ギレイの旅
武術大会1
武術大会があるらしい。
町の入り口に大きな横断幕がかかり、出場者募集中とかかれている。
「おお、面白そうだな」
獅子は楽しそうに瞳を輝かせている。
「先、宿取ろうよ宿。こんなイベントあったら泊まれるとこあるかな?」
儀礼はゆっくりと車を走らせながら町の中へと入っていく。
「観覧ですか? ご出場ですか?」
入り口のすぐそばに、門のようなものがあって、兵士のような男達が並んでいた。
接客用の笑顔でその一人が言った。
「出場で!」
どんな大会だかもわからないのに、獅子は答えた。
「武術大会って、ルールとかどうなんですか?」
一応儀礼が聞いておく。
「武器の使用は禁止で、流派は問いません。ただし、怪我や命を落とすこともありえますので自己責任でお願いいたします」
「物騒だなっ」
にこやかに言う兵士に儀礼は頬を引きつらせる。
「冗談ですよ、回復魔法の使える者が常時待機しておりますので、命を落とした者は今までありません」
ははは、と兵士は言うが、回復しなければ死ぬような怪我をすることはあるらしい。
「じゃ、彼だけ参加で」
儀礼が獅子を示して言えば、男が一枚の紙を渡す。
「ここに名前と冒険者ランクを書いていただければ登録完了です。お泊りになる宿はお決まりですか?」
獅子が名前を書き、儀礼は宿はまだだと答える。
「はい、申し込みは完了いたしました。大会は明後日の朝からとなります。こちらが受付番号となりますので失くさないようお願いいたします。大会出場者は優遇されますので、このリストの中から宿をお選びになるといいですよ。リストの下の方はまだ余裕があると聞いています」
宿名のリストを渡され、儀礼は目を通す。
「ありがとう、助かるよ」
儀礼は答え、車を走らせた。
リストの中から探し、三件目で空きを見つけた。やはりどこも混んでいるらしい。いつも泊まる所より少しいい宿だった。
「車を町の外に出してくるよ。こんなに道が混んでたら歩いたほうが速い」
疲れた顔で儀礼が言う。町の中は露店や人ごみで賑わい、車で通るたびに迷惑がられた。
「おう」
返事をしながら獅子は料理にかじりつく。部屋に着くなり注文していた。
車を置いて町に戻ると、儀礼はついでに町中も見てみようと思う。少なくとも三日はこの町にいることになるのだ。本屋が何件あるか、管理局の居心地はどうか、ギルドの質はどうか確認しておきたい。
「ふっ、一人でギルドに入ることになるとは……」
ギルドの入り口手前で立ち止まる儀礼を、冒険者達が白い目で見ていく。残暑も厳しいと言うのに、冷たい風が吹き抜けた。
「馬鹿なことやってる場合じゃないか。仕事請けないにしてもどんなのがあるかだけは見ておきたいし」
以前の拓のようなふざけた依頼が放置されていたらと思うと恐ろしくて、常に確認しておきたくなる。
フロアキュールのように、全ての管理局とギルドが連携できたらいいな、とこういう時には思う。
調べてみたが、たいした依頼はなかった。気になったのはこの町の中で失せ物捜索の依頼が多かったこと。すりか泥棒が横行しているのかもしれない。
「気をつけないとなぁ」
危ない物を多く持ち歩いている儀礼はポケットの中身を確認する。下手に盗まれて出回りでもしたら儀礼は犯罪者だ。
宿に戻るとおかえりなさい、と宿の娘が笑顔で迎えてくれた。儀礼よりも頭一つ分背が低い。
それでも儀礼たちと同年代らしく、少し恥ずかしそうに接客する姿がつい応援したくなる。
黒に近い茶色の髪は頭上でまとめられていて、黄色っぽい茶の瞳は伺うように見上げてくる。
「あの、飲み物でもお運びしましょうか?」
少女が顔を赤くして言う。
「うん、ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」
あんまり一生懸命なので、儀礼が笑って言うと、少女はさらに顔を赤くして、厨房へと走っていった。
儀礼は少女がカタカタと震えながら飲み物を運んでくるのを二階の部屋で微笑ましく待っていることにした。
武術大会当日がやってきた。
