ギレイの旅

千夜ニイ

Cランクの仕事3

 翌朝。晴れたのだろう、鳥の声が騒がしく聞こえてくる。
 カサッ、カサッ、カサッ
 人の足音に獅子は目を開ける。
 すぐに身動きできるように意識を高めながら、特に害意を感じられない相手が近付くのを待つ。
「あの~」
 ためらうように間延びした、若い女らしい声が入り口から響く。
「どなたかいらっしゃったら……火を貸してください~~ぃ」
 言葉は途中から泣き声に変わった。


(……)
 獅子は呆れつつ儀礼を起こさないよう、音を立てずに立ち上がる。
 儀礼はまだ眠っているようで、その顔色は悪くない。
 それだけ確認すると乾かすために脱いでいた上着を羽織る。
 入り口から十分見える位置にいるというのにその女は視線を横に向け中に入って来ようともしない。
 体を縮こまらせ、小刻みに震えている様は相当寒いのだろう。一晩中雨に濡れていたのかもしれない。
「入ったらどうだ?」
 獅子はぶっきらぼうに声をかける。
 服は着終わったし、焚き火には新たに燃料を足した。


 女はメラメラとゆれる炎に飛びつくように入り込んできた。
「あああああ、心底温まりますぅ」
 手だけを炎に当て、震えた声で女は言う。
 木製の古びた杖を持ち、黒色のとんがり帽子。長い黒髪は二つの三つ編みで、丸い眼鏡のレンズの奥に黄緑色の瞳。
 見たことはないが、多分、魔法使いだろう。魔女、と言うべきかも知れない。
「あ、あの、私、おお邪魔してすみませんっ」
 一向に視線を合わせようとしない女が顔を赤く染め、上ずるような声で言う。
「はぁ?」
 獅子が首を傾げる。
 お茶の一杯でも入れようかと、鞄から小さな水筒を取り出したところだった。
「あ、温まったらすぐに出て行きますから、それ以上お邪魔しませんからどうか少しだけ……」
 真っ赤な顔で目をぎゅっと閉じている。


 その正面には儀礼が寝ている。毛布の端から肩が見えているので、裸にでも見えたのだろうか。
「……僕は男です」
 突然、儀礼が声を上げた。横になったまま目を開けている。
 女は炎越しに儀礼を見つめる。
「そ、そんな、子供でもわかる嘘やめてくださいよ! そんな可愛らしい顔して……なっ、涙に濡れた目なんて卑怯ですよ! 女の武器以外何だって言うんですか?!」
 真っ赤な顔をして言い募る女に、儀礼は涙を浮かべていた。


「そいつ、本当に男だから」
 さすがに儀礼が憐れに思え、水筒を火にかけながら獅子はフォローする。
 女は驚いたように目を見開く。
「ふ、……」
「「ふ?」」
「服着てくださいぃっ」
 女は両手で顔を覆った。


 儀礼は乾いた服を着て岩肌を背に寄りかかる。昨日よりは動けるようになったようだ。
「食えるか?」
 獅子が焼いた木の実と干し魚を二つの皿に分け、儀礼と女の前に置く。
 自分はそのまま手づかみで食べている。
「ヤンさん、ですよね。ランクAの魔法使い『若き魔女』」
 木の実を口に運びながら儀礼が言う。
 嬉しそうに魚をつついていた女が緊張したのがわかった。
「何故……? って顔してますよ」
 意味深く笑うように儀礼が言った。


 途端に、女の視線が鋭くなる。赤かった顔が平常へと変わり、纏う空気がチリチリと緊迫したものになる。
 儀礼を睨むように見据え、魔力を集約しているのだろうか、不思議な気配を放つ。
 それを感じ取ったかのように パチン と炎が爆ぜた。


 当然、それを受けた獅子も気を引き締め、女へと構える。
 しかしそこで、儀礼は敵意のない笑顔を浮かべる。
「管理局で噂は聞きました。すごい腕を持ってるのに抜けてる魔法使いだって」
「だっ、誰がそんな失礼なことを……」
 張っていた気配が緩み、わたわたと慌てだすヤン。
「二つの壁を守ってる知り合いが」
 くすくすと儀礼ははぐらかすように笑う。


 二つの壁、知っている者ならすぐにわかる。『双璧』のアーデスを指す言葉だ。
「え?」
 驚いたようで、ヤンは目を丸くする。
「あのっ、失礼ですがお名前を伺っても……よろしいですか?」
「これは失礼しました。僕はギレイ・マドイ。彼はリョウ・シシクラです」
 ヤンは目をぱちくりとさせている。
「あのっ、ギレイマドイ様は白衣を着てサングラスをかけているとお聞きしたのですが……」
 その口ぶりは儀礼がSランクであると知っている証。
「あー、白衣置いてきちゃった。今回簡単な依頼のはずだったから」
 儀礼が苦笑する。


「獅子、僕のかばんから眼鏡と身分証出して見せてあげてくれる?」
 あまり動けない儀礼は獅子に頼む。
 獅子はまだヤンを警戒しているようで、油断なく動く。
 証拠の品を見せられ、ヤンは……うろたえていた。
「え、でも確かギレイマドイ様は他パーティの方々と遺跡に向かわれたはず……。いえ、決して見失ったとか、はぐれたとかではありませんから……」
 おたおたと首を横に振っている。
 アーデスとの約束では護衛は獅子に気付かれないように、となっているはずだ。
 こんな抜けた者を護衛に回すとは……アーデスもワルツも何を考えているのか。


「こいつも遺跡に行くんだったのか?」
 話しが見えない獅子は儀礼に問いかける。
「この辺は遺跡くらいしか行く所ないからそうなんじゃない?」
「あいつらに置いてかれたってことか?」
「まぁ、そうなるよ、ね?」
 儀礼はヤンに笑いかける。アーデスのあの笑顔を真似て爽やかに、暗黒を漂わせて。
「は、はい。そうですっ。その通りです」
 杖を両手で握り締め、慌てたようにヤンは返事をした。

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