ギレイの旅

千夜ニイ

氷の谷6

「そんな男死んだ所で、解明の方法はいくらでもあったのに。保管にも手間や費用がかかるんですよ」
 凍りついたような男を眺め、呆れた口調でアーデスが言った。
「やっぱり、自殺しようとしたの気付いてたんだ。気付かないわけ、ないよな」
 儀礼は考え込むように自分の改造銃を見て、ポケットにしまう。


「儀礼様、地下の遺跡に三百体あまりの人の氷付けがありました。時代はまちまちでしたが古いものは千年ほど前の者かと」
 アーデスの告げた言葉に儀礼の瞳が真剣になる。
「遺跡の崩壊の度合いは?」
「大丈夫です。ここにいる者を元に戻すには問題ありません」
 アーデスは落ち着いた様子で言う。それは、待っている様でもあった。
「中か……」
 考え込むように口元に手を当て、儀礼は数秒押し黙った。
 覚悟を決めるのに、それだけの時間が必要だった。


 覚悟が決まれば、儀礼はすぐに行動に移る。
「『双璧』のアーデス。『翼竜の狩人』ワルツ。お前達の力を借りたい。この件、僕の名において、直ちに解決に当たれ。ただ一人も取りこぼすことは許さない」
 権利ある者の口調。力ある者の厳命。
 管理局最高のSランクという立場がなければ、この事態は収拾できない。
 二つ名を示された二人は跪く。
「信頼できる者を集めろ」
 儀礼はそう告げると、車の中から複数のパソコンや機械を取り出し、慌しく操作を始めた。


 地下に保管されていた三百の人間には今現在、身分を証明できる物がない。このままでは、その者たちに人として生きる権利はなくなる。
 すぐに、彼らの権利を手配しなければならない。
 それから、それぞれの時代の専門家を。どの時代の人物か特定し、生きる助けとする。千年も前の人間なら、生まれた国すらなくなっている。


「すぐにだ!」
 情報が漏れればその段階から取引が始まり、金がかけられ、人が雇われ盗みに入る。
 その手に落ちれば、その者はすべてを奪われ、生きることを許されなくなる。
 それを防がなくては。
「生きた資料にもさせない。ちゃんと人として歩めるよう協力者を募る」


 穴兎に頼み、情報の漏洩を絶ってもらう。それでも長くは持たないだろう。
 使う人間の選別はアーデスに任せた。襲いに来る不審者にはワルツやバクラムに当たってもらう。
 移転魔法の強奪にはヤンに防衛と、ワルツたち殲滅要員の待ち受ける場所へ移転先の変更を。
 専門家や遺跡の修復などどうしても多くの力が必要になる。そこに、誰が紛れ込むかわからない。
 内部の観察にコルロが当たる。不審な動きをする者は、即時拘束するよう言ってある。
 信用できる者しか使えない。
 守る者は多いのに、一人でも消えてはいけない。だからSランクという立場を使う。誰にも逆らうことを許さない。
(全てを見張れ、枝を伸ばせ、何一つ漏らすな)
 儀礼は自分に言い聞かせる。


 まだ夜明けには遠いと言うのに、山の端に白い光が浮かび上がる。転移魔法による招いていない客がもう着き始めたらしい。
 ワルツたち殲滅隊が動き、山の上で木が倒れた。
「自然破壊だ」
 儀礼は小さく呟く。


 ”ギレイ、人手がいるならうちの連中使いな。今、ウィンリードと移転魔法でそっちに行く”
 儀礼のパソコンに届いたメッセージ。冒険者登録した町で知り合ったイシーリァからだった。
 儀礼はすぐに承認の手続きをして、ヤンに彼女達を通させる。
「何かあったら言えって言ったろ。驚いたよ。こんな夜中に、お前の名で極秘任務が出回ってんだからな」
 笑うように赤い髪のイシーリァは言った。
「お前ら。力仕事くらいしかできねぇんだから、しっかり働けよっ」
 イシーリァが連れて来た男達に怒鳴るように言う。
「はいはい」
 ちょっと面倒くさそうに男達は答える。眠そうな顔の者もいるので、寝ていた所を起こされたのかもしれない。
「私も、お手伝いします。多くのことはできませんが、回復や移転魔法が使えます。迎えに行く者や機材を運ぶ手助けになるかと思いまして」
 緑がかった黒髪、明るい緑色の瞳。おっとりした声で話しかけてきたのはウィンリードだ。
「みなさん。ありがとうございます。力仕事は地下なんで、あちらの抜け穴から中に入ってもらえますか? 中に指示を出せるものがいます。ウィンリードさんとイシーリァさんは遺跡の崩落の度合いを調べておいて貰えますか。作業に当たって人が踏み込むと危険な場所が多すぎます」
「了解、任しときな」
 イシーリァがウィンリードの腕を引き、崩落した大穴の方へ向かう。


