ギレイの旅
本が好きなんだ1
秋も半ばを過ぎた。もう間もなく冬が訪れようとしていた。
空気は日に日に温度を下げ、朝晩は凍えるような寒さだった。
読書の秋。秋が終わるまでにもう少し本を読もう。そう決めると儀礼は近くの本屋へと入った。
儀礼は本屋で新しい本を買い、店を出ると、そのまま読み始める。表紙を眺め、作者の紹介を流し見て、本文へと入る。
ゆっくりと道を歩きながら、顔の前には本。周りの僅かな隙間から感じる、人を避け、障害物を避け、段差に落ちかけて、それでも足を進める。
話にのめり込み始めると、儀礼は立ち止まる。周囲を行きかう人がチラリ、チラリと見ていくが、儀礼は気付かない。
時折考えるように口元に手を当て何かを呟く。しかし、それは声にはならない。
その本の1ページ、1ページが名残惜しいかのようにゆっくりと紙をめくる。
20分もすると儀礼はその場にしゃがみこんでいた。人の行き交う商店街の一角だった。
少女は買い物を終え、家に帰る所だった。
少女の家は商店街の中にある。両親が小さな喫茶店を開いていて、その2階が少女の家になっていた。
店の入り口から外れた、横手の細い道の奥に少女の家に入る階段があった。
少女が買い物の袋を抱えて家に近付けば、その道の前に人が立っているのが見えた。
お店ではなく、家の客だろうか。少女は首を傾げる。
しかし、立っているのは見知らぬ女性で、買い物袋を抱えた少女よりもいくらか背が高い。それでもまだ10代だろうと思われる。
その、白いコートのような服を着た女性は、家に向かう道に入るわけでもなく、道を進んでいた途中だったように商店街の道に沿って前を向いている。そして、その目は、進行方向ではなく、手元に持つ分厚い本を見ていた。
買い物の袋を抱え、家に入れず、途方にくれたように周囲を行ったり来たりする少女にも気付く様子はなく、その美しい女性はついに、その道の前でしゃがみこんだ。
人通りの邪魔にならないように店と店の間に座ったつもりかもしれないが、少女の家に入る道を塞がれてしまった。
重くなってきた袋を抱え、少女はそろそろ泣き出したい気分になっていた。
「あの……」
決死の覚悟を決め、少女はしゃがみこんだ女性に声をかける。しかし、女性に反応はない。
初めて見る綺麗な金髪。眼鏡の奥の瞳は透き通るような茶色。
顔立ちは絵に描いたように整っていて、美女、いや、近付いて見てみれば大きな瞳とピンクの唇から美少女と言った方が合っている気がした。
少女は自分もしゃがみこみ、しばしその女性に見惚れていた。体が冷えていくのにも気付かなかった。
ふと我に返り、少女は近付いてくる大きめな足音に気付く。立ち上がって見回してみれば、少女の左手、しゃがんだ女性からすると背中側から、商店街の通りを走ってくる黒髪の背の高い少年がいた。
速度を落とさず少女の方へ走ってくると、少年はいきなり……飛んだ。
少女の目の前で、宙に浮いているように滞空したまま右足を引き、体を捻る様にしてその足を前へと振り切った。
その足はしゃがんでいた女性の背中に直撃する。
女性は片手を地面につき2、3mほど地面をすべった。同時に黒髪の少年が、声を失っている少女の目の前に着地する。
女性は立ち上がり、地面に着かなかった方の手に持っている本の無事を確かめている。
「どこでも、かしこでも、本に熱中してんじゃねぇ! ばか儀礼」
黒髪の少年が怒鳴るように女性に言った。
「いきなり何すんだよ、獅子」
泣きそうな顔で言い返した女性の声は、思ったよりも低かった。しかし、その声は透き通っていて耳に心地いい。
「人様に迷惑かけてんだよ!」
数歩女性に歩み寄ると少年はその頭を拳で殴る。女性は不満そうに少年を見上げていた。
「ごめんな、家に入れなかったんだろ? ばかが迷惑かけてほんとごめん」
怖そうだと思った少年が、予想外の優しい声で少女に謝る。
返事をしない少女に、困ったような笑みを浮かべて少年は、屈むようにして少女の顔を覗き込んだ。
金髪の女性ほどではなくても、やはり整った顔立ち、何かを見透かされそうな黒い瞳。
思わず赤面した少女は自分のつま先を見るように深くうつむく。
「いえ……」
小さな声でそう言うのがやっとだった。
「ごめんなさい。気付かなくて……。その、本を読むとどうしても熱中してしまって……」
女性が額に手を当てるようにして髪をかき上げる。綺麗な瞳が不安そうに小さく揺れて少女を捉える。
「ご迷惑をおかけしました」
女性が深く頭を下げて謝る。
女性の態度から、少女が思っていたよりもこの女性は若いのではと思われた。背の高い黒髪の少年と同じ位。15、6歳。
だとすれば少女とそう変わらない。
「いえ、気にしないで下さい。私も本読むからわかります。いつも母に怒られて……あ、やだ」
余計なことを言ってしまい、少女は恥ずかしくなり口を隠す。
それを聞いた女性は顔を上げて、安心したようににっこりと笑った。
二人がもう一度丁寧に謝りつつ、少女の前から去ろうとしていることに気付き、少女は思わず二人を引き止めた。
道行く人が皆振り返っていく程、目立つ二人組。この二人が少女には、大好きな本の物語から抜け出てきた、綺麗でかっこいい、特別な存在に思えて、何とか説得して家に招く。
「体が冷えたんじゃないですか? うちで温かいお茶でも飲んでください。お詫びのしるしだと思って寄ってくださいよ」
運のいいことに、少女の家は喫茶店。それも、今その店の目の前にいる。特別な二人に、おいしいお茶とお菓子をごちそうできる。
