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ギレイの旅

千夜ニイ

氷の谷5

 獅子が穴に落ちてから30分が経った。
「やっぱり、心配だよ。何かしないと」
 儀礼は立ち上がる。崖から落ちたって生きていそうな獅子だが、やっぱりあの底の見えない闇はとても不安になる。
 色つきの眼鏡をかけ、慣れた様子で手袋のキーを叩いた。


「アーデスがその辺に遺跡があるんじゃないかって言ってたぜ。任せときゃいいんだよ」
 ワルツが焚き火に薪を足しながら言う。
「何それ!? 聞いてない」
 儀礼は飛びつくようにワルツに詰め寄る。
「聞いてないって、言ってないもんな。研究施設として登録してるみたいだってアーデスは言ってたよ」
 慌てる様子もなくワルツは淡々と言う。


 確かに儀礼も遺跡、古代の力を感じた。でも、それは崩れかけているこの氷の谷の道を作り出す物だと勘違いしていた。
「じっと待ってる場合じゃないんだ。僕にはやることがある」
 穴兎から聞いた情報は何だったか。行方不明者だけではなかった。時代の合わない存在しないはずの人間。
 その研究施設が古代の遺跡なら、この凍りついたような生き物を作り出す力があるとみていいだろう。
 あの霧は、その施設から漏れた物だ。それもつい最近になって。
 もろくなっていた地盤。遺跡の崩壊が始まっている。


 古代の遺跡はそれを守る魔法障壁や、パネルなどの重要な部分に破損が生じると驚くほど簡単に崩れてしまう。
 そうなる前に迅速な修復が必要だ。
 それに、売られた人間がいると言うことは、そこに元に戻す方法もあるはずだ。
 そして、もっと多くの人間がそこで氷付けにされている可能性がある。
 遺跡の入り口を探さなくては。儀礼は辺りを見回す。月の位置で日付の変わる頃だとわかった。


 突然、ワルツが儀礼の前に出て武器を構える。
「下がってな儀礼。なんだか大人数が来るよ」
 そう言いながらもワルツに緊張した様子はない。さすがAランクの実力者、と言える。
 薄明かりの中、遠くから歩いてきた男の中に、儀礼の知った顔があった。
「ああ。やはり来てくれたんだね」
 図書館で出会った白髪混じりの男が儀礼を見て微笑む。その話し口調は穏やかで、聞き入ってしまいそうな独特の雰囲気がある。
「でも、残念だ。一体どうして霧が晴れてしまったんだろうね。君のせいかな、冒険者の娘さん」
 怒る様でもなく、やはり穏やかにワルツに向かって言う男。
 その後ろには大勢の男が集まっていた。三十人ほどいるだろうか。
 縄や布を持ち、空の荷車をひいているところを見ると、氷付けの人たちをどこかへ運ぼうとしていたのだろう。
「ここに、遺跡から霧が漏れていることを知っていたんですね」
 男を見定めるように儀礼は言う。
「なぜ君がそのことを知っているんだい? 悪いけど、それを知られて帰すわけにはいかないよ」
 初めから帰す気などなかったのだろう男が合図すれば、後ろにいた男達が二人めがけて襲い掛かってくる。


 儀礼は改造銃を構えた。
 ワルツが速いスピードで走り出す。ブンッとハンマーを振れば手近にいた数人が吹き飛ぶ。
 その衝撃で周りにある氷付けの人々がぐらぐらと揺れる。
「その人たちを壊さないでください!」
 叫ぶように儀礼が言う。言いながらも狙いを定め、三人目を眠らせた。
「難しい注文だな。こんなに密集してるんだぞ。あたしはがさつな女だって言っただろう」
 自分の肩にハンマーを乗せ、苛立つようにトントンと揺らす。
「獅子ならやってくれます」
 迫力に押されながらも、負けじと儀礼は言う。
「しょうがないなぁ」
 Bランクの冒険者にできると言われてはやらないわけにいかない。苦笑しながらワルツは答える。
 そして儀礼とワルツは、たいした時間もかけずに、全員を倒した。
 ワルツの倒した男達は、全員一山に重ねられている。
(……がさつって言うより、すごく器用じゃないか? あれ)
 儀礼の頬をおかしな汗が伝う。