思っていたよりも大掛かりな大会らしい。以前に獅子が優勝したことのある武術大会はこの半分の規模だった。
大会出場者は検査のようなものがあるらしい。薬品や魔力で力を底上げするのは禁止になっているようだ。
「ようし、ここでも優勝狙うぞ」
獅子は張り切っている。でも……。
「もしかしたら検査で引っかかるかも……」
心配そうに言った儀礼の言葉通り、獅子の検査結果に審査官達がざわめく。
「何だよ、何か問題あるのか!?」
はっきりしない審査官達に獅子が詰め寄る。
「そ、その……問題というか、異常な数値が……」
審査官の一人が戸惑いながら答える。大会の禁止要項とは別の項目で引っかかったらしい。
「あの、体調不良や眠気などはありませんか?」
おどおどと聞いてくる審査官。
「? ……何もねぇよ」
不審そうにぶっきらぼうに答える獅子。
「その、睡眠薬のような成分が血液中に大量にありまして……どうして動いているのか不思議な位です」
ほんの少し怯えた様子を交えて審査官が説明する。
「何だそれ? 知らねぇよ!」
なぁ、と儀礼を振り返る。
「……」
あさっての方向を見ながら冷や汗を流している儀礼。
「あの、マドイ博士……。人体実験が禁止されているのは知っていますよね? まさかSランクのあなたが……」
怯えたように伺いを立てる審査官の言葉に儀礼は顔を青くする。
「はぁ!? お前、まさか」
獅子は儀礼を睨み付ける。
体を硬くして、とりあえず必死に首を振ってみる儀礼。
「僕じゃないよ。あれは幼い日の事故だったし……。今薬盛ったのは僕じゃないし」
何か聞き逃せない言葉を聞いた気がする。
獅子は手近な椅子を二つ手繰り寄せると、一つに座り、向かいの椅子を指差し儀礼に座るように示す。
「吐け」
獅子は終始怒った様子だ。
「まず言っとくけど、睡眠薬盛ったのは僕じゃないからね。多分……宿の娘さんだと思う」
歯切れ悪く言う儀礼だが、いきなり衝撃的な一言だ。
「料理の味がちょっと変わってたし、昨晩部屋覗きに来てたし」
言われて獅子は今朝、いつものように訓練に起きた自分に対し驚愕の表情をしていた娘を思い出す。
「僕は中和薬飲んだから平気だったけど……」
そこで獅子が口を挟む。
「何でお前だけ中和薬なんて飲んでんだよ」
「獅子には必要ないし」
爽やかな笑顔で答える儀礼。首をかしげる獅子。
「なんでだよ?」
「効かないだろ、獅子」
当然のように言う儀礼。
「そうなのか?」
にっこりとした儀礼の笑顔はなかなかのくわせものだ。
獅子は一瞬顔を歪ませた後、無造作に手を伸ばし、儀礼の眼鏡を奪った。
瞳を隠しうろたえる儀礼。
「言えっ」
大声ではないが、低く迫力のある声。儀礼は諦めたように口を開く。
「……小さい頃、麻酔薬の試験段階のを獅子は飲んだんだ。『のどかわいたー』とか言って止める間もなく……。で、ばったりと倒れて僕はかなり慌てたのに、三時間位して獅子は何事もなかった様に起き上がって、よく寝た~って。体に異常はなくて、何故か市販の睡眠薬が効かなくなったってところかな。気づいてなかったの?」
目元を押さえながら話す儀礼はどこかぎこちなく、落ち着かないようだった。
「睡眠薬なんて使ったことないしな。お前に麻酔スプレー喰らった位か」
「あ、あれは暴走止めるためだろ! 試験薬飲んだのだって事故だし……」
立ち上がって主張する儀礼。茶色の瞳は獅子を真っ直ぐに見てくる。
「わかったよ。で、結局俺は大会に出られるのか?」
話を聞きながらも議論をしていた審査官達に聞く。
「問題ありません。出場はできます。ただ、もしよろしければ、正式に検査を受けていただけませんか? 何しろ例のないことですし……」
なんだか低姿勢に迫ってくる審査官。
「え? あー、別に……」
いいけど、と答えようとした獅子を引き止め、割り込むように儀礼が話し出す。
「その試験薬もすでに特許取得済みですし、彼の血液抗体に関しても論文により提出してあります。調べたいならそちらをどうぞ。でなければ管理局特許権利違反となってこちらから訴えますが……?」
眼鏡を外したままなのに、珍しく強気な儀礼。
「わ、わかった」
