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ギレイの旅

千夜ニイ

拓、爆笑する

 利香と拓の部屋にはすでに拓が戻っていた。
 ここは位の高い客用の部屋で、かなりの広さがある。
 獅子も招かれて来たので、さっきいた別棟の大きな部屋を割り当てられていたのだ。儀礼はその隅を借りている。
 全員身内のようなものだからこの拓達の大きな部屋で一緒でいいと言ったのだが、お客様にそんな扱いをしたら我々が恥をかく、と領主に断られてしまった。
 儀礼など、管理局の仮眠室でも十分なのだが。


 拓は部屋の中で大量の書類を重ね、何かを書いていた。
「兄様、何してるんです?」
 利香が聞けば、昼間の戦闘の後処理だと言う。当たり前のように、儀礼の前に書類の半分が差し出された。
「やれ、だよね。うん。わかった」
 ポケットから自分のペンを取り出し、書類作業に加わる。難しい物でもないので数分で全てを終わらせた。
「で、なんでそれはそんなへこんでんだ?」
 それ、と拓が机に突っ伏して動かない儀礼を指差す。
 儀礼は利香に言われた言葉の衝撃からまだ回復できていなかった。
「ほっといてくれ。どうせ僕は危ない橋でも笑いながら渡るんだ」
 意味のわからないことを言い、机に突っ伏したままそっぽを向く。
 いや、確かに拓の中の儀礼のイメージならやりそうなことだ。あはは、と笑いながらぼろいつり橋を渡りそのまま落ちて川へ流れてしまえばいい。


「それがね、兄様……」
 利香と獅子が書庫でのことを説明し始める。
 それを聞いているうちに、拓は顔をにやけさせ、ついには爆笑し始めた。
「ぶはははっ、襲われた! 男にっ、……女と間違われて。あはははははっ!!」
 儀礼を指差し、馬鹿にした様子で、声の続く限りに爆笑を続ける。シンとした夜の屋敷に拓の非常識な笑いが響く。
 実際には幻覚を使っていたという大きな誤解があるのだ。
 さすがに頭にきた儀礼は拓に殴りかかる。
「煩い! 周りに迷惑だ! その馬鹿笑いをやめろ!」
 ヒュッ と儀礼の拳を軽くかわす拓。
 獅子ほどでないにしても、獅子倉の道場で鍛えた拓は儀礼などよりずっと強いのだ。
 二発、三発と蹴りも織り交ぜ続けざまに襲う儀礼。
 ことごとくかわす拓は、ニヤニヤと笑う余裕も見せている。
「相変わらず弱っちいなぁ」
「っこの」
 儀礼が指輪を向けたのに気付いた拓は、攻撃をよけるとその手首を掴み捻りあげる。
「いっっ、放せ……」
 悔しそうに言う儀礼。
「八戦、八勝♪ また俺の勝ちだな」
 楽しそうに言う拓。
 儀礼が腕の力を抜けばようやく開放される。
「拓ちゃんのいじめっこ!」
 それだけ叫ぶと儀礼は自分の部屋へと帰っていった。
 廊下には思い出したかのような拓の馬鹿笑いが響いてきた。


 翌朝。領主の屋敷の中庭で、約束どおり獅子の「けいこ」とやらを開始される儀礼。
 辺りはまだ日が昇りきらず穏やかな光で包まれている。
「了様、頑張ってください」
 利香の声援。この場合、頑張るのは儀礼のはずだが。
 シュッ シュッ バッ
 右、左、足。次々と、連撃を繰り出され、後ろに下がりながら避けていく儀礼。
「攻撃してもいいんだぞー」
 やる気なさそうな、拓の声。攻撃する余裕がないことをわかっているはずだ。
 シュッ バッ
「おいおい、どこにむかってんだよ」
 拓の笑い声がする。
 ダンッ
 避ける幅が無くなり、一撃くらった。
「くっ……はぁはぁっ」
 すでに儀礼の息は上がっている。ついで上段、下段とけりが来るのをかわした。
 獅子は儀礼の様子を見ながら遊んでいるように余裕のある動き。
「くぅぁ、もう無理だって……」
 はぁ、はぁ、と荒い息をつき儀礼は草むらに倒れる。
「はぁ? ばか言うなよ。まだ準備運動だぞ」
 汗一つ流さず、涼しい顔をしている獅子。
「そうだぞ、儀礼。五分しか経ってねぇ」
 時計を見て、ゲラゲラと笑っている拓。
 からかうだけならどこかへ言ってくれればいいのに、と儀礼は思う。
「つっても、獅子。僕は初心者だよ? 格闘やめて何年経ってると思ってんだよ」
 しゃべるのも辛そうに儀礼は仰向けになる。
 初日だから軽くいこうと言ったにも関わらず、獅子は一般レベルを大幅に上回るスピードで攻め込んでくる。
 よく避けた、と儀礼は自分をほめてやりたい。全速力で動き続けるなんて長い時間できることではない。
 たった五分で儀礼はへたり込みこのざまだ。


