ギレイの旅

千夜ニイ

Cランクの仕事5

 三人は天井の抜け穴を目指し、先を争って階段を上がる。
 だが、最初にCランクの男が黒い魔物に追いつかれ、一撃で倒れる。
 次に、ケイリーが引き落とされ、階段を転がり落ちる。
 リーダーの男は、一人階段を昇りきり安堵したところで、目の前に黒い魔物が立っているのを見た。
「うわがあーーーーっ」
 男は叫びを上げて魔物に切りかかる。
 だが、魔物は軽々と宙に浮くようにかわすと男の腹をその黒い手で貫いた。
「あ、ああ……」
 男は腹を抱えて倒れかける。
 階段を落ちたケイリーが立ち上がり、もう一度階段を登る。
 そのケイリーにすがりつくように、男はしがみつく。
 二人は必死の形相でその階段の先の天井の隙間をくぐり抜けた。


 とたんに、まぶしい光が二人の目を襲う。
 おかしい、辺りは夜だったはずなのに。夜明けとは思えない眩しい輝き。
 その光の中に、一人の少年が立っていた。
 金色の髪をして、にっこりと笑っている。自愛に満ちたその姿は光の中に溶けているよう。
「ああ、よかった。お二人ともこちらに来られたんですね」
 そう言う少年の声に聞き覚えがあった。
 この遺跡に来る途中で足手まといになり置いてきたはずの少年だった。
「暗い闇の世界ではなく、僕と同じ光の中へ」
 少年は眩しく輝く光を指し示す。
「ま、まさか。まさか……」
「なんで? 私達助かったんじゃ……っ!」
 叫ぶように言うリーダーとケイリー。
「僕がどうしてここにいるのか聞きますか? ケイリーさんの矢筒の矢に当たり、毒に犯され動けなくなった僕に冷たい雨が降り注ぎました……」
 悲しそうに少年は語る。
「でも、もう恨んでなんていません。僕はこんなに明るい世界にいるのですから」
 少年はにっこりと、再び自愛に満ちた微笑を浮かべる。
「そんな、俺達は死んだのか……」
 リーダーの男が静かに涙を流す。
「いや、いやーーーぁ」
 ケイリーが泣き叫ぶ。


「どうしたんです?」
 儀礼は不思議そうに、泣き崩れる二人に問う。
 体中、あざや擦り傷だらけの二人。
 地面の隙間から先を争うように儀礼たちの居る洞窟へ、這い出してきたのだ。
 儀礼が、ヤンに毒を消してもらってから一時間ほどしか経っていない。
 今頃彼らは、Cランクの遺跡の中で破損箇所を探しているはずだった。
「どうしてこんな所にいんだ? お前ら俺たちを置いて行っただろ」
 黒いマントを背に隠し、意地悪い笑みを浮かべて獅子が言う。
「許してくれ、殺すつもりなんてなかったんだ」
「死ぬほどの毒じゃなかったの。ちょっと動けなくするだけのはずだったの」


 ぶっ、くくくく。
 儀礼の背中に隠れて、獅子が笑っている。聞こえないか心配だ。
「やだなぁ、勝手に殺さないでくださいよ。ほら、この通り生きてますよ」
 怒ったような顔で儀礼が言う。
「「?」」
 ぽかんと口を開け、呆然とするリーダーとケイリー。
「一体、何があったんです?」
 儀礼が聞けば、遺跡の作業を終えた彼らは、魔獣の群れと黒い魔物に襲われて天井の穴から逃げてきたと言う。
「? よくわからないんですけど。ケイリーさんたちと別れたのは昨日の夜ですよ? いつの間に遺跡の作業を終えたんですか?」
「は? 何を言っている。お前達と別れて一日経っているだろう」
「いいえ」
 儀礼ははっきりと首を横に振る。
「だったら見てみろ、この通りちゃんとマップに破損箇所の記入を――」
 言いかけて、リーダーは自分のマップを見て驚愕する。
 まったく意味不明に落書きされたマップ。
「な、なんだこれは……」
 呆然と振り返り、這い出てきた穴を覗く。
 荒れ果てた遺跡内。すぐそばにCランクのパーティメンバーが倒れている。
 怪我をしている様子はない。まるで眠っているだけのようだ。
 男は自分の体を確認する。黒い魔物に貫かれたはずの腹は、痛みこそあるが、傷の一つもない。
「そんな、嘘よ」
 ケイリーも同じように遺跡を覗き込み呆然としている。
 昨日、一日の苦労が全て幻覚だったと気付かされる。
「大丈夫ですか?」
 心配そうに儀礼が聞く。
「……ああ」
 自分の体を確かめて、男は頷く。
 ケイリーも意識がはっきりとしてきたようで、こくこくと頷いた。