審査官達は引くしかなかった。
町の入り口に大きな横断幕がかかり、出場者募集中とかかれている。
「おお、面白そうだな」
獅子は楽しそうに瞳を輝かせている。
「先、宿取ろうよ宿。こんなイベントあったら泊まれるとこあるかな?」
儀礼はゆっくりと車を走らせながら町の中へと入っていく。
「観覧ですか? ご出場ですか?」
入り口のすぐそばに、門のようなものがあって、兵士のような男達が並んでいた。
接客用の笑顔でその一人が言った。
「出場で!」
どんな大会だかもわからないのに、獅子は答えた。
「武術大会って、ルールとかどうなんですか?」
一応儀礼が聞いておく。
「武器の使用は禁止で、流派は問いません。ただし、怪我や命を落とすこともありえますので自己責任でお願いいたします」
「物騒だなっ」
にこやかに言う兵士に儀礼は頬を引きつらせる。
「冗談ですよ、回復魔法の使える者が常時待機しておりますので、命を落とした者は今までありません」
ははは、と兵士は言うが、回復しなければ死ぬような怪我をすることはあるらしい。
「じゃ、彼だけ参加で」
儀礼が獅子を示して言えば、男が一枚の紙を渡す。
「ここに名前と冒険者ランクを書いていただければ登録完了です。お泊りになる宿はお決まりですか?」
獅子が名前を書き、儀礼は宿はまだだと答える。
「はい、申し込みは完了いたしました。大会は明後日の朝からとなります。こちらが受付番号となりますので失くさないようお願いいたします。大会出場者は優遇されますので、このリストの中から宿をお選びになるといいですよ。リストの下の方はまだ余裕があると聞いています」
宿名のリストを渡され、儀礼は目を通す。
「ありがとう、助かるよ」
儀礼は答え、車を走らせた。
リストの中から探し、三件目で空きを見つけた。やはりどこも混んでいるらしい。いつも泊まる所より少しいい宿だった。
「車を町の外に出してくるよ。こんなに道が混んでたら歩いたほうが速い」
疲れた顔で儀礼が言う。町の中は露店や人ごみで賑わい、車で通るたびに迷惑がられた。
「おう」
返事をしながら獅子は料理にかじりつく。部屋に着くなり注文していた。
車を置いて町に戻ると、儀礼はついでに町中も見てみようと思う。少なくとも三日はこの町にいることになるのだ。本屋が何件あるか、管理局の居心地はどうか、ギルドの質はどうか確認しておきたい。
「ふっ、一人でギルドに入ることになるとは……」
ギルドの入り口手前で立ち止まる儀礼を、冒険者達が白い目で見ていく。残暑も厳しいと言うのに、冷たい風が吹き抜けた。
「馬鹿なことやってる場合じゃないか。仕事請けないにしてもどんなのがあるかだけは見ておきたいし」
以前の拓のようなふざけた依頼が放置されていたらと思うと恐ろしくて、常に確認しておきたくなる。
フロアキュールのように、全ての管理局とギルドが連携できたらいいな、とこういう時には思う。
調べてみたが、たいした依頼はなかった。気になったのはこの町の中で失せ物捜索の依頼が多かったこと。すりか泥棒が横行しているのかもしれない。
「気をつけないとなぁ」
危ない物を多く持ち歩いている儀礼はポケットの中身を確認する。下手に盗まれて出回りでもしたら儀礼は犯罪者だ。
宿に戻るとおかえりなさい、と宿の娘が笑顔で迎えてくれた。儀礼よりも頭一つ分背が低い。
それでも儀礼たちと同年代らしく、少し恥ずかしそうに接客する姿がつい応援したくなる。
黒に近い茶色の髪は頭上でまとめられていて、黄色っぽい茶の瞳は伺うように見上げてくる。
「あの、飲み物でもお運びしましょうか?」
少女が顔を赤くして言う。
「うん、ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」
あんまり一生懸命なので、儀礼が笑って言うと、少女はさらに顔を赤くして、厨房へと走っていった。
儀礼は少女がカタカタと震えながら飲み物を運んでくるのを二階の部屋で微笑ましく待っていることにした。
武術大会当日がやってきた。
思っていたよりも大掛かりな大会らしい。以前に獅子が優勝したことのある武術大会はこの半分の規模だった。
