ギレイの旅
管理局の受付嬢
エーダは管理局の受け付けの仕事について2ヶ月が過ぎた。
もともと、人の顔と名前を覚えるのが得意だったエーダは、管理局に出入りする人を確認し、研究室で篭りきりになる研究者たちを忘れずに退出させるのに役立っていた。
研究室を借り受けた者が、二日以上受付に顔を出さず、研究室から出てこない場合、中を確認する権利と義務を受付が負う。
研究に没頭する彼らは、ときたま死にかける状況に陥る。
食を忘れたり、過労だったり、危険な薬品から気を失ってたり……。
頭脳派とか言われてるが、実は馬鹿なんじゃないかと、エーダは思い始めていた。
ある朝仕事に入ると、同僚達がなんだか騒いでいる。
「どうしたの?」
真面目な勤務態度を守っているエーダは、騒ぐ彼女らを少し睨むように見てから、きつくならないよう気をつけて問い掛けた。
「エーダ、聞いて! 今日ここに、Sランクの人が来るんだって!」
一人が興奮した様子でエーダの肩を叩く。
「それも、最近ランク上がったばっかりなんだって、しかもBランクからよ!!」
別の女性もエーダに迫る勢いで話しかけてくる。
気付けば、受付に座ったエーダはすっかり同僚に囲まれていた。
「でも、Sランクになるなんてよっぽどのおじいちゃんか、おばあちゃんなんでしょ?」
騒ぐほどのこと? と軽く返しながら、スーツのよれを気にして直す。
確かに、今までこの国にSランクの人はいなかったからすごいことかも知れない。でも、エーダはそれほど管理局の研究者に興味を持てなかった。
(だって、ようは『あの』研究者達の頂点。究極体でしょ?)
風呂にも入らず、フケまみれで深いクマとぶつぶつと唱えるうつろな瞳。
エーダは思わず身震いした。
「もう、時間ですよ。仕事しましょうよ」
本来二人で入る受け付けスペース、交代するはずの二人が残っていて狭くて仕方ない。
「でも、Sランクの人なんて見てみたいじゃない!」
受け付け前の待合室で待てばいいのに、と思っていつのまにかその待合所に人が込み合っているのに気付く。
いつもはガラガラなのに。
確かにそうそう会えるものではないが、これではまるで珍獣だ、とエーダは思った。
管理局本部の名で予約されているのはこの管理局で1番上等な研究室。と言っても、それほど大きくない町なので、質もその程度。
予約の時間は10時。まだ2時間程ある。
人が入ってくる度にそわそわとする人々。
そんな人達を尻目に、エーダは真面目に仕事をこなす。
ギィとまたドアが開いて、期待や好奇心で雑然としていた室内が静まる。一瞬ののちにまたざわめきかえるを繰り返していた。さっきまでは……。
静寂のまま時の止まる室内。
まさか来たのか?
エーダも書類から視線を上げる。
だが、ひそひそとしたざわめきが入口の方から始まった。やはり違ったようだ。
受付に向かって歩いてくる人物を見て、異様な静けさの理由がわかった。
キョロキョロと不慣れな様子でやってきたのは16、7歳と思われる少女。
短い髪はドルエドでは珍しい金色で、色の付いた眼鏡が瞳の色を隠している。
だが、その顔立ちを隠す程のものではなかった。
可憐。
一言ならそう言い表せそうな程愛らしく、一目見たその瞬間には思わず息を飲んでしまっていた。
大きな瞳に桜色の唇。肌は驚くほど白く、けれど頬はほのかなピンク色で不健康そうには見えない。
ワンピースのように見えるのは白衣で、研究に携わる者である事を示している。
「すみません」
かけられた声は思っていたより少し低く、しかし澄んでいて耳に心地よい。
あちこちから綺麗とか可愛い、という囁き声が聞こえてくる。
「はい」
極力平然を装って――本当は緊張しまくりだったが――エーダは少女に応じた。
「研究室を借りたいんですが、回線が通じてるならどこでも」
少女は言った。
この管理局に来るのは初めてだが、手続きには慣れているように感じる。
回線があると言うのは、管理局本部との連絡のやりとりができると言うこと。これがネットというなら話は変わる。世界中に接続可能な回線で、扱いが難しい。お金持ちが個人で所有するか、専門家が自分で接続可能にするか、管理局で上質な研究室を使うか、だ。
「わかりました。こちらに記名と、管理局ライセンスをお見せください」
いつも通りに言えてるか、ちょっと自信がなかった。
でも、Sランクなんて正体不明の相手するよりは、こんな見ているだけで緊張してしまう美少女の方が数倍いい。
少女はキレイな字で『ギレイマドイ』と書いた。珍しい名前。
ライセンスを確認する。
ランクはB。出身地はドルエド、シエン。シエンと言えば、ドルエドを救った戦士達の村。歴史で習ったことがある。でも、そこは確か黒髪、黒い目の人種だったはず。
そう思いながら、ライセンスの写真を見る。金髪に茶色の瞳の少女の顔。
「すみません、確認のためサングラスをはずして貰えますか?」
「ああ、はい」
少女は戸惑いもなく眼鏡をはずした。
透き通った茶の瞳。ドルエド人のものだ。でも、今まで見ただれよりも綺麗。
思わず見とれてしまう。不思議そうに首を傾げる少女に我に返る。
自分の回りで我を失ってる人々が多数にいたが。
「結構です、ありがとうございます。期間はどうなさいますか?」
手引き通りに対応しながら、ライセンスを確認して……、目を疑った。
『性別 男』
(……。うそ……)
見えない。いや、言われてみれば確かに見えないことはないけど、……綺麗なことには変わりない。
「とりあえず3日でお願いします。2日は泊まり込むかも」
「ではこちらの書類に記入をお願いします」
それだけ言って、なんだか少女、いや少年の顔を見てはいけない気がして、と言うか、平常の顔で見れない気がして受付台に目を向ける。
そこにあったのは少女、いや少年のサングラスで、なんとなく観察してみる。
大きなフレームと茶色のグラス。よく見ると黒い線が均等に横に入っている。どこかで見たような……、そう、コンピュータのモニター。
(モニターを改造してかけてる?)
