ギレイの旅
砂神の剣(さじんのつるぎ)
「クリーム・ゼラード様ですね。こちらが管理局ライセンスになります。Bランクに認定されています。こちらが砂神の剣の証書になります」
管理局の受付で、クリームは二つの証明を受け取った。顔写真入りのライセンスと古代遺産所持の証明書。
儀礼がクリームの身なりを整えさせたのはこの写真を撮るためだったようだ。
そして、『砂神の剣』。それが、クリームの持つ双剣の名だった。
昨日遺跡に一泊し、朝町に着くとすぐに管理局とギルドに分かれて手続きに追われたはずで、いつそれを調べる時間が合ったのか。
それをやったはずの儀礼は今、無理やり着替えさせられている。獅子は本気であれを買って来たようだ。
「サイズは合っているし、擦り切れた服をいつまでも着ているよりはいいだろう」
「上に白衣着てればわからないのに」
ぼやく儀礼の声がして、獅子がその頭を拳で叩く。
儀礼は獅子を変と表現したが、この様子だと獅子の方が常識がある、クリームはそう思った。
「おい、見世物になってるぞ」
クリームが待合室で騒ぐ二人へ近付いた。
クリームが無事に手続きを終えたのに気付き、儀礼は手を振った。
普通の冒険者がするような出で立ちだが、クリームを少年と間違えることはない。細い腰と、控えめながら膨らむ胸元。
すらりと姿勢良く立つ姿は上品で、貴族と言われても違和感がないほど。
隙のない雰囲気と足音もなく歩く姿に凛としたオーラが漂い、見る者が瞬間的に息を飲むのがわかる。
双剣はコートの中に隠れるように装備されているはずだ。裾の長いコートには切れ目が入っているため剣を抜く邪魔にもならない。
管理局の中で、クリームのことを暗殺者ゼラードだと疑う者はなかった。
儀礼の、クリームを勇者に仕立てよう作戦は成功だった。
管理局のBランク研究員、クリーム・ゼラードの身分の中に、暗殺者の要素はない。綺麗に消されていた。代わりに、遺跡の歴史的重大な発見、対A級ガーディアン能力、砂神の剣の所持等というデータが書き加えられていた。それらの称号が『砂神の勇者』だ。
「風の女神に願い申す優しき謡で奏でられたし。砂の神に願い申す尊き力で打ち払い給ふ。小さき子の合わせる願いに風の謡鳴り響かん。猛き力悪を微塵の物に払い去り」
突然、儀礼がまったくもって意味不明な呪文のようなものを唱えた。
獅子とクリームは心配そうに儀礼を見る。
「別に、どこもおかしくないから」
失礼な、と儀礼は口を尖らせる。
「綺麗な音が聞こえたでしょう? ガーディアンと戦った時に、クリームが剣を使ってさ」
儀礼はクリームの双剣を指差すようにして言った。
言われて、クリームは思い出す。確かに、剣の力を発動させた時に、不思議な歌声のような音が聞こえていた。
「あれが、風の謡だったんだ」
儀礼がその音を思い返しているように、優しい表情を浮かべる。
「……風の謡」
クリームはコートの上からその双剣を撫でて呟く。
「古い遺跡の中にその記述があったんだ。風の女神の歌声と、砂の神の強い力を呼び起こす、神より賜りし剣。砂神の剣。風の謡は、天より響く天女の歌声のごとく美しきもの。またはそれは声のようで音でもない。とか色々表現があって……」
儀礼の遺跡と古代遺産、砂神の剣についての説明は長くて止まりそうにもない。興奮した様子で、瞳を輝かせて話し続けている。
「じゃ。俺、先に宿で休むから。頑張れよ」
儀礼の呪文で獅子は戦線を離脱した。
「……小さき子って言うのが子供のことじゃなくて、人間を……」
儀礼の呪文で待合室にいた町人が姿を消した。
「二つの剣を合わせることが……」
受付けの男は儀礼の呪文で眠りについた。
儀礼はいつの間にか双剣を手に持ち、観察するように見ながら延々と話し続けている。
「え? おい。……これあたしがどうにかするのか」
剣を奪われているので離れるわけにもいかず、仕方なくクリームはしばらく儀礼の呪文に付き合った。
儀礼は受付が眠りにつき、待合室に人がいなくなったことを確認し、クリームに剣を返す。
警戒せずに剣を受け取ったクリームの手を掴み、儀礼は二つの剣を重ね合わせる。
「『うたよ』って言ってみて」
きらきらと期待に瞳を輝かせて、クリームに迫る。その口に浮かぶ笑みはいたずら好きの子供によく似ている。
「……『謡よ』」