「よかった。僕たちは邪魔にしかならないんで帰ろうと思ってたところです。昨日、たまたまこの洞窟を見つけて雨宿りしたんですけど、毒に犯されて寝ている間に、持っていた薬品もほとんどこぼれてしまったようで、何の役にも立てません」
 空のビンをいくつか見せ、すまなそうに儀礼は続けた。
「液体が下に流れてしまったんですね。まさか下に遺跡があるなんて思いもしませんでした」
 男の目を見て、儀礼は笑った。
「恐ろしい偶然ですね」
 ようやく、この事件が儀礼の持つ空瓶のせいだと気付いた男とケイリー。
「偶然の事故だと言うのか」
 睨みつける男に、
「ああ、矢筒に毒矢を逆さに入れるのと同じ位、珍しい事故だよ」
 固まった儀礼の代わりに、怒りを纏った獅子が答えた。
 気まずそうに男が舌打ちする。
「今回は、僕達何の仕事もしてないんで報酬はいいですよ。遺跡の修理代にでも当ててください」
 そう言って儀礼が笑うと、獅子と儀礼を白い光が包み、その場から姿を消した。


 ヤンの移転魔法でギルドへ帰って来た儀礼たち。ヤンはいつの間にか姿を消していたが。
 まさか途中で落ちたとは儀礼も思うまい。
「どうした? 難しい仕事じゃないのにキャンセルなんて」
 受付のお姉さんが言う。
「やっぱり足手まといだって、断られてしまいました」
 依頼書を受付へ返し、預けていた荷物を受け取る。
「そうか、ひどいやつらもいたもんだな」
 受付のお姉さんは依頼書に×印を書き機械にかける。
「ま、気にしなさんな。そんな奴らばっかじゃないからな」
 励まされて、ありがとうと儀礼は笑う。まさか仕返ししてきたとは言えない。


「次の町に行っちゃおうか」
 後ろの獅子を振り返って儀礼は言う。そこには一戦交えてきたとは思えない清清しい笑顔の少年。
「六人相手に無傷」
 くすくすと儀礼が笑う。
「あいつら正気じゃなかったしな。もっと殴ってやりゃ良かったかな」
 自分の拳を見て獅子が言う。


 あの遺跡の中で儀礼はヤンの魔法で声を届けてもらい、幻覚を操った。
 幻覚を見せる薬を吸わせ、大量の魔獣が入ってきたと言えば見えない敵と戦い、それは恐ろしい黒い魔物だ、と言えば獅子を黒い魔物と思い込む。
 本当に、簡単に操られてくれた。
 あのパーティはもう一度、面倒な遺跡探索をやり直し、大幅に増えた破損箇所を報告し、きっと大変なことになるだろう。
 彼らのやったのは完全な妨害。下手をすれば儀礼は死んでいた可能性がある。
 手馴れた様子を考えれば、彼らはああいう行為を繰り返していたのだろう。
「これに懲りてもうやめてくれたらいいんだけどね」
 儀礼は小さく息を吐いた。




 その後、風の噂でどっかのBランクパーティがDランクに降格されたと聞いた。
 メンバー全員が2ランク降格。
「降格か死か選べ」
 彼らがAランクの怪しい集団に、無茶な選択を迫られたとは、誰も知るまい。

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