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ギレイの旅

千夜ニイ

『若き魔女』

 儀礼は管理局からアーデスにメッセージを送る。
「ヤンさんが獅子に見つかったよ。護衛とは思われてないけど」
 Cランクの遺跡の依頼の時のことをアーデスに報告する。
 ヤンはどこか抜けてはいたが、悪い人ではなかった。命の危険にさらしたくはない。
 ”今、お前一人か? 黒獅子はどうした”
 すぐにアーデスから返信が来る。
 ”Bランクの仕事に行きました。僕はまとめたいデータがあるので研究室にこもりです。なので護衛の必要はありません”
 先手を打っておかなければ護衛を理由にかけつけてきそうだ。とくに、ワルツあたりが。


 しかしそれも虚しく、すぐに儀礼のいる研究室内に移転魔法の陣が現れた。
 来たのはアーデス、コルロ、ワルツの三人。
「何しに来たんですか?」
 疑うように儀礼は聞く。
「狭いな」
 アーデスが無視するように言った。テーブルとその周りのソファーは四人掛けになってはいるが、一人から二人用の短期貸し出し用研究室だ。
「当たり前です。僕一人で使う分にはこの広さで十分ですから。まさか人が来るとは思ってもみませんでした」
「もっと設備のいい部屋を借りればいいだろう。Aランク以上なら当たり前に使ってる」
「目立つの嫌なんです」


 そう言う間に、もう一度白い陣が現れ、今度はヤンが一人で出現する。
「ヤンさんも来たんですか?」
 不思議そうにしながらも、儀礼は狭くなった室内に頭を抱える。
「あ、えっと、こんにちは。ギレイ様、じゃなくてギレイさん。私も一緒に来ようとしたんですが、なんでか私、移転の途中で落ちてしまって」
 悲しそうにヤンが言う。
「落ちる物なんですか?」
 魔法自体がよくわからない儀礼は首を傾げて尋ねる。
「いや、普通はまず落ちないな」
 笑いを浮かべながらコルロが答えた。アーデスのパーティーのもう一人の魔法使いだ。


 移転魔法は移動先を指定して魔力で道を作り移動する技だ。行きたい場所のボタンを押して移動するエレベーターに似ている。
 転移陣を使う移動は、魔力の流れている道を通って移動するので、エスカレーターが似ているか。
 違う場所に間違って着くことはないが、決まったルートを通るので、妨害に合いやすい。
 ヤンは補助系の魔法使いで、その精度は他者を圧倒するほどなのだと、皆は言う。
 抜けているところが無ければ。と付け足されるが。


 例えば、ヤンの移転魔法は正確で、どれほど離れていても、国をまたぎ、遺跡の内部にまで簡単に移動できる。
 なのに、なぜかそのエレベーター移動中に、ヤンの足元だけ床が抜け、もといた場所に落ちる。
 ヤン一人で使えば、間違いなく到達するのに、他人が入ると必ずヤンは落ちる。
 ヤンの魔法は、そういう魔法なのだと周りは認識していた。


 ヤンとアーデスが最初に出会ったときも、妙だった。と、アーデスは語る。
 Aランクの遺跡の中を探索中のアーデスの前に、ヤンが一人で現れた。
 初めは人かどうかをまず疑った。
 泣き出しそうに瞳を潤ませ、木製の杖を握り締める少女。
 Aランクの遺跡とは、泣き出すような少女の来られる場所ではない。
 アーデスは少女一人を危険な遺跡に置いていくわけにもいかず、ヤンの仲間を探した。
 その仲間は途中で魔法系のトラップにかかり足止めされていた。
 ヤン一人が正しい道を進み、アーデスに出会ったのだ。


