ギレイの旅

千夜ニイ

国境の町の市

 儀礼と獅子はドルエドとフェードの国境の町まで来ていた。
町の中にはもちろん、町の外にまで至る所に露店が立ち並んでいる。
大勢の人で賑わい、活気あふれるものとなっていた。
「この市って普段はないんですか?」
驚いたような儀礼の声が町の冒険者用雑貨店から聞こえてきた。
店のカウンターの前で儀礼は買った物を手持ちの袋に詰めていた。
「ああ、この祭りの間だけだ。今日と明日、年に一回きりのな」
カウンターの内側で高ランクの冒険者であることが伺える、強面の店主が答える。
高額の商品がいくつも売れたことで機嫌はいいらしい。
「すごい確率だな」
店の外を眺めながら獅子が言う。獅子は店に並ぶアイテムよりも行き交う冒険者の方が気になるようだ。
「かわりに珍しい物も揃ってる」
儀礼の買った品々を示し、強面の店主は得意そうに笑った。


 国境を越えてどこへ向かうか儀礼と獅子は迷い、道なりに最初に着いたのがこの町だった。
大きな町ではない。建物だけを見るなら本来のこの町は小さい部類に入るだろう。
家の数より露店の数が上回っている。
それも、小さな台だけを出して小物を売っている店から、大掛かりな天幕に相当値の張る武具を扱う店まで。
普通の祭りではない。だが、何の祭りだかこの町に長く住む店主にもわからないと言っていた。
いつからなどともわからない昔から、この秋の満月に夜通し市を立てていたらしい。
「なんかフェードに入ったとたんにわくわくする話だね」
露店の間を歩き回りながら儀礼は瞳を輝かせていた。


 翌日、朝早くから儀礼と獅子は昨日と同じように買い物をしていた。
食料やら、日用雑貨やら、買い揃えたい物が多かったのだ。
昨日のうちに見ておけばよかったのだが、昨日の儀礼の頭には露店に並ぶ珍しい物のことしかなかった。
目当ての物を探すため、二人で歩きながら立ち並ぶ露店を見る。
いくつかの袋を持つ頃に、獅子が急に足を止めた。三軒先の露店を覗く少年を視線だけで示すと、小さな声で言う。
「あいつ、強い」
言われて儀礼が見てみるが、白いマントを羽織った同年か、少し下の普通の少年にしか見えない。
薄茶色の髪と、同色の瞳。少し目元が鋭いけれど別段変わった所もない。
「まぁ、文人には見えないけど。そんなに?」
獅子が気に留めるなんて珍しいなんて思っていると、その少年が二人の方を振り向いた。


 獅子と目が合ったようだ。ニヤリと笑う少年。
二人の間に、何か凄まじい気が飛び交う。儀礼の肌が、焼けるように痛む。
フッと、少年が笑むと途端にその気流が止む。
「君、強いね。冒険者?」
少年はにこにことした人懐っこい笑顔で近づいてくる。
「俺はゼラード。正規、じゃないけど傭兵みたいな仕事してる」
手を差し延べるゼラード。それに、一瞬ためらい、にやりと笑って握り返す獅子。
「俺はリョウ・シシクラ。リョウでも、シシでもいいぞ」
そう言う獅子にゼラードは影を含ませて笑う。もちろん、儀礼達には気付かれないように。


「知ってるよ『黒獅子』だろ。正直言うとあんたを待ち伏せてたんだ。その強さを噂で聞いて確かめてみたかったんだ」
それを聞いた獅子は特に気を悪くした様子もなく、目線で先を促す。
「話が早いのって好きだよ。金になる話があるんだ」
嬉しそうに笑ってゼラードは続ける。
「街の外に遺跡があるのは知ってるだろ? たいした価値もない小さな遺跡だ」
うん、と儀礼がうなずくのを見て、獅子もうなずく。
「ああ。で、その遺跡がどうしたって?」
「俺、あの遺跡って絶対なんかあると思うんだよ。あんな人里離れた森の奥で、あれだけの石像に囲まれてさ。何かの儀式の間なんて考えらんないよ」
「別の用途があったと……?」
ついに堪え切れず、儀礼が口を挟んだ。


「誰?」
今、気付いた。という風に獅子に尋ねるゼラード。
獅子と並ぶ少女を見比べてゼラードは戸惑う。
(あれ? 身長伸びたのか?)
情報では145cmと言っていたが、確実にゼラードより高い。155cmはあるだろうか。
(いつの情報だよ子供の成長期なめてんじゃないのか)
ゼラードは心の中でくさる。
「儀礼だ。俺の親友」
恥ずかしげもなく言う獅子に、儀礼の方が照れる。
「ふうん、可愛い人だね」
儀礼の顔を覗き込んだゼラードがにこりと笑って言う。
「え゛……」
顔をひきつらせる儀礼。
「あー、こいつ男だから」
儀礼の肩をポンと叩き、慰めるように言う獅子。
「そうなんだ」
驚いた様子もなく言うゼラードに、儀礼はわずかに違和感を覚えた気がした。しかし、それよりも、遺跡の話しの方が魅力的だった。


「この間入ったときに、ちょっと気になることがあったんだ。俺一人じゃ不安だし。あんな狭い遺跡にトラップが多すぎるし、柱にしては壁が厚過ぎる気がする。だって、1階建てだぜ? 地下があるとはいえ、落とし穴位で……」
「確かに気になるね。壁の柱は神の象徴を飾ってたって予測だけど……。何か見落としてるんじゃないかって研究員もいるし」
ゼラードが話を終える前に儀礼は口を挟む。
「あんた詳しいな。専門家? ならちょうどいいじゃん、三人で行こうよ」
ゼラードの提案に儀礼は迷わず頷いた。

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