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ギレイの旅

千夜ニイ

Aランクの拠点

 人の研究室に乗り込んできておいて、狭い狭いと言うアーデスたち。
「……だったら帰ればいいじゃないですか。僕はやることがあるんで放っておいてください」
 儀礼は拗ねたように先日使った指輪の調整をする。もう少し小さい方が目立たなくていい。
 それと、幻覚の薬と麻酔薬の相互効果も調べなくてはならない。
 作業を始めた儀礼を興味深げに見ているアーデス。
「儀礼、もっと上等な施設の方が作業効率がいいぞ」
「わかってます。でも名前出すと、こないだみたいに騒ぎになっちゃうんですよ」
 以前、管理局から研究書類をまとめる仕事を預かった時に、勝手に上等な部屋を予約され、管理局内が野次馬で埋まるというばかな結果を見た。
 儀礼はできるだけ目立たず、静かにやりたいのだ。


「何日借りてるんです?」
 考えるようにアーデスが言った。
「二日です。明日には獅子も帰ってくるから」
 何日もこもってるとまた怒られるからな、と儀礼は苦笑する。この間は、食べるのも移動するのも面倒で最終的に床で寝てたら殴られた。
「儀礼様、私達の拠点に来ませんか?」
 アーデスの提案に儀礼は驚いたように瞬く。
「お前の研究室は危険だろうが」
 ワルツが何か言っている。
「いや、俺の研究室じゃなくて、今拠点にしてるフロアキュールの方に」
「フロアキュール!! そう言えばキュール攻略したんだよね、アーデス」
 フロアキュールはAランク遺跡キュールのすぐそばにある町。儀礼の瞳に輝きが戻る。
「キュールに行きたいんですか?」
 アーデスが聞けば儀礼は明らかに挙動不審になり、その場でくるりと回りだす。
「いや……行きたいけど、でも、だけど、フロアキュールで」
 一瞬で荷物をまとめた儀礼にアーデスたちは笑い出した。


 フロアキュール。そこはフェード国内でも優秀なAランクの冒険者が集まる場所。
 すぐ近くに、ついこの間まで攻略されていなかったAランクの遺跡、キュールがあるからだ。
 アーデスが攻略したために、他の遺跡へ鞍替えした者もいるが、まだ自分の足で最下層を踏んでみたいという者が多く残っていた。
 それに、アーデスとて、パネルのある最下層に到達しただけで、全てのトラップと隠し部屋まで解明したわけではない。どこかに宝が眠っている可能性は十分にある。


「うわぁ、大きいねここのギルドは」
 高い天井を眺めて儀礼が言う。
 多くの冒険者が集まるために、宿泊、研究、訓練、店舗、なんでもありの巨大な施設となっていた。
 ギルドと管理局の手続きがここ一箇所でできるのだ。
 多くの冒険者や研究者が長期契約で自分の研究室を借りていた。宿泊部屋も一年以上まとめて借りる者がほとんどだと言う。
「アーデス、あれなに?」
「アーデス、アーデス、あっちのは……!」
 アーデスの袖を引っ張り回す儀礼。幼い子供のような反応にワルツたちは堪えきれず笑い出す。
 そうなることがわかっていたのか、アーデスは丁寧に説明していく。まるで兄弟のようだ。
 などと微笑ましく見ていたら、突然念仏のような難しい言葉を唱えだし、論争を始めるアーデスと儀礼。
「アーデスと互角に言い合う奴初めて見た……」
 コルロが呆然としている。


「儀礼、お前自分の研究しに来たんじゃなかったのか?」
 いつの間にかアーデスの助手になっている儀礼を見てワルツが笑う。
「あ。そうだったね。あんまり面白いから忘れてた」
 儀礼は名残惜しそうにアーデスの持つ古代遺産から手を放す。
「では、私の借りている研究室へご案内しましょう」
 アーデスが先導して歩き出す。
 幻覚薬と麻酔薬の相互効果の解析だけでもしておかないと儀礼のこれからが問題になる。
 今までに麻酔と幻覚であんな効果が出たことはない。調合の度合いを調べなくては。
 逆に、それがわかれば長時間の幻覚状態を作り出すことができることになる。


 研究室に向かう途中に、大勢の研究者や冒険者とすれ違った。
『双璧』のアーデスはさすがに有名らしく、そのパーティと一緒にいる儀礼はとても目立っていたようだ。
 ほとんどの者はチラッと見るだけで無視して言ってしまう。
 おべっかを使うようにアーデスに頭を低くして挨拶していく者が数人。
 明らかな敵意で睨みつけたり、わざとぶつかってきたりする者。
「Sランクになれなかったが、キュール攻略おめでとうよっ」
 嫌味っぽい表現でアーデスに絡んでいく者。
 好意的なものが少ないことに儀礼は気付いた。
「今度はそのお譲ちゃんが攻略対象か?」
 ゲラゲラとよくわからない笑いで去っていく集団。
 儀礼は危うく改造銃を取り出しそうになったのをアーデスとワルツに笑いながら止められた。
「冒険者ランクDの人がAランクの人にケンカ売らないでくださいよっ」
「ほんと、護衛としてはドキドキが止まらねぇっ」
 そんなことを言っているが、二人とも声を抑えて笑っている。止まらないのは笑いの方だ。
 子供のお守りのように扱われて儀礼はため息を吐く。


