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ギレイの旅

千夜ニイ

愛華

 儀礼がまだ小さい頃、祖父の修一郎が面白い絵を描いていた。
 箱みたいで、木でできていて、前のふたの中には花みたいな物がかいてあった。
「おじいちゃん、それなぁに?」
 儀礼が聞けば祖父は笑う。
「車だよ。馬よりも速く道を走るんだ。疲れることもないし、干草をやる必要もない」
「木の箱だよ?」
 儀礼は不思議そうに絵を指差す。
「ああ、そうだよ。物だって、大切に思いをこめれば魂が宿るんだ。愛情こめて一つ一つ、作ってやればどんな物だって」
 そういう話をする時の修一郎はまるで子供のような目をしている。
 儀礼の話だって、面白そうに聞いてくれるのだ。だから、友達みたいで大好きだった。


「馬より速く走るんだ。乗ってみたいな」
 祖父の絵を指でなぞり、儀礼は言う。
 特に、花びらみたいに無数に重なる四角いパーツがきれいだった。
「見てみたいよ。おじいちゃん」
 儀礼が言えば、祖父は笑う。
「作るか」
「うんっ」
 子供二人が瞳を輝かせて倉庫へ向かう。村や町の廃棄場から、集めてきたガラクタで、使えそうな物を選び出す。
「じいちゃん、これ。こっちも」
 宝探しのようで、わくわくする。
「見てみろ、儀礼。これはこのまま使えるぞ」


 できあがったのは、小さな車の模型。
「かっこいいね。おじいちゃん」
「ふっふっふ。見た目だけじゃないぞ。動くからな」
 ランプを車の頭上に掲げれば、その光を受けて動力源が作り出される。
 静かにモーターの回る音と、ファンの回転が増していく。
 車は走り出す。
 狭い倉庫の中を真っ直ぐ進み、壁にぶつかり方向を変えてまた走り。
 決して馬より速いなどと言えない小さな車。村の者も、町の者も皆が哂った。
『それが馬より速いという乗り物か? そのおもちゃ、どうやって乗るんだ?』
 はははは、という嘲りの声がいつも、修一郎に付き纏っていた。何十年と言う時間、真面目に聞いてくれたのは妻となった人だけだった。


 それでも小さな儀礼は瞳を輝かせてその車を見ている。
「すごいねっ! おじいちゃん。これで10倍にしたらいいんだよね」
 儀礼は言った。祖父は目を見開く。
 そう、確かにその通りなのだ。教えていないそれを小さな子供が言い当てた。簡単にできることのように。
 だが、この小さな車でさえ、10倍の力がいる。でなければ、すぐに止まって……。
 止まっていない。
 最初に与えたランプの光などとうに切れているはずの車がまだ走り続けている。
 その動力となるファンがまだ回り続けていた。ファンの中だけに風が吹き続けているように。


「儀礼、お前の力か!?」
 驚いて問えばキョトンと見返す茶色の瞳。息子と、妻と同じ、透き通るような。
「僕とお祖父ちゃんで作ったんだから、僕とお祖父ちゃんの力だよね」
 小さな儀礼は嬉しそうに笑う。
「そうだな、お前とわしでなら作れるかもしれんな」
 祖父は孫を慈しむ、優しい微笑みを浮かべていた。


 幼い頃にすごいすごい、と喜んでいた息子礼一も大きくなるにつれ「また夢みたいなことを言って」と修一郎のことを呆れるようになった。
 儀礼も、その礼一と同じ頃の歳になった。
 それでも、儀礼は修一郎を笑わない。呆れもしない。むしろ、尊敬しているかのように、祖父の研究室へと入り浸る。


「お前は夢みたいだとは言わないんだな」
 独り言のようにつぶやいた言葉に、儀礼が振り返る。
「夢みたいだよ! だって、誰も考えたことのない物が、目の前にあるんだっ!」
 嬉しそうに、瞳を輝かせて言う。
「だって、ここをこうして、こっちもこうなら。ほらっ、できるでしょう! 木製じゃ、無理だけど、この間フェードでできた合金なら軽くて強いから、型に合えばできるよ」
 笑いながら修一郎の書いた設計図を指差す。
 何十年と哂われたそれを、宝の地図のように大切にする。
「じいちゃんの考えた物にやっと世界が追いついてきたんだね」
 当たり前のことのように儀礼が言った。


「作るか?」
 祖父が聞けば、
「うんっ」
 儀礼は嬉しそうな笑顔で答えた。


「儀礼っ、またここにいたのか。夕飯だって言っているだろ!」
 父、礼一が倉庫へと入ってくる。
「父さんまで……」
 金属の部品を持つ修一郎を見て呆れたように頭を抱えている。
「だって、父さん、もうすぐ動くようになるよ」
 幼い子供のように瞳を輝かせて儀礼は言う。
「また、車か? ユートラスで作られただろう。フェードではもう出回ってるって聞いたぞ」
 礼一が、組みあがった車のボディーに手を乗せる。


「違うよ。全然違う。僕は、じいちゃんが作った方が好きだよ」
 どこがどう違うのか、礼一にはよくわからない。形自体はそっくりで、動力が違うと言うだけ。
「見てよ、父さん。きれいでしょ」
 フロントの蓋を開け、儀礼が見せる。そこには組み立て途中の銀色のパーツ。修一郎が作った車の模型では木でできていた。
「銀色の花みたいでしょう」


 そこへ修一郎が、新しいパーツを加える。
「物だって大切に使えば命が宿る。こうやって愛情をこめて作ってやれば魂だってきっと宿るさ」
 いつだって、子供のようだった修一郎が歳を重ねた者の奥深い声音でそれを語る。
 儀礼がその動力部に触れる。
「愛情こめて作った花なら愛花だね。でもこの形なら、難しい方の華って字のが似合うかな。『愛華』」
 儀礼が動力部に指でその字を書く。
 そして、大切な物のように頬を寄せれば、まだ動力源へとつないでいないそのファンが回る。
 生み出された風が儀礼の髪を揺らした。


 礼一は目を見張る。修一郎の考える物は夢物語だった。そんな物、現代の文明力では到底作り出すことなどできないはずだった。
 その修一郎は、笑っていた。夢見る子供の目ではない。穏やかな歳相応の孫を見る顔。


「あっ、やっぱり。みんなここにいたのね。ご飯よ。呼びに行ったはずの礼一まで」
 くすくすと笑いながら、儀礼の母、エリがやってきた。
「あらっ。あら」
 にっこりと嬉しそうに笑って、エリは車の方を見る。
「僕とじいちゃんで作ったんだよ。母さんも好き?」
 母の元へ駆け寄る儀礼。
「ええ、素敵ね」
 エリがそう言って車を見ながら微笑めば、車のファンがわずかに回った。精霊を見るというその深く青い瞳には何かが映っているようだった。

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