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ギレイの旅

千夜ニイ

計略の遺跡2

ガーディアンに追われ儀礼とゼラードはいくつもの道を曲がる。段々と入り組み、複雑になる道。逃げている途中で二人は細い通路に入った。
ガーディアンの大きさではこの道には入れないだろう。
敵の追跡を振り切ったとみたのか儀礼の前を走っていたゼラードが足を止めた。
そして。


「悪く思わないでね、シャーロット。これが俺の仕事なんだ。」
そう言って、振り向きざま抜いたままだった剣を儀礼の首にあてる。
「親友なんて言われて、あの男を味方にして守ってもらってたみたいだけど、自分の正体も黙ってるなんて、本当に親友なんて言えるの?」
シャーロットを傷つけるのを楽しむように、彼女の傷つきそうなことを笑いながら言うゼラード。
その背後で揺れる蝋燭の火が、より一層光景を不気味に演出している。
それが、本当にシャーロットと言う人物に当てはまる言葉だったなら、その人は傷ついたかもしれない。
だが、儀礼は違う。それに、その言葉はまるで……。
「悪いけど、僕はシャーロットなんかじゃないよ。人違いで殺されるのは遠慮したいね」
首に剣をつきつけられた状況で儀礼は余裕の笑みを浮かべていた。
「そんな嘘を……。何故笑っている」
理解できないというようにゼラードは眉根を寄せて儀礼を睨む。
「君が、何も感じていないから」
儀礼は静かに言うと、袖からロボットの腕のような物を伸ばし、ゼラードが動くよりも早く、壁の燭台をレバーを引くように倒した。


ゴゴゴゴと振動がして、すぐそばの壁が扉の様に横に開くと、その向こうにはあのガーディアンがいた。
瞳を光らせたかと思うと、堅い巨体は体中から無数のつぶてを放つ。
儀礼の首から剣を離し、瞬時に後方へ跳び退るゼラード。
(あいつはよけられない)
儀礼の身体能力を推し量り、手間が省けたと、ゼラードは口の端を歪める。
ガーディアンの攻撃を予期していた儀礼は、ポケットから液体の入った薬瓶と水筒を取り出し、中身をぶちまける。
 ガシャーン!
ガラスの割れるような音と共に、液体が凍り付いてゆく。氷の壁はつぶてを飲み込み細い通路を塞いでいた。分厚い氷は水筒に入る容量ではない。
「何をした!?」
避けた足の着地と同時に、目の前で起こった不思議な出来事に叫ぶゼラード。
ガーディアンから逃れるように駆けてくる儀礼に我に返り、ゼラードも身を翻して走り出す。
「企業秘密……かな?」
と、儀礼は並走するゼラードにいたずらっぽく笑って言う。
「ちっ、アルバドの魔法使いか」
ゼラードは苦々しく舌打ちをする。
「いや、そうじゃなくて……。あ!」
苦笑した儀礼だったが、突然何かに目を止め叫ぶ。
「ぁあ?!」
何だ? と問うゼラード。
「ごめん、遅かったみたい」
ガコン、とゼラードの踏んだレンガが沈み込む。途端に、二人の足元が口を開ける。二人は足場を失い暗い穴へと落下した。


「くっ」
ゼラードは衝撃に構える。儀礼はそんなゼラードを抱き抱えた。
「な、何する!」
驚くゼラードだが、次の瞬間強く放り出され、衝撃に襲われる。
「うっ」
ゼラードは顔を歪める。衝撃を逃すためごろごろと幾度か地面を転がった。受け身は取ったが、かすり傷は仕方がない。
 バシャーン!
すぐ近くで激しい水音がし、顔や服に水が跳ねてきた。起き上がり、周囲を確認する。
洞窟のような暗い空間。頭上の穴はバタンと閉じられた所だった。
下は……目の前には底の見えないほど深い池。暗く、真っ黒に見える水。中にまで続いている白い泡は今、そこに何かが落ちた証。
「……シャーロット?」
咄嗟に出ていた声だった。その人を殺しに来たはずだったのに……。心配している自分に気付く。
戸惑ったように立ちつくすゼラード。深い水の底からその人の上がってくる気配がない。


 水の中に手を伸ばそうとしたとき、白い影が池の底から上がってきた。
「ぶはっ! はぁ、はぁ、げほっ」
池の中から、びしょ濡れになった儀礼が姿を表した。
「はぁ、よかった。ごめんね、怪我してない?」
苦しそうに息を荒げ、池からよじのぼり、儀礼が言う。
「……っ。俺は平気だ! なんで俺を……」
どうみても、ゼラードには自分を庇ったようにしか見えなかった。一つの階から落とされた位、着地できないわけがない。下が水でなかったなら、だが。
「ごめん、足場が見えたから咄嗟に」
そう言って儀礼は震えながら腕をさする。
「やっぱ寒いね」
軽く笑ってみせる儀礼。


「何のつもりだ……! シャーロット」
秋も半ば。暗い遺跡の底にたまっていた水は凍えるほどに冷たかった。ゼラードは苦しそうに儀礼を睨み付けている。
「いい加減信じてよ。僕は『シャーロット』じゃないし、男だって。ほら」
そう言って、重い白衣を床に落とし、水に濡れた上着を脱ぐ儀礼。面倒そうに水を絞る。
『シャーロット』は儀礼の母の国、アルバドリスクで女の子につける名前だ。
その姿から確かに理解したようで、くるりと回り、ゼラードは儀礼に背を向けた。
そんな様子を見て、儀礼はくすくすと笑う。
「なんだ?」
その笑いが何かを考え込んでいたゼラードの耳に聞こえたようで、睨むように儀礼を振り返った。
「やっぱり君、女の子、だよね」
にっこりと儀礼は笑う。疑いは確信に変わった。
シャーロットに向けて言ったゼラードの言葉は、関係のない儀礼が聞けば、ゼラードが自分自身に唱えている様に聞こえた。素性を隠した暗殺者。友と呼べる者はない、と。


「それがどうかしたか?」
ぶっきらぼうに答えるゼラード。仕事をするには腕が確かかどうかが重要で、性別は関係ない。
「いいや。女の子だな、と思ってさ」
言いながら、儀礼は携帯用ランプに火を灯す。薄暗い空間に儀礼の笑顔が炎に照らされた。
「女の子の服着ればいいのに。似合うよ?」
「ばっかじゃないのか。そんな恰好したらナメられるし、動きずらいだろう!」
この状況で何を言い出すんだ、お前はと、怒ったようにゼラードは言う。
しかし、儀礼に怒気がこないのをみると、実際に怒ってはいないらしい。本気で馬鹿にしてるのかもしれないが。


 儀礼の準備が整うと、二人は歩き出した。
「……悪かったな」
前を歩くゼラードが、振り向かずに言った。聞き取りずらいほど小さな声。
「え?」
儀礼は何のことかわからずに問い返す。
「こんなとこに連れ込んで。あげくに、人違いで殺そうとした……」
本当に反省しているようで、ゼラードの声には元気がない。
謝る、なんて儀礼の知る暗殺者のイメージとはかけ離れていた。
「ま、いいよ。無事だし。今はあのガーディアンをどうするか考えないとね」
にっこりと笑っていた儀礼の顔が思慮深い、真剣なものへと変わった。

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