ギレイの旅

千夜ニイ

魔虫退治の儀礼編 逃げ出す

 森の中を儀礼は獅子と共に走っていた。一つの仕事を終え、帰る途中の道。
獅子が急用があるなんて言うから、一緒に仕事に行ったメンバーを置いてきたところだ。


 さっきから儀礼の右腕で、昨日コルロに貰った腕輪の宝石が光っては消え、光っては消えと、点滅を繰り返している。
これは、探索魔法が儀礼達に掛かり、腕輪が切り、探索魔法が追跡し、腕輪が払い、そういう点滅だと儀礼は理解する。
探索。補助魔法使いの女の人は探索魔法が得意だと獅子が言っていた。
つまり、儀礼達はあの連中に探されているらしい。


 儀礼のポケットを探ろうとしてきた色っぽいお姉さ……怪しい女性と、拘束するに近い力で反対の腕を掴んできた女性。
儀礼を囲むように立っていた男三人。
敵意は感じなかったが、獅子が儀礼を引き離すように連れて来たのは気になる。


 急用を思い出した、と言った獅子が急用の中味を言わない。
儀礼の隣を走る獅子はもう、その急用を終えたのだろう。
儀礼を危険人物から引き離すと言う護衛の仕事を。


「なぁ、儀礼……」
悩んでる様な獅子の声が木の上から聞こえてきた。何かに悩むなんて、獅子にしては珍しい。
「何?」
儀礼は、考えごとをしながら木の上を走るという、器用な獅子を見上げた。
「人の心って変わるんだな」
獅子の口から儀礼が思ってもみなかった言葉が出た。人の心、哲学か。
あまりに意外すぎて、周囲への気が散漫になり、儀礼は足元の木の根につまずく。ありえない失態。
獅子が可笑しそうに笑う。まさかそれが狙いか、と一瞬疑ったが思い直す。
儀礼に話しかけてきた獅子の顔は本当に真剣だった。


「さっきの人達のこと?」
この状況で心が変わるなんて、それしか思い浮かばない。獅子に媚びる様についてきたメンバーが、儀礼が魔虫退治の仕掛けを動かした途端に態度を変えた。あんまりにもあからさまに。
自然、儀礼の顔はしかめられる。


「悪かった」
言いながら、獅子が木から飛び降りてきた。儀礼の速さに合わせ、隣りを走る。
「何が?」
何も獅子が悪いわけではないのに、何を謝ると言うのか。儀礼は首を傾げる。
「俺は、調子に乗りすぎたかも」
獅子が本当にすまなそうに地面の先を見つめる。もしかして、儀礼の気づかぬ間に何かやったのだろうか。「今すぐ儀礼に謝って来い!」とか威張りながら? この獅子が、儀礼の影で何かする。ないな、と儀礼は小さく首を振る。
儀礼の使った機械にあの人達が目を留めたと言う方がずっと納得できる。昨日の不審者たちがいい例だ。
しかしそれではまるで、光の剣を操るような獅子よりも、儀礼の方が優れた事をしたと言っている様で。


「あーっ!!」
儀礼は叫び声と共に自分の頭を押さえた。今すぐに消えて欲しい、そんな考え。
自分が傑出した者でないと儀礼は知っている。
儀礼の持つ知識は祖父の物だ。人前でひけらかしても、それは儀礼の力ではなかった。
だから儀礼は、目の前にいる『光の剣』という格違いの魔剣に存在を認められた人間を、超えるような者ではない。
剣を操り、大量の炎を消すなんて儀礼にはできない。他の手を使えばできるが、それはやっぱり、儀礼だけの力ではない。
負けていられない、とは思った。だから儀礼は魔虫退治の仕掛けに関して大した説明もせずに発動させ、獅子を驚かせた。


 調子に乗ったのは儀礼の方だった。


 ドルエドを出て、科学も魔法も進んだ国、フェードに入ったので、儀礼の機械を使ってもそれほど目立たないだろうと、高を括った。ここが何よりも情報の国であると、儀礼は失念していたのだ。
自分の考えの浅はかさも、浅ましさも恥ずかしい。儀礼は結局、自分の身すら守れていない。
「くそっ」


 騒いだ儀礼がうるさかったのか、獅子は無言で木の上に戻る。小枝を揺らす音もないのでお前は忍者かと言いたい。
何故か獅子は、可哀想な者を見るような目で儀礼を見ていた。やっぱり突然叫んだからだろうか。
走りながら叫んだせいで、儀礼は息が苦しくなっていた。
木の上を軽々と飛んでいく獅子が羨ましい。
そう思っていたら、儀礼の心を読んだように獅子が儀礼の白衣に手を伸ばした。
持ってくれるということだろう。白衣がなくなり儀礼は身が軽くなる。
大きく息を吸えば、かなり楽になった。重りを押し付けたので、獅子の足も遅くなるだろう。


「だいたい取り巻きって……儀礼、俺あんなの周りにいらねぇんだけど」
少し前を行く獅子が、後ろを振り返りながら言った。儀礼に向けていったのか後方にいるはずのあの連中を見たのかはわからない。
しかし、その背中の剣に儀礼の目は留まった。『光の剣』。


「……笑ったから僕に押し付けた?」
人の心すら操る、その剣の力に気付いて、儀礼は血の気が引くのを感じた。『人の心って変わるんだな』獅子は確かにそう言った。まるでその瞬間を目の当たりにしたかのように。
炎を操った獅子にならそれができてもおかしくない。その段階に行くにはまだ猶予があると儀礼は思っていたのだが。
 「別にあれは関係ない。押し付けるってなんだよ。そんなことできるか」
ひらりとまた獅子が儀礼の隣りに降りてくる。怒ったような顔をしているので、儀礼の思い違いだったようだ。


 儀礼は余計なことを言ったのかもしれない。
「できるのか」
獅子が言う。
答えられるわけがない。『光の剣』が何百万と言う人の心を操り戦乱の時代を招いた物だなどと。


 獅子から逸らした視線の先で、また腕輪の石が点滅した。
まだ儀礼はあの人達に探されているようだ。獅子も認めた不審人物達に。
『黒獅子』と共にいる儀礼が『蜃気楼』と気付いてなお、追って来るのだろうか。
この町を拠点にしているパーティだとしたら、包囲網はどれほどになるのだろうか。 
どうして腕輪は、白、緑、青、茶、黒、とこんなに色を増やしながら光るのだろうか。
「……もうこの町出よう?」
儀礼は涙の出てくる瞳で獅子に訴えた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品