ギレイの旅

千夜ニイ

盗賊ギルド2

”武術大会やってる町で、怪しい噂ってある?”
休日の昼間。自分の部屋で気ままにデータ収集をしていた所に突然の問いかけ。こういうことをする奴は決まっている。
儀礼からのメッセージに青年は以前からある噂をいくつか思い出す。
”スリや物取りが横行してるって? いくつかの大きな宿中心に盗賊ギルドなるものが作られてるらしいぞ”
”盗賊ギルド……”


 盗賊ギルド、だ。名前だけで笑える。一体何を考えて作ったんだか。数年持たずにつぶれるのは明らかだ。
”酔って眠った客が財布を失くすがどこで失くしたかわからない。宿の主は「お気の毒に、お困りでしょう。今回の宿代はいただきません」と。客は親切な宿に、前回の礼も兼ねてまた泊まりに来る。”
”それは、親切すぎる宿だね”
儀礼から素早い返答。


”財布丸ごといただいて、次の客確保だ。”
”怪しすぎるだろ、それ”
”それが一つの宿なら目立つが、あちこちでばらばらにある。しかも、一度被害にあった客はそうそう二度目にあわない。スリでも、置き引きでも、盗難でもな。”
大きな大会があれば、多くの人が集まる。獲物も多く、ばらけてしまえばそれほど目立たずいい稼ぎになるだろう。


”統率してるやつがいるってことか。面倒だなぁ。”
儀礼の言葉にひっかかる。どうやらまた首を突っ込むつもりらしい。この子供は暇でいようとは思わないのだろうか。
つい先日、歴史の生き証人を発見して世界を騒がせたばかりだ。関わった研究者達はまだその後処理に追われている。


”最近の失せものはまだ裏に出回ってないぞ。証拠は残ったままだな。西の小さな古書店に中立の情報屋がいる。やるなら大掛かりだぞ。”
”古書……ってもしかして、腰の曲がったおじいさん?”
もう手をつけていたのか。予想以上に早い。
”なんだ。知ってんのか。”
”いや。おととい、大量の古本買って、売って、買って、売ってってしてたら迷惑だって怒られた。普通の本屋にないのがいっぱいあったからさ。なるほどね。情報屋か。昨日は読み放題にしてもらう代わりに棚に並べるのを手伝ってきた。”
善い人だよね、と続きそうな口調だ。本当に、何をしてるんだろうな。こいつは。売られたらやばい情報を、持ち過ぎな事に気付いてないわけないだろうに。


”戯れるな、情報屋と”
”ちょっと、あんな古本屋ならなってもいいかなって思ったんだけどな。”
とんでもないこと言いやがる。Sランクのやつが経営する店など俺なら入りたくもない。そいつは入り口があって、出口はちゃんとついてるんだろうか。
苦笑しながらも青年は、必要になる人員や作業の下準備に取り掛かった。


”あ、大会は獅子が優勝しそうだよ。そろそろ自分が大会に出場するレベルじゃないって気付くんじゃないかな。”
にやりと、笑っていそうな儀礼の言葉を信じられないのが正直なところ。
信用しないわけではない。だが、『黒獅子』の実力がAランクの中でも上位に入ると言う事になる。人間など相手ではないと。
半年前にDランクを取って驚いたところから始まったのだ。常識ならばありえない。これが冒険者ランクS『黒鬼』の子、か。


”まじか。さすが『黒獅子』だな。 そういや、お前の護衛が探してたぞ”
”却下で”
一秒も間をおかず返答があった。
こいつはたまにネットの中に意識が侵入できるのではと疑いたくなる。人間業ではない。
その先の言葉を告げてもないのに。
別に向こうの報酬がいいから告げようというのではない。動くのなら手駒が必要かと思っただけなんだが。却下らしい。
”氷付けの人間な、数名解放されたらしい。前回いた人の身内も見つかってるようだ。にしても、次々不正を理由に財産回収してるぞ。あまり不用意に権限を預けるなよな。”


 儀礼が行こうとしていた美術品コレクターのもとに『双璧』が先回りしているらしい。それに会いたくないらしい儀礼はおとなしくしていたようなのだが。
”事情があるんだよ……。僕だって命は惜しいさ。”
『双璧』のアーデス。Sランクの最有力候補。やはりただ儀礼の護衛についたわけではなさそうだ。


”お前の出没情報。複数の離れた町とフェードに出てんだが、こっち来たか?”
ドルエド国内の偽情報は儀礼が流しているもの。Sランクを持ってから消えたためしがない。
しかし、今まで国を越えた話はなかった。儀礼に移転の術がないからだ。
”あ、フロアキュールには行ったよ! まだ穴兎に言ってなかったね。”
フロアキュール。いきなりフロアキュールか。Dランク冒険者のうろつく町ではない。儀礼の目撃情報はなし。護衛達の仕業か。
”じゃ、違うな。もっとドルエドの国境付近だ。お前の位置が変わったから偽のお前もフェードまで足を伸ばしただけかもな”
”偽の僕ってなんだよ”
モニターの向こうで少年があきれたのがわかった。
”ついでにユートラスやアルバドリスクにも足伸ばすか?”
”やめてくれないかな、僕で遊ぶの。戦争起こす気なんてないよ!”
明らかな偽情報は撹乱よりもその人間の知名度を上げる。
Sランクが一人でユートラスを歩いてたなんて情報、怪しすぎて国が動く。最近、裏で不穏な動きをするユートラスを揺さぶってみたかったんだが。
”起こす気がないなら、失くし物には気をつけろよ。”
ギレイの持つ物を下手に売って、ユートラスのような軍事国にでも回ったらどこの国から滅びるか。


