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ギレイの旅

千夜ニイ

祝宴

 獅子が手柄を上げたためにその町の領主に招かれ、祝宴が開かれていた。
「さすがは、噂の『黒獅子』だ。それが伝説の光の剣ですね」
「あなたには感謝してもしきれない。この町を救ったのはあなただ」
 ここの領主は個人的なことだったが、他国の者と揉めていて危うく町に攻め込まれるところだったと言う。
 はっきり言ってただごとではない。
 それを未然に防いだことにより、多くの者が驚きと感嘆を示していた。


 大勢の人が集う夜会で、とり囲まれる獅子。
 拓は知り合いが多くいるようで、忙しく挨拶に回っている。いや、次々に人が挨拶に来ている。
 そんな中、利香は領主の息子に絡まれていた。三十も近いその男にはあまりいい噂がない。
「このように美しい人を見たことがない。溢れるような気品、愛らしい瞳。地方とは言え、貴女も領主の娘。ならば私の花嫁に相応しい」
 領主の息子はしきりに利香を口説く。今、世間に名高いシエンの地位を手に入れようとしているのかもしれない。
 それが招かれた主賓の許婚だとは知らないようだ。


 二階に避難するようにして一階の会場を眺めていた儀礼は、離れた場所からでも獅子の機嫌が悪くなっていくのがわかった。
 今にも領主の息子に殴りかかりに行きそうな雰囲気だ。
 怒りの混じった殺気に肌を焦がしながら、なんとか獅子の視界に入る儀礼。
 視線で宥めてみる。
(だめだよ、一応招かれてるんだから)
 獅子は眉間にしわを寄せて不満そうながらも堪えているようだ。
(わかってる……だが、許せん)
 儀礼何とかしろっ! と獅子の視線が言ってくる。
(僕?)
 苦い笑いを浮かべながら儀礼は利香の方を見る。利香も相手の立場的に皆の前で恥をかかせるわけにもいかず、困っているようだ。
(どうしろって?)
 再び獅子の方を見ると元の場所にはいなくて囲んでいた客がきょろきょろと見回している。


「お前ならできるだろ!」
 いつの間にか獅子は、すぐ隣りにまで来ていた。
「色仕掛けでも、幻覚でも、ペテンでも、何でもいいからあの馬鹿を引き離せ!」
 小声だが怒気がある。
「待って。ちょっと待って。今、二つは明らかにおかしいよね」
 じりじりと肌がこげる感覚に顔をしかめながらも儀礼は返す。
「さっき聞いたんだが、なんかここにはいい本部屋があるそうじゃねぇか。うまくすれば行けるんじゃねぇか?」
 悪意に満ちた笑顔で獅子が言う。
(……なるほど)
 いい本部屋なんて物じゃない。この国の貴重図書が保管されているのだ。


 領主に取り入らなければいけないと思っていたが、息子だってこの家の住人だ。
「わかった。でもフォローは頼むよ」
 儀礼はこの屋敷に入るために、ほとんどの武器と機器を取り上げられていた。
 服は一式、領主に借りた正装だ。サイズを合わされたために物を仕込む余裕も無い。
 何かあった時、自力で対処しきれないかもしれない。それもまた、情けない話だが……。


「しばらく息止めてて」
 小声でそう言うと、儀礼はポケットから小さなスプレーを取り出す。携帯用のコロンに見えるそれ位なら持っていても怪しまれなかった。
 シュッ、シュッと自分に吹き付けると利香と領主の息子の方へと歩き始める。
 すると、周囲の人間が皆一様に儀礼を振り返る。
 息を飲むように一瞬、会場が静まり返った。
「失礼、こちらの領主のご子息様ですね。私、マドイと申します」
 領主の息子に声をかけ、振り向いた所で軽く会釈する。
「神話にあるアフロディーテやウェヌスのような華やかで美しい女神こそ、あなたにはふさわしいのではありませんか? そちらのお嬢様はお美しいけれども、あなたには幼すぎる」
 儀礼が微笑むように言えば、男は一瞬目を見開き、それからその瞳を見つめる。


(かかったっ)
 儀礼は心の中だけでほくそ笑む。
 なんて美しい、と男の瞳が揺れる。女神を彷彿とさせる微笑、輝くような金色の髪。
 男の目の前には本の中から抜け出てきたかのような女神そのものが立っていた。
 その瞬間に、男は利香のことを忘れていた。
「こちらのお屋敷には国宝と言われる著書があると聞きました。知識の高い方って素敵ですよね。いつもそういう物をお読みになるんですか?」
「あ、まあたまにはですけどね。幼い頃から見ていたので、毎日では飽きてしまいます」
 男は言うが、真面目に読んだことはなかった。その本は父親の趣味で集められ、息子の彼にはあまり魅力的とは思えない。
「そうなんですか。飽きるほど、羨ましいです。私も本が大好きで、珍しい物を読むためなら多少の無理はしてもいいと思ってしまいます」
 照れたように頬を赤らめる女神。
 このような美女が見たいと言うのであれば、喜んで見せてやろうと男は思う。


「見てみますか? 貴女のような人になら父も喜んで許すでしょう。さぁ、今なら誰も邪魔はしません」
 言いながら男は女神の手を取った。会場内には楽師達の奏でる音が流れ人々は踊りだす。
 その書庫周辺は人気が無い。男はできるだけ優しげな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
 少年のしてやったりという楽しそうな笑みが、男の脳内で女神の微笑みに書き換えられる。
 去り際、儀礼は一瞬振り向き、目の前で繰り広げられた寸劇に首をかしげている利香を見る。
 目が合えば、にっと笑って見せる。
 利香は安心したように笑い返した。


 二人がその場を離れると、すかさず利香の腕を取り引き寄せる獅子。
「そばにいろ」
 それだけ言って正面を向く。
「はい!」
 嬉しそうな笑顔で返事をする利香。そっと、獅子の腕に自分の腕を絡める。
 獅子は嫌がる様子もなく、されたままにしていた。
 お互い、顔を背けていたためにわからなかったが、二人とも顔を赤くしているのを周りの大人たちは微笑ましく見守っていた。

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