ギレイの旅

千夜ニイ

魔虫退治の儀礼編 コルロ来襲

 獅子が珍しく仕事で苦戦して、魔獣討伐に再挑戦すると言う。
儀礼はもう一日予定が空いたことになる。
本当なら今日行こうと思っていたので、魔虫退治の道具を急いで調整してたのだが、もう一日あるならもう少し手を加えてみよう、と儀礼は思った。


 管理局に来て儀礼は部屋を借りる。
受付で手続きしてる間に儀礼の色つき眼鏡に文字が表示される。穴兎からメッセージが届いたのだ。
“お前、最近家に連絡したか?”と。
そう言えば、連絡すると言っていたのに、儀礼は今まで一度も両親に連絡していないことに気付く。
たまに来る利香には両親によろしくとか言っておいたが、伝わっているだろうか? と儀礼は首を傾げる。


“まったくしてない。”
受付の手続きが終わってから儀礼は穴兎にメッセージを返した。
それにしても、なぜ穴兎が儀礼の家のことなど聞くのだろう? まさか、家で何かあったのだろうか。
一瞬慌てた儀礼だが、何かあれば利香が定時報告で獅子に教えてくれそうだ、と思い直す。


”連絡しろ。何でもいいから、元気かとか、元気でやってるとか。とにかく何でもいいから。やれ!”
穴兎にしては珍しい命令口調だ。
「何だよ、もう。何かあったのかな? でもそしたら何でもいいって……」
わかった、と穴兎に返し、ぶつぶつ言いながらも儀礼は受付け横の、誰でも使えるパソコンから父宛にメッセージを送ろうと考える。


 何を送るか考えて、やはり悩む。
きっと父は怒っているだろう。
ちゃんと連絡をする、と言っておきながら、半年以上何の連絡もしていない。
しかも、儀礼はその間に、『Sランク』とかいうものになって、騒がれ、死にかけ、朝は起きない、夜は寝ないで好き勝手、図書館では規則を破り読み放題……。
父に言える言葉がない。儀礼は顔色を失くす。
(……謝っといた方がいいよな)


 意を決し、挑むような気持ちでキーボードに指を置く。
すると、
「ボードから手を離せ」
首元に冷やりとした気配。低い男の声。儀礼の背後に気配もなく一人の男が立っていた。
考え事をしていたとは言え、うかつだった。
メッセージ位、研究室に入って自分のパソコンから送ればよかったのだ。


 相手の気配がないゆえに余計に相手の強さが伺える。
儀礼は緊張からごくりとつばを飲み込む。
アーデス程でないにしても、ランクAの力を持っていることは間違いない。
この状態から対応する手段は――そう考えていた儀礼の背後で突如気配が緩む。


「そんな張り詰めた顔して、こんな目立つ場所で何してんだ? ギレイ」
切れた緊迫感に振り返れば、引っかかったと、楽しそうに笑うコルロの姿。
アーデスのパーティメンバー。儀礼の護衛の一人になっている攻撃タイプの魔法使い。
右手を銃の形のようにして人差し指を儀礼の首に向けていた。
その首の後ろ部分に触れれば、パラパラと氷の粒が落ちる。
刃物でなくても十分、洒落にならない命の危険を感じた。


「無用心だな、『蜃気楼』」
コルロが言う。だが、その顔はまだ笑っている。何がそんなにおかしいのか儀礼にはわからない。
「家にまったく連絡してなかったんで、メッセージ送ろうと思ったんです」
口を尖らせて儀礼は言う。何故そんな普通のことをしていて笑われるのか。
「それこそ、こんな所から送ったら危ないんじゃないか?」
言いながら、コルロはパソコンの前に身を滑らせ、儀礼が開いたページを閉じ、アドレスやら記録やらを消していく。


「家にあるパソコンは僕が使ってたのだから大丈夫なんです。不正アクセスする回線は焼き切ります」
正確に言うと、父のパソコンを儀礼が勝手に使い始めたのだが、追跡やら、侵入やらに関してはアナザーが全部排除してくれたらしい。
どうやってできるのか、儀礼は知らない。普通ではないんだと思う。
事実、それを聞いたコルロの笑顔は引きつった。




「コルロさんは何してるんです?」
借りた研究室に向かいながら付いてくるコルロに向かって言う。暗に、何故付いてくるのかと。
「俺は仕事だ」
当たり前の事のようにコルロが言った。たまたま同じ方向に用があっただけらしい。


 儀礼は借りた部屋の番号を見つけ、扉の鍵を開けて中に入る。
「それじゃ、仕事頑張ってください」
言って儀礼が扉を閉めようとすれば、コルロは睨むように儀礼を見る。
「俺にこの寒い中、ドアの外で見張ってろって? 何時間だ?」
じゃらじゃらと付いた腕輪の一つが時計らしく、それを確認するコルロ。
「あれ? 仕事……って」
それを見て、ようやく儀礼はコルロの言う仕事が儀礼の護衛であると思い至った。


「黒獅子いないんだろ、今日。だから今日は暇だった俺が来た」
獅子がいないのは、急に決まった予定でもあるのに、何故それをこの人達は知っているのか。
『この人達』と、複数形で言って多分間違ってない。
「護衛の必要はないんで、どうぞ休暇を満喫してください」
にっこり笑って儀礼は扉を閉めた。


 コンコンコン
直後に扉がノックされた。
「そうか、護衛要らないんだな。それじゃぁ、今度からたまたまトイレで布切れに怪しげな薬を浸してるおっさんを見ても、その男がぐふぐふ不気味に笑いながら、受付けで無用心にパソコンいじってる少年を見てても、睨みつけて追い払ったりせずに、放っとくわ」
長い台詞が扉を通して、くぐもった声で聞こえてきた。


 コルロがおっさんなどと言うからには『一般人』なのだろう。
『追い払った』と言うからには、まだその辺にいるかもしれない。
 裏に組織があるとか、儀礼の持つ情報を狙いに来た、殺して対処するような危険な連中でない『普通の人』。
家族がいて、毎日仕事をして、ごく普通に暮らしている人たち。そういう人が突然『魔が差した』と言って項垂れて警備兵に連れられていく。
それを見送る泣き崩れる家族――親だったり、子どもだったり、夫だったり妻だったり。
そういう光景を儀礼は、やりきれない気持ちで何度か見ていた。


(…………)


 笑顔の消えた儀礼は、震える手で、重そうにその扉を開いた。
扉の向こうにいたのは、儀礼が想像したよりも優しい顔で笑っているコルロだった。コルロはアーデスみたいな鬼ではないようだ。

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