”大丈夫。ちゃんと睡眠薬入りご飯も残さずぺろりだ♪”
青年は思わず頭を抱える。意味がわからない。何考えてんだこいつは。Sランク(まともじゃない奴)のすることは本当にわからない。
”宿の娘がさ、からくり人形みたいにカタカタ震えて料理とか運んで来るんだよ。面白くってさ。”
からくり人形とはまた古めかしいものを持ち出す。茶を運んだりする物は人間の赤子ほどのサイズだったか。
”それで睡眠薬入りの飯も食うって?”
”ちゃんと中和剤飲んだから平気だよ。だって、すっごい可愛いんだよ。接客に慣れてないみたいで毎回真っ赤になってさ。「用事ありますか」とか「お茶いりますか」って声が震えてんの。”
面白いものを見ながら笑っている少年の姿が目に浮かぶ。
”そんな小さいのか?”
話だけ聞くなら6、7歳位か。中程度の宿だといった。従業員もいるだろう。わざわざそんな小さな娘に料理や飲み物を運ばせるなら、警戒心を失くし確実に薬を飲ませるためか。


”小さい? うん。小さいけど同じ歳だって。見てるとつい応援したくなっちゃうんだよね。”
”……”
あえて無言を送ってやる。どうにも、こいつの言う可愛いと、俺の想像とがかみ合わない気がした。
可愛いと面白いを同義語として使った。転げまわる子犬が可愛い、よちよち歩く子供が可愛い。それだ。
”盗ませたりなんかしないから安心してよ。”
どうやら違う意味に受け取ったようだ。盗みの手伝いはさせないということらしい。
”15、6か?”
”うん。僕よりずっと背が低いの。肩か胸ぐらい。目が合うと真っ赤になってすぐ走ってっちゃうんだ”
くすくすと笑う少年が思い浮かぶ。本気で言ってるんだろうか。


”お前はそういう子が好きなのか。ふーん。”
”待って。何か変な情報流そうとしてない?”
慌てたらしい返事がくる。
”変なのはお前の頭だろ。その娘、お前が好きなんじゃないのか?”
”は……? 何言ってんの? というか、僕のどこが変だと?”
”お前は自分の顔に自覚がないのか? そこらの人間より人に好かれる顔だってな。”
”ああ、それか。”
返事に色がない。ひどく落ち込んだような。
”嬉しくないんだ。それは僕が好きなのかな……?”
儀礼の言葉は悩める少年だ。俺ならそこまで顔がよければ利用するが、これがトラウマというやつなのかもしれない。
”そんなこと俺は知らないね。調べてみたらどうだ? 大勢いるだろ。観察するには十分じゃないのか?”
武術大会の会場なら、あふれるほどの賑わいだろう。夫婦でも、恋人同士でも見て考えてこい。俺ならしないがな、と青年は笑う。
”……まぁ、考えてみるよ。とりあえず、報酬がいいから失せ物の依頼はまとめて受ける。ありがとう。また連絡する。”
その後、儀礼は丁度いい観察対象を発見した、らしい。


 全ての手配を終えたのは明け方が近付いた頃だった。
盗賊ギルド討伐の依頼元は町長の名になっている。武術大会で有名になった町が盗みの噂で評判が落ちていくのは耐えられないらしい。それなりの報酬を約束してくれた。それもまぁ、古書店の老人のおかげなのだが。
しかし、多くの宿に警邏隊が入ることになる。大会に集まった腕の立つ者との衝突が予想できた。宿の従業員が掴まって減れば混乱は避けられない。
ヘルプに人員を入れるのに、近くの者だけでは足りない。
しかし、移転魔法で人を送ろうにも、ドルエドに魔法使いを入れるのは難しい。手続きにやたらと時間を食った。それでも儀礼の名がなければここまでスムーズにいかなかっただろう。


”あー、夕飯食い損ねた。”
儀礼がぼやく。先に言ったとおり間もなく朝だ。
”お前な、食わなきゃでかくならないぞ”
寝なくても成長には影響する。この少年が周りにちびと言われるのはその辺りのせいではないのか。
”でも宿で食べると薬品入り~。”
何故この返答は楽しそうなんだ。
”よそで食え。”
”うーん、獅子の剣持ってうろつくのさすがに危ないからそのまま管理局に入っちゃったんだよね。”
”さっさと返せ。”
『Sランク』に『光の剣』。護衛を巻いて管理局に一人きり。
こいつは自分がどれだけのものに狙われているか、本気で理解してるのだろうか。
影で無数の腕を散らす身にもなってみろと言いたくなる。


 が、監視の目をくぐってメンテしなければならない物も多いのだろう。仕方がない、と青年は乗りかかった船をこぎ続ける。
こいつとの仕事は実入りが良い。まともにやっても稼げない額を、Sランクの高給取りは落としていく。
それに、この会話が続いている限りは安全だと言えるのを青年は知っていた。


 昔、儀礼との会話が終わった直後に青年のパソコンの一つが煙を出した。おかげで一台分のデータがパアになった。
不審な出来事に、儀礼がいるという管理局のカメラに侵入してみれば。あれは誘拐未遂とでも言うのだろうか。青年の知る儀礼の最も強いイメージがその時の5歳ほどの小さな少年。
思えばあれが管理局のような大型の公用施設に侵入した最初だった。
”うん、そうするよ。さすがに眠いし。一回宿に戻って一眠りしたら仕事開始する。”
儀礼からの返信。時間が掛かったのは荷物を纏めていたからだろう。
部屋の中、大きく伸びをすると青年も短い眠りにつくことにした。

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