意味もわからず、クリームがその言葉を紡げば、たちまち剣が光りだす。
空気が揺れ、高い、美しい音が辺りに響き始める。歌のような優しい音楽。
聞き入るように儀礼は目をつぶった。そして、そのまま口を開く。
「戦乱の時、美しい歌声と共に現れた剣士が一つの砦を砂に変えたって話しがある。人も建物も、どんな物も魔力で分解する。それが砂神の剣」
儀礼から見て、遺跡を脱出してからのクリームは剣の力を警戒しているようだった。全てを砕くその剣の力は確かに強すぎる。
しかし暗殺を生業にする者が、力の強い己の武器に恐れを抱くだろうか、と儀礼は疑問に思っていた。
その剣の名が砂神の剣だとわかった時にようやく儀礼にもクリームの気持ちが理解できた。
その力の発動中に、周りにいる者に誤って触れたりすれば、その者はたちまち砂になって消える。砂神の剣の力とはそういう力なのだ。
特に儀礼は強奪するような勢いでこの剣を調べようとしたので、一時は剣に近寄らせても貰えなかった。
くすりと、心の中だけで笑うと、儀礼は目を開けてクリームの瞳を見る。
「風の謡は、癒しと共に素早さもくれる。砂神の剣の付加効果。願わなければ砂神は発動しないよ」
強すぎる力だからこそ、起動のスイッチがある。
「ほら、ね」
にっこりと笑いながら、儀礼はゼラードの持つ剣の刃に触れる。
「お前、バカかっ!」
クリームが慌てて引き離すが、儀礼の手は無傷だ。
気付けば風の謡は止んでいる。クリームの集中が切れたせいだろう。
クリームは深い深い息を吐いた。
(油断するにも程がある。冒険者ランクDの子供に刃先を押さえられるなんて。……いや、違うか)
クリームは剣を見た。
『剣が』儀礼に触れることを許した。
クリームに向かって恐れるな、使えと、光り続ける剣の中で力余る砂の神が言っているようだった。
「だからさ、安全だからさ、このまま研究室でそれ、調べさせてよ」
神秘的な光を放つ剣に見惚れていたクリームの瞳を覗き込むようにして、儀礼は真剣な顔でそう告げる。
言葉の意味を理解しかね、あっけに取られている隙に、儀礼は力強くクリームの手を引いていく。その場に、儀礼を止める者は誰もいなかった。
翌朝早く、元暗殺者ゼラードは白いマントをはためかせ、二つの剣を持ってその町を抜け出した。
管理局の受付で、クリームは二つの証明を受け取った。顔写真入りのライセンスと古代遺産所持の証明書。
儀礼がクリームの身なりを整えさせたのはこの写真を撮るためだったようだ。
そして、『砂神の剣』。それが、クリームの持つ双剣の名だった。
昨日遺跡に一泊し、朝町に着くとすぐに管理局とギルドに分かれて手続きに追われたはずで、いつそれを調べる時間が合ったのか。
それをやったはずの儀礼は今、無理やり着替えさせられている。獅子は本気であれを買って来たようだ。
「サイズは合っているし、擦り切れた服をいつまでも着ているよりはいいだろう」
「上に白衣着てればわからないのに」
ぼやく儀礼の声がして、獅子がその頭を拳で叩く。
儀礼は獅子を変と表現したが、この様子だと獅子の方が常識がある、クリームはそう思った。
「おい、見世物になってるぞ」
クリームが待合室で騒ぐ二人へ近付いた。
クリームが無事に手続きを終えたのに気付き、儀礼は手を振った。
普通の冒険者がするような出で立ちだが、クリームを少年と間違えることはない。細い腰と、控えめながら膨らむ胸元。
すらりと姿勢良く立つ姿は上品で、貴族と言われても違和感がないほど。
隙のない雰囲気と足音もなく歩く姿に凛としたオーラが漂い、見る者が瞬間的に息を飲むのがわかる。
双剣はコートの中に隠れるように装備されているはずだ。裾の長いコートには切れ目が入っているため剣を抜く邪魔にもならない。
管理局の中で、クリームのことを暗殺者ゼラードだと疑う者はなかった。
儀礼の、クリームを勇者に仕立てよう作戦は成功だった。
管理局のBランク研究員、クリーム・ゼラードの身分の中に、暗殺者の要素はない。綺麗に消されていた。代わりに、遺跡の歴史的重大な発見、対A級ガーディアン能力、砂神の剣の所持等というデータが書き加えられていた。それらの称号が『砂神の勇者』だ。
「風の女神に願い申す優しき謡で奏でられたし。砂の神に願い申す尊き力で打ち払い給ふ。小さき子の合わせる願いに風の謡鳴り響かん。猛き力悪を微塵の物に払い去り」
