:“銃作るのと交換って。取引した。”


 思い出した取引条件。確か、それが理由だった。昨日の事なのに、儀礼には何故かもうその記憶が遠い気がしていた。


穴兎:“あー、お前の銃も同レベルだもんな。確かに取引成り立つわ”


 同レベルなんだ、と儀礼はようやくその危険度を理解する。コルロがあんまりたくさん持っていたから、儀礼は感覚を狂わされたらしい。
どうりで、さっき行った魔法道具店のおばあさんの対応がおかしかったわけだ。ああいうのを目の色変えると言うのだろう。
儀礼の銃をそこらの武器屋に持って行っても、同じ反応になるだろう。
たちまち、変な連盟に追われることになる。――なった。


 儀礼は無用心だった自分を反省する。


儀礼:“でも、この腕輪、なんか呪われてるみたいで”


 腕輪から白い糸がたくさん出て、勝手に儀礼の腕に装着された。そんなの普通ではない。
それをなんとか調べたくて、儀礼は専門家のいそうな店に聞きに言ったのだ。同じような物が店先にたくさん並んでいて、調整、修理いたしますと書いてあったから。
実際は質がかなり違ったらしい。
儀礼も、そこらを走っている車と愛華を同じに扱われたら許せない。コルロに悪いことをした。


 しばらく考え込んでから、儀礼は穴兎のメッセージで我に返った。


穴兎:“……? 呪われたのか?”


 穴兎の返答は少し遅かった。今まで、しゃべるように速い返答が続いていたのに。


儀礼:“ねぇ、今笑わなかった? 手元狂わなかった?”


 儀礼は思ったことを問いかける。もちろん、攻めるような口調で。


穴兎:“悪い。笑ってねぇ、とは言わない。”


 正直な返答だ。


儀礼:“嘘でも笑ってないって言ってくれればいいのに”
穴兎:“分かる嘘ついても仕方ないだろ。それよりギレイ、それ以上危険増やしてどうするんだよ。”


 コルロの腕輪のようなロックされるべき情報を多数持っているから、儀礼はSランクになったのだ。
書類やデータの状態ならば、一括で管理できる。しかし、実物となると個々に対応しなければならない。
儀礼は実は凄く面倒な物を持たされたのではないか。呪われているので、外すことも叶わない。


儀礼:“そうなんだよね。”


 儀礼は大きなため息を吐く。


儀礼:”この腕輪が探索魔法切ってくれるんだけど、結界張らないと5分に一回発動してる。”


 儀礼達がこの街に着く頃になって、5分に一回に減ったのだ。
さっき儀礼が間違って入った店のせいでこの部屋に結界を張るまでは点滅が途切れなかった。
大きな街、恐るべし。


穴兎:“探索だけ切っても根本の解決にはならないからな。”


 探索魔法の使い手を倒さなければいつまでも繰り返すだけ。
相手が何人いて、何のために儀礼を探しているのかもわからない。
腕輪の光を見ながら、知らないままの方が幸せだったのでは、と儀礼には思えてきた。


 今の光、誰かが儀礼の結界に触れた。
獅子が無言で剣を持って部屋を出て行く。
今まで、獅子がどこかに行っても、儀礼は気にもしなかった。
もしかして、ああやって何かの気配に気付いていたのだろうか。


儀礼:“あ、腕輪が緑に光った。穴うさぎは緑色?”


 なんだか考え込みそうなので、儀礼は穴兎で遊ぶことにする。


穴兎:“いや、それ俺じゃないから……。”


 残念、乗ってこなかった。


儀礼:“兎は魔法使わないの?”
穴兎:“残念だが、うちは家系的に魔力が低いらしくてな。”
儀礼:“ふーん。兎に魔法は使えない、と。”
穴兎:“何のメモだそれは”
儀礼:“兎捕縛した時用の、飼い方メモ……”
穴兎:“なら俺は迷子捕獲用セットを……”


 そうして、儀礼と穴兎の話は脱線して戻らない。
儀礼はいくつもの課題の対策を考えながら。
穴兎は自分の仕事を進めながら、合間でくだらない会話を続ける。


 今日もまた、儀礼は家への連絡を忘れた。

「ギレイの旅」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く