なんだか変な人? という認識が入って来た。
「書けました」
と言う少女、……ええい、ギレイはにっこりと微笑んでいた。
(かわいい)
エーダの中で彼の扱いが確定し始めていた。
本部に本人確認のライセンスチェックをかけて認証。研究室の鍵を渡し、ライセンスを返す。
「1階左側が研究室で右側に食堂とシャワールーム、仮眠室があります。資料室と保管庫は2階になっています」
案内書を渡して簡単な説明をする。
そして、ふと気付いた。認証、と表示されたモニターにSの文字。そう、ライセンスにBと記されていた場所に。
「あなた……!」
思わず立ち上がったエーダの視線を追い、気付かれたと知ったのか、言いかけたエーダの口をギレイは慌ててふさぐ。
そして……、涙を浮かべた瞳で見つめ、ふるふると首を振る。
言わないで、と言うことだろうか。
(かわいい)
この瞬間に、エーダのギレイに対する扱い方が決まった。
「研究室まで案内するわ、こちらへどうぞ。ギレイ君」
戸惑っている様子のギレイの手をかまわず引き、ビシッとスーツを整える。
さぁ、お姉さんに着いてらっしゃいと、迷子センターの案内係は優しく笑いかけて歩き出した。
もともと、人の顔と名前を覚えるのが得意だったエーダは、管理局に出入りする人を確認し、研究室で篭りきりになる研究者たちを忘れずに退出させるのに役立っていた。
研究室を借り受けた者が、二日以上受付に顔を出さず、研究室から出てこない場合、中を確認する権利と義務を受付が負う。
研究に没頭する彼らは、ときたま死にかける状況に陥る。
食を忘れたり、過労だったり、危険な薬品から気を失ってたり……。
頭脳派とか言われてるが、実は馬鹿なんじゃないかと、エーダは思い始めていた。
ある朝仕事に入ると、同僚達がなんだか騒いでいる。
「どうしたの?」
真面目な勤務態度を守っているエーダは、騒ぐ彼女らを少し睨むように見てから、きつくならないよう気をつけて問い掛けた。
「エーダ、聞いて! 今日ここに、Sランクの人が来るんだって!」
一人が興奮した様子でエーダの肩を叩く。
「それも、最近ランク上がったばっかりなんだって、しかもBランクからよ!!」
別の女性もエーダに迫る勢いで話しかけてくる。
気付けば、受付に座ったエーダはすっかり同僚に囲まれていた。
「でも、Sランクになるなんてよっぽどのおじいちゃんか、おばあちゃんなんでしょ?」
騒ぐほどのこと? と軽く返しながら、スーツのよれを気にして直す。
確かに、今までこの国にSランクの人はいなかったからすごいことかも知れない。でも、エーダはそれほど管理局の研究者に興味を持てなかった。
(だって、ようは『あの』研究者達の頂点。究極体でしょ?)
風呂にも入らず、フケまみれで深いクマとぶつぶつと唱えるうつろな瞳。
エーダは思わず身震いした。
「もう、時間ですよ。仕事しましょうよ」
本来二人で入る受け付けスペース、交代するはずの二人が残っていて狭くて仕方ない。
「でも、Sランクの人なんて見てみたいじゃない!」
受け付け前の待合室で待てばいいのに、と思っていつのまにかその待合所に人が込み合っているのに気付く。
いつもはガラガラなのに。
確かにそうそう会えるものではないが、これではまるで珍獣だ、とエーダは思った。
管理局本部の名で予約されているのはこの管理局で1番上等な研究室。と言っても、それほど大きくない町なので、質もその程度。
予約の時間は10時。まだ2時間程ある。
人が入ってくる度にそわそわとする人々。
そんな人達を尻目に、エーダは真面目に仕事をこなす。
ギィとまたドアが開いて、期待や好奇心で雑然としていた室内が静まる。一瞬ののちにまたざわめきかえるを繰り返していた。さっきまでは……。
静寂のまま時の止まる室内。
まさか来たのか?