突然、儀礼がまったくもって意味不明な呪文のようなものを唱えた。
獅子とクリームは心配そうに儀礼を見る。
「別に、どこもおかしくないから」
失礼な、と儀礼は口を尖らせる。
「綺麗な音が聞こえたでしょう? ガーディアンと戦った時に、クリームが剣を使ってさ」
儀礼はクリームの双剣を指差すようにして言った。
言われて、クリームは思い出す。確かに、剣の力を発動させた時に、不思議な歌声のような音が聞こえていた。
「あれが、風の謡だったんだ」
儀礼がその音を思い返しているように、優しい表情を浮かべる。
「……風の謡」
クリームはコートの上からその双剣を撫でて呟く。
「古い遺跡の中にその記述があったんだ。風の女神の歌声と、砂の神の強い力を呼び起こす、神より賜りし剣。砂神の剣。風の謡は、天より響く天女の歌声のごとく美しきもの。またはそれは声のようで音でもない。とか色々表現があって……」
儀礼の遺跡と古代遺産、砂神の剣についての説明は長くて止まりそうにもない。興奮した様子で、瞳を輝かせて話し続けている。
「じゃ。俺、先に宿で休むから。頑張れよ」
儀礼の呪文で獅子は戦線を離脱した。
「……小さき子って言うのが子供のことじゃなくて、人間を……」
儀礼の呪文で待合室にいた町人が姿を消した。
「二つの剣を合わせることが……」
受付けの男は儀礼の呪文で眠りについた。
儀礼はいつの間にか双剣を手に持ち、観察するように見ながら延々と話し続けている。
「え? おい。……これあたしがどうにかするのか」
剣を奪われているので離れるわけにもいかず、仕方なくクリームはしばらく儀礼の呪文に付き合った。
儀礼は受付が眠りにつき、待合室に人がいなくなったことを確認し、クリームに剣を返す。
警戒せずに剣を受け取ったクリームの手を掴み、儀礼は二つの剣を重ね合わせる。
「『うたよ』って言ってみて」
きらきらと期待に瞳を輝かせて、クリームに迫る。その口に浮かぶ笑みはいたずら好きの子供によく似ている。
「……『謡よ』」
意味もわからず、クリームがその言葉を紡げば、たちまち剣が光りだす。
空気が揺れ、高い、美しい音が辺りに響き始める。歌のような優しい音楽。
聞き入るように儀礼は目をつぶった。そして、そのまま口を開く。
「戦乱の時、美しい歌声と共に現れた剣士が一つの砦を砂に変えたって話しがある。人も建物も、どんな物も魔力で分解する。それが砂神の剣」
儀礼から見て、遺跡を脱出してからのクリームは剣の力を警戒しているようだった。全てを砕くその剣の力は確かに強すぎる。
しかし暗殺を生業にする者が、力の強い己の武器に恐れを抱くだろうか、と儀礼は疑問に思っていた。
その剣の名が砂神の剣だとわかった時にようやく儀礼にもクリームの気持ちが理解できた。
その力の発動中に、周りにいる者に誤って触れたりすれば、その者はたちまち砂になって消える。砂神の剣の力とはそういう力なのだ。
特に儀礼は強奪するような勢いでこの剣を調べようとしたので、一時は剣に近寄らせても貰えなかった。
くすりと、心の中だけで笑うと、儀礼は目を開けてクリームの瞳を見る。
「風の謡は、癒しと共に素早さもくれる。砂神の剣の付加効果。願わなければ砂神は発動しないよ」
強すぎる力だからこそ、起動のスイッチがある。
「ほら、ね」
にっこりと笑いながら、儀礼はゼラードの持つ剣の刃に触れる。
「お前、バカかっ!」
クリームが慌てて引き離すが、儀礼の手は無傷だ。
気付けば風の謡は止んでいる。クリームの集中が切れたせいだろう。
クリームは深い深い息を吐いた。
(油断するにも程がある。冒険者ランクDの子供に刃先を押さえられるなんて。……いや、違うか)
クリームは剣を見た。
『剣が』儀礼に触れることを許した。
クリームに向かって恐れるな、使えと、光り続ける剣の中で力余る砂の神が言っているようだった。
「だからさ、安全だからさ、このまま研究室でそれ、調べさせてよ」
神秘的な光を放つ剣に見惚れていたクリームの瞳を覗き込むようにして、儀礼は真剣な顔でそう告げる。
言葉の意味を理解しかね、あっけに取られている隙に、儀礼は力強くクリームの手を引いていく。その場に、儀礼を止める者は誰もいなかった。
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