ギレイの旅

千夜ニイ

計略の遺跡1

遺跡に行く途中の道。
「まだなのか? 遠いナ」
ただ歩くだけなのに飽きてきたのか、獅子が呟く。
すでに森に入ってから数時間が過ぎていた。うっそうと茂った森の中は薄暗い。
遺跡探索に向かう割に、三人の装備に特に目立った物はなく、獅子と儀礼に関してはいつも通り。話を持ってきたゼラードも持っているのは小さめな双剣だけ。
今から行こうとしているDランクの遺跡は研究者達に調べ尽くされ、危険がないことが判明している。
「遺跡の調査中にはもう少し近くまで町があったけどな、今は調査も終わってつぶれちまった」
邪魔な枝葉を払いながら先を歩くゼラードが教えてくれる。長らく人の通った気配のない森は歩きにくい物だった。
「遺跡が見つかるまでは、あの町もなくて、本当に人里から隔離されてたみたいだよ」
ゼラードの作った道を歩きながら疲れた様子も見せず、楽しそうに儀礼は言う。本当に、見も知らない町の遺跡にまで、何故詳しい。


 木漏れ日と共に視界が開け、ようやく遺跡にたどり着いた。
森を削り取ってできたかのような空間で上空から見れば森にぽっかりと丸い穴が開いている様に見えるだろう。
森だけでなく地面も削り取っているようで、遺跡自体は見下ろすような高さにある。
遺跡の中、一箇所にだけ建つ高い塔のてっぺんがやっと、儀礼達の目線と同じ位の高さにある。
坂を下って、少し遺跡に近付けば、立ち並ぶたくさんの柱。等間隔に置かれ、遺跡を取り囲むように円を作っている。柱の上には翼の生えたライオンの石像が乗っている。長い円柱の形なので柱と呼ぶが、役目としては台座と言った方が合うかもしれない。
「注目すべきは全てが遺跡の方を向いてるって事かな……」
台座自体が儀礼の背よりも高いので見上げるようにして石像を眺め、感慨深く儀礼は言う。
「まるで、見張っているみたいだろ」
軽い口調でゼラードが言う。
「ちゃんと見張ってろよ」
ふざけた様子で石像に言った獅子に、儀礼とゼラードが笑う。
再び遺跡に歩き出した3人の背後で、石像が窪んだ瞳を光らせた。


 遺跡の扉の前に立つ3人。石でできた大きな扉は重そうで三人で力を合わせても、とても動かせそうもない。
その扉の横には大きなライオンの石像が立っている。
「俺が先頭を行くから、黒獅子は最後についてくれ」
「了解」
ゼラードが言って、獅子が儀礼の後ろに並ぶように立つ。
それからゼラードは、門番の様な大きなライオンの石像を強く押し、向きを変える。ぐるりと回って扉の方を向くライオンの姿はやはり、何かを見張っているように見える。
ゴゴゴゴ……、重たい音をたてゆっくりと扉が開いた。
「入るぞ」
それほど緊張した様子もなく、ゼラードは遺跡の中へと入って行く。
すでに調べ尽くされた遺跡。それほど危険もない。
後に続き、儀礼も中に入る。遺跡内の明かりは壁の上部に小さな穴が等間隔にあるだけで、随分と暗い。
奥の方には何があるのかよく見えないほど。


「ああ、閉まると困るから、黒獅子、ライオンの横の鉄の棒を扉に挟んでおこう」
ゼラードが振り返り、思いついたように門番のライオンの方を示しながら言った。
「え?」
儀礼が驚いた顔をする。
「これか?」
言われた獅子は、ためらいもなくライオンの尾を引っ張った。
 バタン
勢いよく石の扉は閉まった。獅子は扉の外に残されたまま。
「それ(ライオンの尾)って、外から扉を閉めるキー(条件や操作)だよね……?」
知っててやったよね、とゼラードに確認するように言う儀礼は、しかし怒っていると言うよりも獅子の間抜けな行動を笑っているようだった。
「ごめん、そんな簡単にひっかかると思わなかったから。普通疑うだろ?!」
それをやったゼラードも成功すると思っていなかった悪戯が成功してむしろ驚いているよう。
管理局ランクCという評価になっている獅子。初歩の仕掛けを知っていると思われていておかしくない。


 困ったような、笑っているようなゼラードの声が扉の向こうからわずかに聞こえて来た。
「出て来たら覚えてろよ!」
獅子は扉に向かって怒鳴った。


 目が慣れてくると、そこが広間なのがわかる。この遺跡はそれほど広くなく、この広間がほとんどメインだ。
この1階と、落とし穴等の先にある地下通路のみで、後は東南にある5階建ての塔が住居か、位の高い人の休憩所と言われている。
儀礼は薄暗いその広間を興味深げに眺める。口を開けたまま周りを見回し、意識もせずに足がゆっくりと進んでいるようだ。


 その儀礼の背後へとゼラードは回り込む。腰の双剣を撫でるようにして柄に手をかけた。
「案外簡単にかかったね、もっと警戒してるかと思ったよ。シャーロット」
暗闇の中、音もなく歩きながらゼラードが言う。
「なんの話だ……?」
不穏な気配に振り返ると、二本の剣を構えているゼラードの姿。眉間にしわを寄せ、本気で戸惑う儀礼。
怒気も何もないが、明らかな殺気が感じられる。
「これで逃げられないよ」
閉まったドアを示し、前に立ち塞がり薄く笑うゼラード。