エーダも書類から視線を上げる。
だが、ひそひそとしたざわめきが入口の方から始まった。やはり違ったようだ。
受付に向かって歩いてくる人物を見て、異様な静けさの理由がわかった。
キョロキョロと不慣れな様子でやってきたのは16、7歳と思われる少女。
短い髪はドルエドでは珍しい金色で、色の付いた眼鏡が瞳の色を隠している。
だが、その顔立ちを隠す程のものではなかった。
可憐。
一言ならそう言い表せそうな程愛らしく、一目見たその瞬間には思わず息を飲んでしまっていた。
大きな瞳に桜色の唇。肌は驚くほど白く、けれど頬はほのかなピンク色で不健康そうには見えない。
ワンピースのように見えるのは白衣で、研究に携わる者である事を示している。
「すみません」
かけられた声は思っていたより少し低く、しかし澄んでいて耳に心地よい。
あちこちから綺麗とか可愛い、という囁き声が聞こえてくる。
「はい」
極力平然を装って――本当は緊張しまくりだったが――エーダは少女に応じた。
「研究室を借りたいんですが、回線が通じてるならどこでも」
少女は言った。
この管理局に来るのは初めてだが、手続きには慣れているように感じる。
回線があると言うのは、管理局本部との連絡のやりとりができると言うこと。これがネットというなら話は変わる。世界中に接続可能な回線で、扱いが難しい。お金持ちが個人で所有するか、専門家が自分で接続可能にするか、管理局で上質な研究室を使うか、だ。
「わかりました。こちらに記名と、管理局ライセンスをお見せください」
いつも通りに言えてるか、ちょっと自信がなかった。
でも、Sランクなんて正体不明の相手するよりは、こんな見ているだけで緊張してしまう美少女の方が数倍いい。
少女はキレイな字で『ギレイマドイ』と書いた。珍しい名前。
ライセンスを確認する。
ランクはB。出身地はドルエド、シエン。シエンと言えば、ドルエドを救った戦士達の村。歴史で習ったことがある。でも、そこは確か黒髪、黒い目の人種だったはず。
そう思いながら、ライセンスの写真を見る。金髪に茶色の瞳の少女の顔。
「すみません、確認のためサングラスをはずして貰えますか?」
「ああ、はい」
少女は戸惑いもなく眼鏡をはずした。
透き通った茶の瞳。ドルエド人のものだ。でも、今まで見ただれよりも綺麗。
思わず見とれてしまう。不思議そうに首を傾げる少女に我に返る。
自分の回りで我を失ってる人々が多数にいたが。
「結構です、ありがとうございます。期間はどうなさいますか?」
手引き通りに対応しながら、ライセンスを確認して……、目を疑った。
『性別 男』
(……。うそ……)
見えない。いや、言われてみれば確かに見えないことはないけど、……綺麗なことには変わりない。
「とりあえず3日でお願いします。2日は泊まり込むかも」
「ではこちらの書類に記入をお願いします」
それだけ言って、なんだか少女、いや少年の顔を見てはいけない気がして、と言うか、平常の顔で見れない気がして受付台に目を向ける。
そこにあったのは少女、いや少年のサングラスで、なんとなく観察してみる。
大きなフレームと茶色のグラス。よく見ると黒い線が均等に横に入っている。どこかで見たような……、そう、コンピュータのモニター。
(モニターを改造してかけてる?)
なんだか変な人? という認識が入って来た。
「書けました」
と言う少女、……ええい、ギレイはにっこりと微笑んでいた。
(かわいい)
エーダの中で彼の扱いが確定し始めていた。
本部に本人確認のライセンスチェックをかけて認証。研究室の鍵を渡し、ライセンスを返す。
「1階左側が研究室で右側に食堂とシャワールーム、仮眠室があります。資料室と保管庫は2階になっています」
案内書を渡して簡単な説明をする。
そして、ふと気付いた。認証、と表示されたモニターにSの文字。そう、ライセンスにBと記されていた場所に。
「あなた……!」
思わず立ち上がったエーダの視線を追い、気付かれたと知ったのか、言いかけたエーダの口をギレイは慌ててふさぐ。
そして……、涙を浮かべた瞳で見つめ、ふるふると首を振る。
言わないで、と言うことだろうか。
(かわいい)
この瞬間に、エーダのギレイに対する扱い方が決まった。
「研究室まで案内するわ、こちらへどうぞ。ギレイ君」
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