ギレイの旅

千夜ニイ

計略の遺跡4

 落とし穴から落ちた道で、ランプの明かりを頼りに遺跡の地下の道を進む二人。何個目かの落とし穴をみつける。
上から落ちてくる物と、下へ落ちるもの。すべてが事前に知っている地図に合うものと儀礼は確認する。
この遺跡には下の階に落ちるものはあっても、それ以外、槍や爆弾などのトラップはあまりない。
ただし、ロープなどの道具を用意していない場合、上の階に昇ることは容易ではないが。
「この遺跡、どう思う?」
地図を確認することもなく進む儀礼を見て、ゼラードが言った。
遺跡に興味を示したので専門家、などと言って連れて来たのはゼラードだが、マップ全てを記憶している程の者とは思っていなかったのだろう。儀礼は本当に専門家のような知識を見せているのだ。


 遺跡の用途など本来ゼラードにはどうでもいいことだった。適当なトラップにかけて黒獅子と分断させ、標的『シャーロット』を始末するだけのことだった。
それが、Dランクに認定されたこの遺跡でガーディアンの出現だ。ガーディアン(遺跡の守護者)のいる遺跡はBランク以上に認定される。ガーディアンの強さがAランクならばこの遺跡はAランクと言えるだろう。
ゼラードはAランクの遺跡にたった二人などで入ったことはない。ゼラードが生き延びる為には儀礼の知識が必要だと思えた。
「変だよね。時代に合わない音声認識。今まで大勢が調査したのに発動しなかったガーディアン。管理局のマップにおかしな所はなかったのに」
歩む足取りに迷いはないが、考えこむように口元に指を当て儀礼は続ける。
「遺跡の解明に当たって、本来建物の構造を知っているのは、作った人、普段使う人なんかで、それらは口伝のみで伝えられていて、現代には書面には一切残っていないし、何故か残さない」
儀礼の言葉にゼラードは首を捻る。
「マップがあるだろう」
当たり前のことのようにゼラードは言った。この程度の遺跡ならばマップは一般世間に出回っている。落とし穴の抜け方も含め千円程度で売っている。ほとんど観光マップだ。


「現在の地図でトラップの位置や種類、構造がわかるのは先人達の功績のおかげだよ。地道にマッピングして何もない所から作っていったんだ。先人、と言っても、そのほとんどが奴隷や囚人だけど……」
そこで儀礼は思い当たる。
(囚人……)
開かない扉、ガーディアン、外の見張りの様な石像。思いつくのは、以前本で読んだ古代収容遺跡。
(収容施設か。つまり古代の刑務所と、言うよりは処刑場か……大発見じゃん)
薄暗い道の中、儀礼の瞳が輝いた。


 二人は行き止まりで足を止める。目の前には地下から上まで続いているらしい大きく深い穴があった。
「遺跡の通風孔を兼ねてるらしいな」
風が吹き抜けるのを感じて穴の底を覗きながらゼラードが言う。
「ここなら上に行けそうだけど、落ちたら終わりかな」
終わり、など微塵も感じさせない口調で儀礼は言った。
「どうすんだ?」
ゼラードが儀礼を振り返る。
「登れる? 結構足かけられそうなとこあるよね」
上を指差し、にっこりと笑って言う儀礼。
「人任せかよ」
ふいと顔を反らして言うゼラード。その顔が赤く見えるのはランプの炎のせいだろうか。
「あ、ごめん。獅子なら普通にやってくれるからそのつもりで……。普通の人には無理だよね」
もちろん普通の人には無理だ。でも、彼女ならできる。そう思われた。
「ちっ、黒獅子にできて俺にできないわけねぇ」
そう言うと、ゼラードは床を踏み切り、細長い空間へと飛び出してゆく。
壁のわずかなとっかかりに足をかけて上へ跳ぶ。数m程の高さとは言え並の身体能力ではない。
(僕、あんなのに命狙われたんだ……。何か悪いことしたかなぁ)
罰があたったくらいの気持ちで儀礼は上方を眺める。
ゼラードは明かりの見える、上階に達したようだ。上階には右と左に広間と塔に行く為の大きな通路があるはずだ。


