ギレイの旅

千夜ニイ

追いついた黒鬼

 岩場の中で広い道に出たところで、二人は車から飛び降りた。
引き離すことができず、車の中のサイを逃がすには、この場所でこの男達を足止めするしかない。


 獅子の剣を狙う集団だ、全員が一斉に獅子に襲い掛かる。それを次々にかわしていく獅子だが、攻撃に回る余裕はないだろう。いや、むしろ避けるのもいつまでもつか。
儀礼は引き受ける予定の三人を引き剥がさなければ。Aランク三人、どう相手しても儀礼は死ぬ。嫌な考えを首を振って振り払う。
儀礼はポケットから複数の機械を転がす。シューッという音と共に睡眠ガスを撒き散らした。わざわざ獅子に効かないタイプを用意したのだ。
 ところが、男の一人が剣から発した風でいともたやすく吹き散らした。さすがは『ソードオブソード』、名にするだけはあり、持っている剣はただの物ではないらしい。


 その風がさらに集約して獅子に襲い掛かっていく。味方にも被害が出ているが、見事に避けているのが二人。獅子が引き受けると言ったその二人はやはりそうとう強いらしい。
(素直に寝てはくれないか)
心の中で呟き、儀礼は手袋のキーを操作する。すぐに、ドンという音が少し離れた場所から聞こえ、何かが複数飛んできた。
それは指ほどの大きさの小型のミサイル。それがいくつも、男達に向かって飛んでいる。逃げている間に、彼らのデータを少しばかり取らせてもらった。
個人を定めてどこまでも追跡する。中には電撃を流す仕組みを組み込んだ。
飛んできたそれを造作もなくかわした男達だが、それが方向を変えて再び襲い掛かって来たことに驚く。
「ふん。なら切り落とすまでだ」
男の一人が剣で鋭く切り払い、その衝撃波でミサイルは真っ二つになる。
ミサイルは二つの破片の間で小さな電気の糸を起こし、すぐに辺り中に放電した。
 バリバリバリッ
空気を裂くような音がして、近くに立っていたそのミサイルを切り裂いた男は倒れた。しびれたようにぴくぴくと痙攣し、起き上がってこない。
「……えと、二人目完了?」
首を傾げて儀礼が言った。儀礼本人にも予想外の出来事だったようだ。
(爆発するならわかるけど、放電?! 後で調整が必要かな。というか、調べないと。僕、あんなに大量の電力入れてないし……)
今のは音から考えて、下手をすれば感電死するほどの威力があった。仲間が倒れるのを見ていたソードオブソードの連中は本気になってミサイルから逃げ始める。
 ミサイル自体の性能はそれほどよくない。本来動かない標的に狙いを決めて進む物を急遽動く人を追いかけるようにしたのだ。
しかも、利香の護衛機のように生体データを登録したのではなく追いかけているのはカメラで捉えた姿形と声だけ。一度見失うと探すのに時間がかかる。
 男の一人がその動きの遅さに気付いたらしく、ミサイルがその身から離れた所でそれを壊した。男が何をしたのか儀礼にも獅子にもよくわからなかった。剣の何かの効果を使ったのかもしれない。


「おい、お前。こっちも頼む」
別の男達がその男に呼びかける。
「面倒だが仕方ない。だったらそれを引き離せ」
赤茶のマントの男が剣を構えてそう言った。
男の剣が光ったと思うと、儀礼の放ったミサイルは次々に小さく爆ぜた。それは本来の電撃並みの爆発だった。自分の武器を破壊されたのに、儀礼は何故かちょっとだけ安心した。
「ふん、脅かしやがって」
四人の男が儀礼達に向き直る。赤茶と薄茶のマントの二人が獅子の相手するAランクの上位者。獅子の仲間として邪魔な存在と認めたのか、儀礼に向き合うマントのない二人がそれなりにAランクの男達。


 思惑通りではあるが、Aランクの冒険者はやはりDランクの儀礼の対する相手ではない。緊張したように額に汗を浮かせ、儀礼は改造銃を構え牽制するように撃ちながら、男達と距離を保つ。合間に反対の手で小さな爆発物を落として、詰め寄られる時間を削る。車から飛んできた大量のミサイル第二段が男達を追い始める。
 ふぅ、と息をつく儀礼だが、弾も爆弾も無限ではない。それに、二人の男を相手にしている獅子にも余裕はなかった。


 上級のAランクでも以前戦ったウォールと言う男とは殺すつもりの戦いではなかったし、その後戦った者達もここまで強くはなかった。
獅子が二本の剣と戦うのに、ついこの間剣を交えた、双剣の相手との経験が役に立っていた。
(速さはこいつらよりあいつのが上、か)
余裕のないはずの戦いの中で、獅子の口元は笑っていた。