大会出場者は検査のようなものがあるらしい。薬品や魔力で力を底上げするのは禁止になっているようだ。
「ようし、ここでも優勝狙うぞ」
獅子は張り切っている。でも……。
「もしかしたら検査で引っかかるかも……」
心配そうに言った儀礼の言葉通り、獅子の検査結果に審査官達がざわめく。
「何だよ、何か問題あるのか!?」
はっきりしない審査官達に獅子が詰め寄る。
「そ、その……問題というか、異常な数値が……」
審査官の一人が戸惑いながら答える。大会の禁止要項とは別の項目で引っかかったらしい。
「あの、体調不良や眠気などはありませんか?」
おどおどと聞いてくる審査官。
「? ……何もねぇよ」
不審そうにぶっきらぼうに答える獅子。
「その、睡眠薬のような成分が血液中に大量にありまして……どうして動いているのか不思議な位です」
ほんの少し怯えた様子を交えて審査官が説明する。
「何だそれ? 知らねぇよ!」
なぁ、と儀礼を振り返る。
「……」
あさっての方向を見ながら冷や汗を流している儀礼。
「あの、マドイ博士……。人体実験が禁止されているのは知っていますよね? まさかSランクのあなたが……」
怯えたように伺いを立てる審査官の言葉に儀礼は顔を青くする。
「はぁ!? お前、まさか」
獅子は儀礼を睨み付ける。
体を硬くして、とりあえず必死に首を振ってみる儀礼。
「僕じゃないよ。あれは幼い日の事故だったし……。今薬盛ったのは僕じゃないし」
何か聞き逃せない言葉を聞いた気がする。
獅子は手近な椅子を二つ手繰り寄せると、一つに座り、向かいの椅子を指差し儀礼に座るように示す。
「吐け」
獅子は終始怒った様子だ。
「まず言っとくけど、睡眠薬盛ったのは僕じゃないからね。多分……宿の娘さんだと思う」
歯切れ悪く言う儀礼だが、いきなり衝撃的な一言だ。
「料理の味がちょっと変わってたし、昨晩部屋覗きに来てたし」
言われて獅子は今朝、いつものように訓練に起きた自分に対し驚愕の表情をしていた娘を思い出す。
「僕は中和薬飲んだから平気だったけど……」
そこで獅子が口を挟む。
「何でお前だけ中和薬なんて飲んでんだよ」
「獅子には必要ないし」
爽やかな笑顔で答える儀礼。首をかしげる獅子。
「なんでだよ?」
「効かないだろ、獅子」
当然のように言う儀礼。
「そうなのか?」
にっこりとした儀礼の笑顔はなかなかのくわせものだ。
獅子は一瞬顔を歪ませた後、無造作に手を伸ばし、儀礼の眼鏡を奪った。
瞳を隠しうろたえる儀礼。
「言えっ」
大声ではないが、低く迫力のある声。儀礼は諦めたように口を開く。
「……小さい頃、麻酔薬の試験段階のを獅子は飲んだんだ。『のどかわいたー』とか言って止める間もなく……。で、ばったりと倒れて僕はかなり慌てたのに、三時間位して獅子は何事もなかった様に起き上がって、よく寝た~って。体に異常はなくて、何故か市販の睡眠薬が効かなくなったってところかな。気づいてなかったの?」
目元を押さえながら話す儀礼はどこかぎこちなく、落ち着かないようだった。
「睡眠薬なんて使ったことないしな。お前に麻酔スプレー喰らった位か」
「あ、あれは暴走止めるためだろ! 試験薬飲んだのだって事故だし……」
立ち上がって主張する儀礼。茶色の瞳は獅子を真っ直ぐに見てくる。
「わかったよ。で、結局俺は大会に出られるのか?」
話を聞きながらも議論をしていた審査官達に聞く。
「問題ありません。出場はできます。ただ、もしよろしければ、正式に検査を受けていただけませんか? 何しろ例のないことですし……」
なんだか低姿勢に迫ってくる審査官。
「え? あー、別に……」
いいけど、と答えようとした獅子を引き止め、割り込むように儀礼が話し出す。
「その試験薬もすでに特許取得済みですし、彼の血液抗体に関しても論文により提出してあります。調べたいならそちらをどうぞ。でなければ管理局特許権利違反となってこちらから訴えますが……?」
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