素敵な二人に出会えてすぐに別れるのは、少女にとって生涯後悔しそうなほど惜しい気がしていた。
空気は日に日に温度を下げ、朝晩は凍えるような寒さだった。
読書の秋。秋が終わるまでにもう少し本を読もう。そう決めると儀礼は近くの本屋へと入った。
儀礼は本屋で新しい本を買い、店を出ると、そのまま読み始める。表紙を眺め、作者の紹介を流し見て、本文へと入る。
ゆっくりと道を歩きながら、顔の前には本。周りの僅かな隙間から感じる、人を避け、障害物を避け、段差に落ちかけて、それでも足を進める。
話にのめり込み始めると、儀礼は立ち止まる。周囲を行きかう人がチラリ、チラリと見ていくが、儀礼は気付かない。
時折考えるように口元に手を当て何かを呟く。しかし、それは声にはならない。
その本の1ページ、1ページが名残惜しいかのようにゆっくりと紙をめくる。
20分もすると儀礼はその場にしゃがみこんでいた。人の行き交う商店街の一角だった。
少女は買い物を終え、家に帰る所だった。
少女の家は商店街の中にある。両親が小さな喫茶店を開いていて、その2階が少女の家になっていた。
店の入り口から外れた、横手の細い道の奥に少女の家に入る階段があった。
少女が買い物の袋を抱えて家に近付けば、その道の前に人が立っているのが見えた。
お店ではなく、家の客だろうか。少女は首を傾げる。
しかし、立っているのは見知らぬ女性で、買い物袋を抱えた少女よりもいくらか背が高い。それでもまだ10代だろうと思われる。
その、白いコートのような服を着た女性は、家に向かう道に入るわけでもなく、道を進んでいた途中だったように商店街の道に沿って前を向いている。そして、その目は、進行方向ではなく、手元に持つ分厚い本を見ていた。
買い物の袋を抱え、家に入れず、途方にくれたように周囲を行ったり来たりする少女にも気付く様子はなく、その美しい女性はついに、その道の前でしゃがみこんだ。
人通りの邪魔にならないように店と店の間に座ったつもりかもしれないが、少女の家に入る道を塞がれてしまった。
重くなってきた袋を抱え、少女はそろそろ泣き出したい気分になっていた。
「あの……」
決死の覚悟を決め、少女はしゃがみこんだ女性に声をかける。しかし、女性に反応はない。
初めて見る綺麗な金髪。眼鏡の奥の瞳は透き通るような茶色。
顔立ちは絵に描いたように整っていて、美女、いや、近付いて見てみれば大きな瞳とピンクの唇から美少女と言った方が合っている気がした。
少女は自分もしゃがみこみ、しばしその女性に見惚れていた。体が冷えていくのにも気付かなかった。
ふと我に返り、少女は近付いてくる大きめな足音に気付く。立ち上がって見回してみれば、少女の左手、しゃがんだ女性からすると背中側から、商店街の通りを走ってくる黒髪の背の高い少年がいた。
速度を落とさず少女の方へ走ってくると、少年はいきなり……飛んだ。
少女の目の前で、宙に浮いているように滞空したまま右足を引き、体を捻る様にしてその足を前へと振り切った。
その足はしゃがんでいた女性の背中に直撃する。
女性は片手を地面につき2、3mほど地面をすべった。同時に黒髪の少年が、声を失っている少女の目の前に着地する。
女性は立ち上がり、地面に着かなかった方の手に持っている本の無事を確かめている。
「どこでも、かしこでも、本に熱中してんじゃねぇ! ばか儀礼」
黒髪の少年が怒鳴るように女性に言った。
「いきなり何すんだよ、獅子」
泣きそうな顔で言い返した女性の声は、思ったよりも低かった。しかし、その声は透き通っていて耳に心地いい。
「人様に迷惑かけてんだよ!」
数歩女性に歩み寄ると少年はその頭を拳で殴る。女性は不満そうに少年を見上げていた。
「ごめんな、家に入れなかったんだろ? ばかが迷惑かけてほんとごめん」
怖そうだと思った少年が、予想外の優しい声で少女に謝る。
返事をしない少女に、困ったような笑みを浮かべて少年は、屈むようにして少女の顔を覗き込んだ。
金髪の女性ほどではなくても、やはり整った顔立ち、何かを見透かされそうな黒い瞳。
思わず赤面した少女は自分のつま先を見るように深くうつむく。
「いえ……」
小さな声でそう言うのがやっとだった。
「ごめんなさい。気付かなくて……。その、本を読むとどうしても熱中してしまって……」
女性が額に手を当てるようにして髪をかき上げる。綺麗な瞳が不安そうに小さく揺れて少女を捉える。
「ご迷惑をおかけしました」
女性が深く頭を下げて謝る。
女性の態度から、少女が思っていたよりもこの女性は若いのではと思われた。背の高い黒髪の少年と同じ位。15、6歳。
だとすれば少女とそう変わらない。
「いえ、気にしないで下さい。私も本読むからわかります。いつも母に怒られて……あ、やだ」
余計なことを言ってしまい、少女は恥ずかしくなり口を隠す。
それを聞いた女性は顔を上げて、安心したようににっこりと笑った。
二人がもう一度丁寧に謝りつつ、少女の前から去ろうとしていることに気付き、少女は思わず二人を引き止めた。
道行く人が皆振り返っていく程、目立つ二人組。この二人が少女には、大好きな本の物語から抜け出てきた、綺麗でかっこいい、特別な存在に思えて、何とか説得して家に招く。
「体が冷えたんじゃないですか? うちで温かいお茶でも飲んでください。お詫びのしるしだと思って寄ってくださいよ」
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