「ば、ばかな……」
 図書館にいた男はうろたえるように数歩下がる。
「だが、まだ遺跡の中に精鋭が二十人以上いるのだ」
 考え直して、冷静を取り戻したのか男がにやりと笑う。
「そんな! 獅子が落ちたのに……」
 不安に儀礼は顔を青くした。


「精鋭? ふっ……俺が手を出すまでもなかったぞ」
 アーデスの笑うような声が男の後ろから聞こえてきた。
「アーデスっ! 無事だったんだね!」
 嬉しそうに言う儀礼に、アーデスは意外そうな顔で眺め返す。
 くすくすとワルツが笑った。
「こいつ、まだお前の力わかってないんだよ」
 ポン、とワルツが儀礼の背中を叩いた。
「お前たち、何者だ。ここで何をしている」
 緊張した様子でアーデスに向き直ると、男は睨むように言った。
 さっきまでの穏やかさは消えている。
「遺跡の調査に来たら、入り口に不審な男がいましてね。少しつついたらここまで案内してくれたんですよ」
 アーデスが後ろから大きな荷物を引きずり出し、男の側へ投げる。ぐったりと意識を失った小柄な男だった。
「遺跡に抜け穴を掘るなど常識はずれにも程がある。凍りついた人を運ぶための道だな。遺跡が崩壊を始めたのはそのせいだ」
 蔑む様な目でアーデスは男を睨んだ。男の顔に恐怖が浮かぶ。
「遺跡の隠匿は重罪。個人の所有、人身売買に、連れ去り。他にも罪がありそうだ。正しく裁かれてもらおうか」
 アーデスの威圧にじりじりと下がる男が、反対側にいたワルツにも挟まれていることに気付く。
「わ、わかった。おとなしく罪を認めよう」
 男はガクリとうなだれると、自分の胸に両手を当てる。そして、祈るかのように口元に手を持っていった。


 ガンッ
 儀礼が男に向けて銃を撃った。男はその場に崩れるようにして仰向けに倒れこむ。
「死なせたりなんかしない。お前は罪を償うんだ」
 言いながら儀礼は男に近付く。その手に握られた毒物と思しき薬の粒をアーデスに投げ渡す。アーデスはそれを小さな容器に入れた。後で、研究施設に回せば色々とわかることが出てくる。
「安心しろ、僕が撃ったのはただの痺れ薬だ。そして、こっちはさっきそこの木から回収した樹液」
 言いながら、儀礼は倒れた男の口に小さな瓶の中身をこぼす。
 男の体がきらきらと輝きだした。すぐに、男の体は凍りついたように動かなくなり、淡い青い光を放つ。
「見えるだろう、聞こえるだろう。熱さも、痛みも感じるぞ。でも声は出ない。汗も涙も流れはしない。」
 儀礼は知っているかのように語りだす。
「人の権利を持たない者の研究者の扱いを知っているか?」
 男に自分の顔が見えるよう、儀礼は男の頭の横にしゃがむ。
「皮をはいだら人に戻るか? 手や足を切り落としたら血は流れるのか? 内臓はどうなっている? 切り刻まれたその状態でどこまで生きられるのか。何百年と保存されても、痛みは感じ続けるんだろうか? お前が売った人はいくらで売れた?」
 儀礼は落ち着いた声で言った。だが、その内には確かな怒りが抑え込まれている。
「こんなところで死ぬなんて許さない。今度は、自分が売られる恐怖を味わえ」
 男からは何の返答も無い。それでも儀礼は満足したように立ち上がる。


「お前の店の物は今回の遺跡修復や、売られた人間の捜索費用のために回収させてもらった。犯罪と知りながら関わった店の者はすべて自警団に引き渡してもらったぞ」
 ずっとここにいた儀礼が、過去形でそれを語る。
「いつそれを?」
 疑うような顔でアーデスが問いかける。
「知り合いにそういうの得意な奴がいるんだ」
 氷付けの男を見たまま儀礼は答える。アーデスの顔を見れば目の前に浮かんだ文字とアナザーの協力に気付かれそうだ。
 冷や汗を流しながら儀礼は、アーデスの気が逸れるのを待った。

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