「儀礼様、出入り口、両方の町の自警団が到着しました」
 アーデスが言えば、
「すぐに行方不明者の確認を」
「はい。それはもう始めております。そちらではなく余計な者が一人」
 アーデスが呆れた声で言う。氷付けの人を狙った不審者ではないのだろうか。
「ギレイく~ん」
 ハートマークのつきそうな甘い声で不審者が儀礼に走り寄る。
「……確か……エーダさん」
 管理局が野次馬で埋まったときの受付の女性だ。丁寧に対応してくれたのだが、獅子にひどいことを言った人。
「手伝うわ。私にできることなら何でもするから」
 儀礼の首に巻きつきながらそんなことを言う。
「いえ、必要ありません」
 無理やりその腕を引き剥がして、儀礼は冷たく断る。


「人物のリスト作成、認証の手続きの高速化、各方面への指示徹底。事務仕事のスキルは万全よ」
 エーダが、自分の取ったライセンスを儀礼に見せる。その瞳は真剣そのもの。
 実力に申し分ない。専門分野で言えば儀礼に勝る。その資格には守秘義務がつく。
「……信用していいんですね?」
 儀礼が言えば、喜んだようにエーダが抱きつく。
「して、して。ギレイ君を裏切ったりしないから」
 周りの視線が痛い。


「では、ここを任せます。僕は他にもやることがあるので」
 離れようとした儀礼をエーダが引き止める。さっそく仕事の邪魔をするつもりかと儀礼が睨めば、
「新しいメッセージが届いています。サウルの研究員、アン・カリミから。サウルの研究所を三百人の引き受け場所として提供するとあります」
 ひどく真剣な顔で作業を始めていたエーダ。つられてパソコンのモニターを見れば、アンからの言葉が添えられている。
 ”ここはお前の研究所だ。使え、ギレイ・マドイ。”


 死の山の研究施設の責任者、アン・カリミ。儀礼がそこの最上級研究員となっているために防衛設備は完璧。死の山自体の研究はやることが減っているはずなので、手は空いている。
 最高の環境と言えよう。
 ”ありがとうございます”
 すばやく返事を返すと、そのことを皆に伝えるようエーダに頼む。
「はい。調査が終わり、即時解凍した者からサウルに送ります」
「解凍って……」
「あら、間違ってる?」
「いえ」
 くだらないことを言い争っている時間はない。
 儀礼は次の作業へ向かうことにした。


 地下の者たちに関してはある程度の目途が立った。一人、一人のその先の膨大な時間は難しい物ではあるが、少しずつ解決していけるはずだ。
「アーデス、地上の人たちを元に戻すのに中まで運ぶと時間がかかる。あの霧のように戻す効果も外へ出せないかな?」
 遺跡修復のために到着した集団を確認中のアーデス。他にもやることはあり、ひどく忙しそうだ。
「遺跡の壊れた今なら可能ですね。内部の人間を戻すには調査に時間がかかりますから先にやってしまいましょうか」
「じゃぁ、僕が行くよ。エーダさんに作業任せてきたから、次から来る集団はチェック不要で通せる」
 儀礼が言えばアーデスの意外な顔。エーダがそこまでできる人間とは思わなかったのだろう。
「それは助かります」
 集団のチェックを終えたらしいアーデスが一枚の紙を連絡係に渡す。


 そういえば、と儀礼は思い出す。アーデスが戻ってから結構な時間が経つが、まだ獅子は戻ってこない。
「アーデス、獅子知らない?」
 さっきの話の流れでは、獅子は元気でいて、あの男の精鋭部隊とやらを一人で倒したらしい。
「操作室で見た時は元気そうでしたけどね。パネルは全解除してきましたので、すぐ戻ってくるかと思ったのですが」
 アーデスが言って、儀礼がおかしな顔をした。
 苦いと言うか、ひきつったと言うような。
「獅子、パネルの存在を知らないんだ」
 額を押さえるようにして、儀礼は言った。
「……黒獅子は管理局ランクCでしたよね」
 あまりに呆れたのか、アーデスの返答が遅かった。
「うん。でもそれ、光の剣持ってるからなんだ。他の要素入ってない」
 迎えにいってやらなくちゃ。と、どっちにしろ地下に降りる気だった儀礼は連絡用に小型のパソコンを腕に取り付ける。


「まさか、パネルの存在を知らない人間がいるなんて」
 理解できないと言うようにアーデスは首を振る。
「僕の村では多いよ。遺跡とか、ネットとか魔法とか、何にもなくてもちゃんと暮らせてる」
 笑って言うと、儀礼は遺跡に開けられた抜け穴、という所から地下の遺跡へと侵入した。

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