 研究室に入って儀礼はまた目を見張る。部屋と言いながら、立派な研究施設だ。
「何をするんです、邪魔でなければ手伝いますよ」
 アーデスが袖をまくる。
 ワルツたちはここに来るのは慣れているのか、自分達の席らしいソファーや椅子に座ってくつろいでいる。
「こっちの薬とこっちの薬を少しずつ調合しながら成分と効果を確かめたいんだ」
「また怪しげな薬をどこから出したんですか」
 手品師のように、手のひらより大きな瓶を二つ、いつの間にか持っている。
 銃を取り出すときにはアーデスたちも気付いたというのに。
「怪しくはないよ。幻覚剤と麻酔薬」
「そういうのを普通怪しいって言うんじゃねぇ?」
 コルロがおかしそうに笑って言う。
「でも、後に引くようなものじゃないんですよ。ただ、こないだちょっと変だったから確認したくて」
「変と言うとどんな風にですか? 場合によってはある程度めどがつきます」
 アーデスが薬を機械にセットしながらたずねる。
「えっと、先に幻覚剤をコロン状にして自分にかけてたんです。で、幻覚にかかった相手に麻酔針刺して、二時間ほど経ったら、麻酔は切れたんですけど幻覚が切れてませんでした。本来なら20分以内に幻覚は切れるんですけど」
 思い出しながら、儀礼は自分でも気付かず腕をなでていた。
 そこにはまだ、その幻覚で惑わされた領主の息子の手形が残っている。
「夢の中で幻覚の続きを見ていた感じでした」
 儀礼が言い終わる前にヤンが儀礼の腕を掴む。
「あのっ、ギレイさん。わ、私、怪我治せます」
 ヤンの言葉にワルツが近付いてきて、儀礼の袖をまくれば、白衣の下の派手なあざが現れる。
「もう治りかけですよ。痛みもないし」
「で、でも、さっきアーデス様達が掴んだ時、痛そうにしましたっ、よね」
 ヤンが心配そうに儀礼を見る。
「えっと、じゃぁ、大変でないならお願いします」
 儀礼は心配してくれるヤンに微笑みかけた。


 ヤンが杖を構えて何かを唱えると、杖からオレンジ色の温かい光が儀礼の腕に降り注いだ。
「わ、あったかーい」
 儀礼は気持ち良さそうに目を細めた。一瞬でそのあざが消える。
「すごい。簡単なの?」
「そいつは瀕死の奴も軽く治すぞ」
 儀礼が聞けばコルロが言う。
「すごいんですね、ヤンさん!」
 儀礼が言えば、ヤンは聞いてないかのようにもう片方の袖をまくる。そこにも人の手の形のあざが。
「お前、どうやったらそうなる」
 ワルツが呆れた様に言う。
「これはいじめっ子が……いえ、痛くはないんですよ。目立つからやなんだよね」
 あざを見つめ困ったように言う。
「いじめられっこか、お前」
 くくくっとコルロが笑う。
 ヤンの杖が再び光り、一瞬であざが消える。
 嬉しそうに笑う儀礼の、今度は服の裾を捲り上げようとするヤン。
「ちょっ、ヤンさん?」
 儀礼は慌てて服を押さえ、後ろに飛び退る。心配そうにヤンが儀礼を見つめる。
「大丈夫だからっ。全然問題ないレベル」
 焦ったように儀礼は笑う。Aランクの冒険者に心配されるような怪我はない。獅子との稽古で避けそこなったとか、あるのはそういう情けない軽傷だ。


「おう、お前ら。やっぱりこっちにいたか」
 その時、アーデス達がいると気付いて来たらしい、大柄な男が研究室に入ってきた。
「ああ、バクラム。Aランクの護衛が五人もついていた場合、どの程度の怪我なら容認できると思う?」
 入ってきたばかりのバクラムにアーデスの闇の笑顔。
「うん? 場合にもよるけどなぁ。要人警護の場合は怪我させた時点で減俸じゃないのか? 命に関わる時なら別だろうが」
 何の話かわからず首をかしげながらバクラムが答える。
「い、命に関わりました! 国家機密覗いたから」
「子供がいたずらした。みたいにそんな重大なこと言わないでください、儀礼様」
 この間も、怪しい集団が動いているのに気付いたアーデス達だったが、儀礼と関係ないと放っておけば、勝手に自分から戦闘を開始しているし。
 国家機密を覗いたなどと言うし。離れて護衛しろと言いながら、本当に恐ろしいことをする護衛対象だ。

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