ギレイの旅

千夜ニイ

迷路内の戦い

 ソードオブソードの連中がこんなに早くに来ていたのは予想外だった。
彼らはどちらかというと慎重に動くタイプの集団で、前情報をしっかりと確認してから行動に移す。
だから、サウステスに偵察部隊を送り込み、黒獅子がいないと知れば、周囲を探し出すだろうと踏んでいたが、早くても明日の朝にはなるはずと儀礼は考えていた。
この様子では、偵察部隊ではなく、いきなり本体が動き出したようだった。統率どころか、集団内での連絡すらうまくいってないようである。
儀礼たちは少年の道案内で次々と相手を振り切っていく。少年は自分で言うだけあり、なかなか優秀な情報屋のようだった。
敵を撒くだけでなく、相手を簡単には出られない地下に落としたり、迷宮のような洞窟へ誘い込ませる。確実に追ってくる敵の数が減っていた。
それを、車を運転する儀礼への指示だけでやって見せたのだ。
「すごいな。君になら少しの間、愛華を任せられそうだね」
前を見たまま儀礼はにやりと笑った。
「なんだよ、アイカって。何するつもりだよ」
死にたくない、そのために少年は必死だった。周囲に目を張りながら、可能な限りの記憶を引きずり出している。一説にそれを走馬灯と呼ぶらしい。
「獅子、ついてきてるのはもうAランクの連中だ。たぶん、あいつらを引き離すのは難しい。外に出て戦おう」
儀礼の提案に、やっとかとでも言うように獅子は笑う。扉を開けて、するりと車の上に身を移す。
右や左に忙しく曲がる車の上で、獅子は地面の上に立っているように微動だにしない。


「君、っとごめん、名前は?」
運転席から前についたミラー越しに儀礼が聞く。
「今聞くのかよ。サイザールだ。サイでいい」
顔色の悪い少年、サイが言う。
「僕はギレイ。よろしく」
サイを振り返ると、状況がわかっていないかのような綺麗な笑顔で儀礼は言った。青かった少年の顔に血の気が戻る。
「お前、勝機があるのか?」
そうでなければ、この落ち着きはおかしい。世間でも恐れられるソードオブソードと言う集団に襲われてなぜ、笑っていられる。
「焦ってるのは向こうの方だよ。こんなに早くに動き出すなんて、獅子を追ってるもう一人の存在に気付いたんだ」
にやりと笑うその顔は含むところがありそうだ。
「勝つのは僕らじゃないから、漁夫の利を狙うだけ。サイ、運転頼む」
そう言って、儀礼は運転席の扉を開けて身を乗り出す。
「え? えっ! ええっ?!」
サイは慌てて運転席へと転げ込んだ。
「何言ってんだよお前。俺、運転なんてできないぞ! 乗ったのも初めてなのに」
慌ててハンドルを掴むが何をしたらいいのかもわからないサイ。あわあわと前方やハンドルや儀礼に目を移す。
「今までと同じ、言葉で指示するだけでいいから。あいつら振り切って逃げ続けて。出口に出れたら出ていいよ。人のいる所まで戻って」
儀礼は車の外の小さな足場に立ち、片手で車に掴まったまま、くしゃくしゃとサイの頭をなでた。サイがそのまま車を盗むとか考えないのだろうか。
「愛華、サイを頼むね」
そう言って、儀礼は目の前の車のボディに唇をつける。車に呼びかける姿は変人かと思うのに、その光景はなぜか綺麗で、物語の世界かと錯覚する。
車が勝手に速度を上げた気がした。


 儀礼は獅子に続いて車の上に登ると同じように、後ろを向いて立つ。
車を追いかけているのは6人。間違いなくAランクの冒険者だろう。
「手前二人は俺がやる」
獅子が剣を抜いてそう笑う。きっと、その二人がこの中では実力者なのだろう。
「僕に4人も相手しろと?」
儀礼はふざけた調子で言ってみる。
「もう手を打った後なんだろ」
呆れたように獅子が返してきた。
「……」
獅子に読まれるとは儀礼も焼きが回ったものだ。


 ドンッ と音がして、車がわずかに揺れた。儀礼がバランスを崩し、その腕を掴んで獅子は呆れる。車の後ろから何かが打ち出されたのだ。自分で仕掛けておいて転ぶな、と。
それは勢いよく飛んでいき、一番後ろを走っている男の前で大きく開いた。
金属の網に包まれ、男は転倒する。脱出するには時間がかかるだろう。
「一人脱落っと」
何事もなかった様に儀礼は数える。
だが、獅子は見た。あの男が飛んでくる物体に反応し、剣で打ち落とそうとした時、金属製の網から出た白っぽいつたのような物が剣ごと男を絡め取るのを。隣りに立つ少年に聞いてみたいことはあるが、今は飲み込むことにする。
 あの男の前を走っていた他の男達には何が起きたかなど、きっと見えなかっただろう。
Aランクの敵を複数相手にするというのに、獅子の内にはわくわくとした楽しみだけが渦巻いていた。


 車が道を曲がり、儀礼が大きく体勢を崩す。儀礼が落ちると思い、慌てて獅子は儀礼の腕を支えるが、その足はぴたりと車の屋根に着いたままだった。獅子は首を傾げる。
「磁石、磁石」
ペッタン、ペッタンと儀礼は楽しそうな笑顔で自分の足を屋根につけたり離したりしてみせる。
叩き落してやりたい、獅子は剣の柄を握り締めて内に湧く思いと戦った。

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