 万が一、ゼラードが落ちた際は受け止めようと思っていたが杞憂だった。
「上ったぞ、お前はどうすんだ?」
上から声が聞こえてくる。
「ん、少し下がってて」
そういうと儀礼は袖からロボットの腕のような物を延ばす。延びる度に腕は細くなり、ワイヤーのようになる。
 ガシッ
上の階に着いたところでロボット腕は床の端にしっかりと爪をかける。
しばらくしてから、腕は再び縮み始め、儀礼を持ち上げる。巻き取られるように短くなるたび、ワイヤーは太くなり棒のように戻ってゆく。
 ウィーン、カシャン
ロボット腕が服の中へ全て巻き取られると同時に儀礼は上半身をその階の床につける。
が、そこからうまく登れない。
「ごめん、ちょっと手貸してくれる……?」
クリームは呆れたような顔をする。
「情けねぇなぁ、自分で上がれないのかよ」
言いながらも、儀礼の腕を引き、床へと引き上げてくれる。
「うわっ」
だが、ゼラードの予想以上に儀礼の体が重かったらしく、儀礼は態勢を崩し、そのままゼラードを巻き込んで転んでしまった。


 どこまでも情けない、と思いつつ、謝ろうとするが、ゼラードが真剣な顔で制する。
「でかい足音だ」
警戒するように広間に向かう道の先を見る。
「……ガーディアンか」
儀礼もそちらの道を見てうなずく。
たしかにわずかだが振動が地面を揺らしている。距離はそう遠くないだろう。
「塔のある南東か、扉のある広間に出たいな」
儀礼が呟く。頭の中に現在地と遺跡のマップを呼び出しガーディアンに出くわさないようルートを探る。
「それよりまずどけよ」
ゼラードに言われて我に返る儀礼。ゼラードの上に覆いかぶさるように倒れこんだままだった。ガーディアンにすぐに対応できない状態に不安を感じたようだ。
「ごめん、服濡らしちゃったかな」
儀礼は自分の服がずぶ濡れなのを思い出す。
「いい。どうする?」
動けるようになったゼラードに気にした様子はない。


 シュー
何かの音が聞こえて来た。
 ダン
儀礼は音のする物に狙いを定め銃を撃つ。
 ドーン!
前方10m程でミサイルらしき物が爆発を起こした。
「射程に入ったか。とりあえず横道に入ってあいつを離そう。僕の後を踏んでついてきて」
「トレースだな、了解」
細い道に多い罠を避けるために必要なこと。ゼラードが暗殺者モードに入るのがわかった。
儀礼はそれを確認し一瞬苦いものを感じてそれを飲み下した。今は先を急ごう。


 横道に入り、踏んではならないブロックを避け、近道になる仕掛け道を開き、儀礼は迷う様子もなく進んでいく。
それをまるきり同じ動作で追いながら、外には見せないように感心していくゼラード。
不意に、道の先に雪だるまロボットが複数現れた。向かってくるロボットに短剣を構えるゼラード。
しかし。
「かまうな」
儀礼はゼラードを抱えるように腕で抑えると、壁面の蜀台を銃で撃ち倒す。
次いで、袖からワイヤーを放ち、天井のくさびへ引っ掛ける。そのまま、体をワイヤーに吊るされる二人。
地面はガコンと音をたてて大きな口を開けた。ロボットたちはその穴に吸い込まれてゆく。
儀礼は体に勢いをつけ揺らし、穴の先に着地した。


ゼラードの足が地面に着いているのを確認すると、儀礼は軽く腕を振り、くさびにかかったワイヤーを解く。ワイヤーは巻き取られ、再び儀礼の袖の中へ。
「……(こいつ本当はサイボーグなんじゃ)」
思ったが、口にはしない。いや、言ってはいけない。そんな気配がどこからか届いた。(※利香さんからです)


「もう少しで広間のはず。ガーディアンは遠回りしてるから3分くらいは稼げるけど、その間に扉が開けられるかな……」
自信のなさそうな儀礼の声。
「難しいのか?」
「んー、たぶんね。ここが本当に収容施設だったとしたら、搭のどこかにコントロールルームがあって、そこで開けられるか、扉を開く音声コードが分かればいいんだけど……ちょっと、下手にいじれないからね。さっきの例があるし」
「開けろ」「助けて」等を叫び外に逃げ出そうとする囚人達を捕らえるために、ガーディアンが起動される可能性の方が高い。
それには言い返せないゼラード。
あのガーディアンを呼び出してしまったのは、間違いなくゼラードである。


「僕も冷静じゃないのかな。いまいち頭が働かないんだ。あんなの目の前にしちゃったら仕方ないよな」
同意を求めてくる儀礼に、ゼラードはまたも返答できない。
が、今度は先ほどとは違う意味なのだが、儀礼は肯定と受け取っていた。
(これだけ冷静に逃げる方法探して、生きる道をつないで、頭が働かないか……こいつ、何者だ?)
ゼラードは分析しようとするが、見当もつかない。
(暗殺者に狙われていたのならまだわかるが、人違いだった。ターゲットとただ似ているだけ。本当に?)
トレースするために行動を観察しながらその人物がゼラードには読めない。何もかもが疑わしいが、疑いだけで、がっちりとくるものもなかった。

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