「アーデス様、本当にありがとうございました」
 無事遺跡からギルドに戻り、ヤンが丁寧に頭を下げた。
 アーデスは兜を脱ぐ。
 ヤンは深々と頭を下げ、なかなか顔を上げない。
「気にするな。俺も通りかかっただけで、お前らのためにルートを変えたわけでもない」
 アーデスが言い、ヤンが頭をあげる。
「……あの、アーデス様はどこにいったのでしょうか? 今まで目の前にいたんですけど。兜を付けた背の高い方知りませんか?」
 目の前にいるアーデスに向かって、少女が泣き出しそうな顔で言った。
 鎧兜姿をアーデスと認識していたらしい。一度認識すると、応用が利かないタイプなのだろう。


 そんなヤンに、いつしか『若き魔女』という二つ名が付いていた。
 魔女、と呼ばれるにふさわしい技術を持っていながら、あまりに惜しい抜けた部分。
「魔女なら魔女らしくしなきゃいけないな」
 ワルツが冗談半分にプレゼントしたという、とんがり帽子を、ヤンは今も真面目に被っている。


 儀礼が服を着ていなかったときに、ヤンは過剰な反応を示した。
 世の中には、肌を見せてはいけないと言われて育つ者もいる。
「アーデスさん。ヤンさんって、もしかして、位の高い方ですか?」
 そんな護衛を送り込むなんて、どういうつもりか、聞きたかった儀礼。
 あれでも優秀なのだとアーデスは言った。
「さあな。俺もあいつの素性は知らないんだ」
 ちらりとソファーに座るヤンを見てアーデスは答える。『双璧』のアーデスにも素性の調べられない者。
「そうとうやばい人じゃないですか……」
 儀礼は顔を青くしていた。


 そういえばと、この間見た、物質を魔法で操り攻撃するミサイルのような物の事をコルロに聞いてみた。
「確かに一個操るなら殆どの魔法使いにできるし、大した脅威でもないな」
 意識を乗せて操るので体の方ががら空きになるらしい。それに、空間認識が甘いと簡単に周りの物にぶつかったり落ちたりしてしまうと言う。
「俺は攻撃系の魔法のが得意だからそういう面倒なのは好きじゃないんだよな。でもいるぜ、その魔法、複数で使える鬼みたいな天才魔法使い」
 コルロが笑いながら言った。
「誰です?!」
 儀礼が身を乗り出すように聞く。
 その者ならば、儀礼の作った兵器と対等に渡り合えてしまうだろう。戦うとしたらやっかいだ。
「そこ」
 コルロはすぐ近くを指差す。
 黒い髪に、とんがり帽子、丸い眼鏡に木製の杖。絵に書いたような魔女の姿。
「え……?」
 あまりに意外な答えに驚く。
「ヤン、お前できるよな。複数の物操って飛ばす奴」
「は、はいっ。できますが、何の役にも立たないといつも言われますっ」
 言いながらテーブルの上にあったりんごを6つほど浮かせ部屋中を飛び回らせる。


 それをじっと観察する儀礼。
「いくつくらいまで使える?」
 自在に飛び回るそれを見て儀礼がたずねる。手で触れようとすればするっと向きを変えてよけていく。
「えっと、確実に操るのでしたら二十個くらいです。ただ持ち上げて同じ方向に移動して、落とすだけとかなら数百個位はできますが」
 意識が空くと言われた本体でヤンはしゃべっている。
「範囲はどのくらい?」
 考えるように儀礼は口元に手を当てている。
「範囲と言われましても、……移転魔法を使って移動させてしまえばえっと、どこまででも可能です。地の果てでも遺跡内部でも」
「内部……ねぇ、ヤンさん。本気で僕と組まないかな」
 儀礼が真剣な表情でヤンの手を握る。
「え、えとっ」
 間近にある儀礼の真剣な瞳にヤンが顔を赤らめている。


「おいっ、儀礼。お前がそれと組んだらさすがに俺はSランク(世界を滅ぼす危険のある者)の護衛として監視を発動するぞ」
 少し呆れたような笑うような声でアーデスが言った。
「やだな、冗談ですよアーデスさん」
 儀礼の顔は笑ってはいたが、声はほんの少し焦っているようだった。

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