ギレイの旅

千夜ニイ

祖父の死から一年後

 祖父の死から一年間、喪にふくした儀礼は黒い服ばかり着ていた。いつも着ていた白衣にすら袖を通さなかった。
一年が過ぎたある日、たまたま獅子倉の道場で服を汚した儀礼に獅子は服を貸してやった。
翌日。貸した服を持って儀礼が獅子の家の前に立っていた。
「服、買いに行きたいんだ……。町に行かない?」
照れくさそうに笑った顔は久しぶりに見る、友人 団居儀礼 だった。


「急に気分変わったのか?」
儀礼の車に乗り込み、慣れた様子で助手席に座る。獅子が聞くと儀礼は少し苦笑した後に話し始めた。
「父さんと、母さんが……すごい嬉しそうだったんだ。これだけで」
儀礼は手に持つ獅子の服を示す。ありがとう、と獅子の手に返す。
「じいちゃんが、自分の特許の所持を僕に引き継いでくれてたんだ。手続きが面倒で一年もかかったらしい。今日、管理局から手紙が届いた」
儀礼はポケットから封筒を取り出す。
「七月付けで、ギレイ・マドイをランクBと認める。そう書かれてる。15歳になれば大人と変わらない保証を得られるよ」
そう言う儀礼は嬉しそうだったが、どこか大人びていた。
「卒業したら本当に行くのか?」
昔から旅に出るのが儀礼の夢だった。それはわかってる。
大人になったら。それがずっと遠くだったから……。
俺はどうしたいんだろう、と獅子は考える。修行もあるし、家を継がなきゃならないし、何より、利香がいる。
でも、儀礼もずっと一緒にいるんだとそう思っていたのに。
「行くよ。お金もだいぶ貯まったし、車も旅のために整えてるんだ。じいちゃんの夢でもあったし……」
「そっか。一人で大丈夫なのか?」
にやっ、とからかうように獅子が笑った。
「うっ、そりゃ、獅子みたいに強くはないけどさ……」
困ったように笑い返し儀礼は続けた。
「できるだけはしていくつもりだよ。最低限自分の身は守れないとね。それが旅に出る条件だし」
ふぅ、という大きなため息。儀礼の両親の説得は大変だったろう。


「ふぅん」
なんだか疑わしそうな獅子の声。
「そんなに僕は頼りない?」
儀礼が言うと獅子は一瞬目を開いた後に、にやっと笑って答えた。
「ああ」


 儀礼が出て行くのを前提に話しているのがなんだか面白くなくて獅子は適当に相槌を打ったら、儀礼は違う意味に捉えたらしい。
正直、今の儀礼なら殴り倒して財産全て奪うなんて簡単だろう。まぁ、やらないけど。親父が怖いし、と獅子は思う。
「じゃぁ、一勝負する?」
儀礼にしては珍しい、挑むような視線。
もっとも、口元は笑っているが。
「いいぜ、いつ?」
「今」
そう言うと、儀礼は手元の封筒の下から香水瓶を取り出していた。
その中に睡眠薬が入っているのは獅子も知っている。
素早く儀礼の手に手刀を落とし、瓶を落とすと儀礼の苦手な怒気を放つ。
たちまち体を固め冷や汗を流す儀礼。
「だましうちとはらしくないな、儀礼」
今まで心配かけた分も(喪服期間など)頭にげんこつ一つ位しても悪くはないだろう。
そう思って、獅子が拳を握ったところだった。冷房の吹き出し口から シュッ と何かが噴き出され獅子は力を失った。


 がくんと前屈みなったのを儀礼が重たそうに椅子の背にもたれかけさせる。
「で、一応僕の勝ち?」
にっと笑ってみせる儀礼。
「何した……?」
意識はあるのに、体が動かない。
指一本力が入らないのだ。口がわずかに動くのが不思議な位だ。
「痺れ薬。5分位で効き目は切れると思うよ。力じゃ獅子には敵わないからね。卑怯でも僕は武器を使うよ。それにドルエド国内はそれほど危険もないだろ、半年もすれば回りきっちゃう広さだし」
笑いながら言う儀礼はどこか掴み所がない気がした。


 一人で先へ行ってしまう。離されてたまるか。
「ドルエドだけですませるつもりはないんだろ?」
目線だけを向けると儀礼は苦笑いだ。
「わかっちゃうか……親には内緒な。やっぱり一度アルバドリスクへ行ってみたい。俺の半分はアルバドの血だし。フェードには会いたい人もいるから」
ほんの少し寂しげに儀礼が言う。
「そうか。ところで儀礼、痺れ薬を車内に放つ意味はあるのか?」
とりあえず、怒気と一緒に疑問を放ってみる。
たちまち固まる儀礼。
「……対獅子用。獅子を倒せたら管理局に一人で出入りしていいって父さんが言ったから」
ギギギギっと顔を背け、視線を逸らしたまま儀礼が言う。


 つまり、この車に乗った時点からすでに獅子は儀礼の罠にかかっていたことになる。
「儀礼……」
「ナニカナ」
獅子の怒りを感じてか儀礼の声は固い。
「疲れが解けたようだ」
起き上がった獅子の笑みに儀礼は見えてきた町を前に車を降りようとする。
させるわけないだろう。
「ぎゃーーー!!!」
オート運転の車内から儀礼の悲鳴が響き渡っていった。


「殺す気だったろう……」
数分後、車から降りた儀礼は首をさすりながら恨みがましく獅子を見る。
「馬鹿言うなよ。ちゃんと落とす前にやめただろうが」
幾分か機嫌の直った様子で獅子が言う。
「いいや。死ぬとこだった」
じいちゃんが花畑で仲いいなぁって笑ってるのが聞こえた。懐かしい声がまだ耳に残っている。
「俺は毎日親父にそれ位されてるぞ!」
どうだ、かわってみろ、と泣きそうな感じの獅子。
「激しいスキンシップだね」
ごめん、無理だ。と儀礼は顔を逸らす。
「くそぅ。ぐれてやるーー!」
獅子の叫びが突風の様に町を通り抜けた。

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