「何言ってんだよ、拓や親父とやる時にはこんなもんじゃないぞ?」
 心底呆れた様に獅子は言う。
「比べるなっ!」
 儀礼は叫んでいた。
 急激に肺から空気を出したため、今度は咳き込む。
 ごほごほと身を丸める儀礼を哀れそうに眺める獅子。
「貧弱な……」
「あははは……っ」
 腹を抱えて笑う拓の声が聞こえる。
「了様、すてきでしたっ」
 苦しさと、理解者のない寂しさに涙する儀礼だった。


 朝食の後、四人は領主に礼を言い屋敷を後にした。
 拓と利香は用意された馬車に乗り込む。
「次に会う時はましになってるといいなぁ」
 くっくっ、と拓が何を思い出したのか笑い出す。本当に失礼な奴だ。
「ていうか、利香ちゃんを村から抜け出させないで欲しいんですけどね。毎度毎度事件は起こるし。拓ちゃんだって面倒でしょ。こそこそ着いてくるの」
「人聞きの悪い言い方をするな。それから、その呼び方いい加減やめろ」
 じりじりと焼ける怒気に儀礼は半歩下がる。
「ちゃんと帰るって言ってんだから、もう来るなよ?」
 無駄とは思うが、一応言っておく。特にわざと逃がしてるっぽい兄に、睨みつけるように。
「了と利香が結婚したら来ないと思うけどな」
 悪びれた様子もなく言ってのける拓。
「光の剣があるからな……」
 あさっての方を見ながら獅子が言う。
「延期する理由ができてよかったね」
 ため息混じりに儀礼は言った。
 馬車がゆっくりと走り出す。
「気を付けてね」
 と、真剣な表情の儀礼。
 昨夜届いたアナザーからの注意を思い出す。何か事件があるらしい。ここから程近い場所で。今、アナザーが調べているはずだ。
 心配いらないか、と頭から払い出す。シエンに帰る方向とは違ったはずだ。そちらに近付かなければ問題ない。


「また来ます!」
 と、窓から手を振る利香。獅子が笑って手を振り返す。
(くるなって)
 心の中で笑う儀礼。
 ハプニング続きで、当初の予定とだいぶ違う旅をしている。観光のような、研究のためのような旅だったはずだ。ただ、世界を見てみたいっていう気持ち。
 ふぅ、と息を吐いた後、この旅で孤独を感じたことがないのに気付いた。
(まいったね……旅を楽しくする方法、仲間を作ること。なんてね)
 利香と拓を含めて旅の仲間だと感じていることに気付く。
「行こうか」
 儀礼は獅子を促す。
「ああ」
 次の旅へ……。二人は車に乗り込んだ。


 車を走らせ、昨日戦闘した辺りを通った。大変な戦いだったなぁ、と苦笑まじりに。
 そして、今頃になってはたと気付く。
 領主は個人的なことであの軍団に攻め込まれそうだったと言うが、もしあの本が原因だったなら。
 十分に考えられる。
 代々あの家であの本を守ってきていたのだとしたら。
 あの息子が領主を継ぐのはすごく心配だ。
 いっそ精神崩壊させて養子でもとらせたほうがよかったのでは、なんて気さえしてきてしまった儀礼だった。

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