『コード認証』
突然どこからか、いや、広間中に響くような音でそんな言葉が聞こえた。
ゴゴゴ……
軽い振動と共に、広間の三方の壁の一部が扉のように上がり開いた。
「なんだ!?」
驚き、戸惑うゼラード。
「まさか、今のって……、でもそれじゃ、時代が合わないし……」
考え込むように口元に手を当てる儀礼。
「何をぶつぶつ言っている。お前がやったのか? ただでは死なないってことか? シャーロットさん」
物騒な気配を放ち鋭い剣の先を向け、ゼラードが儀礼に詰め寄っていく。
「ちょっと待ってゼラード。何? その『シャーロット』って。その物騒な気も静めてくれないかな……」
じりじりと後ろに下がりつつ儀礼は宥めるように言う。
「あなたの本名でしょう? 何者かは知らないけどね。俺はあんたを殺すように雇われただけだし」
楽しそうに口を曲げゼラードは獲物を殺すための構えに入る。
「なんか誤解してるね、僕は儀礼だ。ギレイ・マドイ。それ以外の人になった覚えはないよ」
尋常でない殺気に冷や汗を流しながらも、儀礼はこの状況を考える。体が動けないわけじゃない。本当にただ殺すための殺気だけを向けられている。


 その時、儀礼の視界に異様な物が移りこんできた。
「……んー、とりあえず後ろのソレをなんとかしない?」
ぎこちない動きで、向き合ったゼラードの背後を示す儀礼。
「わらわらと気配を感じると思ったら……」
そう言ってゼラードは振り返り、気配の元に双剣を構えなおす。
開いた壁の扉から、次々にキャタピラのついたロボットが現れていた。
ロボットと言っても、外装は岩のようで、キャタピラに頭が乗っているだけの子供大の雪だるまみたいだ。
もっとも、雪だるまは頭から石つぶてを飛ばしたりはしないが。


暗い中、ゼラードは飛んでくる石を見事によけながらロボットを破壊していく。
その動きに迷いはなく、振るう剣の一撃は確実にロボットの体を崩す。
(獅子が言うだけはあるみたいだな)
そう思いつつも、儀礼はほとんどいい的だ。子供のこぶし大の石が儀礼目掛けて次々に撃ち出されてくる。
「くっ……」
頭を両腕で庇いながらも、ボコボコと全身に当たる石にうめく儀礼。ゼラードに助けようとする気配はない。
(なんとかしなきゃな。もし、本当にこの遺跡が音声認識なら……)
儀礼は可能性を考える。
「……照らせ、ともせ」
突然儀礼が叫び出す。


(何してんだ?)
視線も向けず、呆れた様子のゼラード。意識を他に向けながらもロボットを壊して、しっかり瓦礫は増やしている。


『コード認証』
再び広間に音が響き、ボボボッと勢いよく壁の燭台に次々と火が灯る。
「明るくなったね」
満足そうに儀礼は笑う。
改造銃を取り出すとスライドを実弾に合わせ、ロボットの頭を次々に破壊していく。
「なっ! ガンだと? なんて物持ってやがる。やはり金持ちらしいな。明かりも金で買ったのか?」
儀礼の取り出した武器に驚き、きりのないロボットへの苛立ちからか皮肉げに言うゼラード。
「時代の年数に合わないけど、どうやら音声認識型らしい」
勘違いしたままのゼラードに、肩をすくめて答える儀礼。
「言葉がキーか! なら、開けろ、逃がせ、解放しろ、放て」
閉まったままの扉に向かい、思いついた言葉を並べ立てるゼラード。
「やめろ、むやみに言うと……」
 ガコン
儀礼の止める声は届かず、確実に、大きな仕掛けの動き出す気配(揺れ)がした。


広間の最奥の壁、兼、遺跡を支える太い柱が崩れ出した。
いや、違う。崩れたのではない。それは……振動を伴って、動き出したのだ。
 ダシーン!
重たい大きなブロックの塊が、その足を地面に着き、建物中を揺らす。
付近にいただるまロボットは巻き込まれて瓦礫に変わっている。
 ダシン、ダシン!
準備運動でもするかのように、その壁の中身は堅い腕を振り回し、周囲のだるまロボットを一掃する。
難を逃れただるまロボット達は蜘蛛の子散らすように、もときた扉へ逃げ帰っていく。
その柱から掘り出されたかのような巨大な二足歩行ロボットは、古代遺跡に度々登場する『ガーディアン』。
しかも、この大きさと、速さ、パワー、A級と見て間違いないだろう。Aランクのガーディアン、Aランクの上級冒険者数人でやっと相手のできる化け物だ。


「なんだ……! これ……」
絶句するゼラード。
「こんな仕掛けがあったなんてね……。遺跡の新要素発見、人命消滅。どっちが本当の目的なんだい? アサシン(暗殺者)さん」
目の前のガーディアンに驚きつつも、どこか余裕のあるようにゼラードに言葉の意趣を返す儀礼。
「ま、両方達成できそうだけどね。ひとまず、逃げよう」
虚勢を脱ぎ捨て冷や汗を流すと、儀礼は熱を発する煙幕を張り、ゼラードの手を引き、塔へと向かう細い道へと走り出した。

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