 男達の狙いは剣だった。殺して奪うのも手だが、剣を手に入れられれば、別に殺さなくてもよかった。
そのことに光の剣の持ち主は気付いていないようだった。Bランクの少年などソードオブソードの敵ではないはずなのに、メンバーの中でも1、2を争う使い手が二人掛かりでこれほど手間取るとは誰も予想していなかった。
時間をかけてはいられないのだ。彼らの掴んだ情報では、間もなく、この世で絶対に会ってはならない者がこの剣の元に訪れる。
その前に光の剣を我ら『ソードオブソード』の元に救い出さなくては。彼らはそう考えていた。
その時が来てしまえば、世界が滅ぶと彼らは信じていた。
その必死さに獅子は気付いていなかった。




 撒いてきたはずの低ランクの男たちがこの場所を見つけ出し、段々と集まってくる。その男達に儀礼は麻酔弾を撃っていた。Aランクでない彼らは素直に寝てくれて助かる。
だが、その儀礼の動きが突然止まった。儀礼の肌を焼く強い怒りを感じたのだった。


 同じ頃、獅子と戦っていた男の一人が、自らの身体を獅子の持つ剣に深く突き刺した。
「なっ、何してやがる」
驚きを隠せない獅子の隙をつき、もう一人が獅子の腕を切り落とす勢いで切りかかった。
咄嗟に剣を男の体から引き抜くことができず、獅子は光の剣から手を放した。
「獅子! 狙いは光の剣だっ」
儀礼が叫ぶが遅かった。自分の腹に突き刺さった光の剣を男は自ら抜き放つ。そのままでは男の命は危ういのに、仲間に心配した様子はない。皆が心酔したように剣を見つめる。


(やばい、やばい、まずいっ)
儀礼は心の中で叫ぶ。剣を奪われてはならない。今、獅子が手放してはならない。
なのに、体が動かない。儀礼の感覚が、先ほどからその恐ろしいものを捉えているのだ。




 ドゴォォン!!
地震かと思われるような地響きをたてて山のような岩が一つ崩れ去った。
舞い上がる砂煙りの中、悲鳴のようなうめき声がいくつも聞こえてくる。
儀礼の体は意識せずカタカタと震えだした。目には勝手に涙が浮かんでくる。
「了! お前勝手に家出て、何ヶ月帰らないつもりだっ!」
普通の父親のようなセリフで登場したのは獅子の父親、獅子倉重気。普通でないのはその両手に、気を失った男が二人握られているところ。
それをポイと邪魔そうに放り投げると、重気は獅子の方へと歩き出す。


「その男に光の剣を渡してはならない!」
己の血にまみれた手で光の剣を持つ男が言う。
ソードオブソードの全員が、決死の覚悟で重気、『黒鬼』と呼ばれるその男へ立ち向かう。
(ああ、勇者だ)
儀礼は心の中で思う。
決して敵わないと解っていながら彼らは光の剣を守るために戦っている。
Bランク、Cランクの大勢の男達が役にも立たないと知りながら、重気にくらいつく。腕をつかみ、足を掴み、鎧の端に出た服にしがみつく。
 それを何の障害とも感じないのか、なぎ倒し、振り落とすように駆け抜けてくる黒き鬼。
Sランクを与えられてから20年余り、もう50歳に近いというのにとてもそうは見えない剛力。


 ソードオブソードのAランクの男達がその前に立ちはだかった。覚悟を決めたように、儀礼の放ったミサイルもろとも重気へと突っ込む。
それを重気は、雄叫びと共に腕を払っただけで全てを、吹き飛ばした。儀礼のミサイルは衝撃波にやられ次々と小さな爆発を起こして消え去る。
重気は、獰猛な獣が咆えるように猛々しく、しかもどこか楽しそうに戦っている。


 その戦闘の真っ只中で、儀礼と獅子は正座していた。
儀礼は体を硬直させて、獅子は額に大量の冷や汗を浮かせて。
光の剣を奪った男が、その剣を構えて重気の前に立った。自分の腹の傷のことなど忘れたかのように、その姿には恐怖がない。
「この剣の力、貴様で試してやる」
光の剣が輝く。だがそれは、いつも獅子の使っている白い光ではなかった。
灰色のゆらゆらとした細い煙のようなものが光の剣から男の右腕にかけて巻き付いている。
「魅入られてるよね、あれ。絶対」
震える声で儀礼は隣りに座る獅子に言う。
「あんな奴がどうなろうが知ったことか。親父を宥められるなら応援するがな」
剣の守護者からはヤケクソ気味な発言だ。
その剣に魅入られた男をも重気は素手で弾き飛ばす。
「はっはっは。こんなもんか? お前たちの力は」
腹の底から響くような笑い声が、堅い岩場に当たり反響する。その効果が黒鬼をさらに不気味に演出している。


「やはり、黒獅子を倒しても黒鬼が出てくるのか」
剣を杖にするようにして立ち上がり、苦しそうにAランクの男の一人が言った。
はたから見れば息子の危機に駆けつけた父親だろうか。しかし、そうでないのを正座する二人は知っている。
 だが、所詮親の力まだまだ子供、そう言われているようで頭にくる獅子。
それでも動かない。
かわりに、父の戦いを真剣に見る。
獅子が知るのは父の師範としての姿。黒鬼と呼ばれる戦いの姿を見るのは初めてだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品