ギレイの旅

千夜ニイ

アーデスの目的

「悪いな、顔に似合わず好戦的な奴なんだ」
 ハンマーをアーデスに向けたままワルツと呼ばれた女性が儀礼へ話しかける。
「そのよう、ですね」
 驚いたような、納得したような儀礼の返事。
 アーデスの立ち姿は真っ直ぐで細く見え、一見頭の良さそうな文人に見える。しかし、その体躯はしっかりとしていて、気配には隙がない。
 向かい合ったアーデスとワルツは、今度は儀礼のことなど視界に入っていないかのように戦闘を開始する。
 一応、ワルツという女性は儀礼を背後にしているので、アーデスの攻撃が誤って当たることはない。
 しかし、二人の攻撃の衝撃波が辺りを無残に破壊していく。
 人のいない場所を選んでおいてよかった、と儀礼の額を冷や汗が伝う。


 ほんの数分経てば辺りが荒地になる替わりに、アーデスとワルツの怒りが冷えてきたようだ。
 儀礼は安堵のため息を吐き、次に、アーデスの攻撃の範囲内に儀礼の車があることに気付く。
「ぁあっ」
 叫ぶと同時に儀礼は銃のスライド部分を引き、弾を替える。アーデスによけられた睡眠弾から、弾速の速い痺れ針に。
 そして迷うことなく照準をアーデスに。
 気付いたアーデスがこちらに向き合おうとするが、ワルツがそれを阻む。
 姿は見えなくても、重いプレッシャーが儀礼にかかる。銃を握る手が滑りそうだ。
 ワルツに隠れたまま、儀礼は引き金を引いた。
 弾はワルツの腕と脇の間を擦り抜け、違うことなくアーデスの首元に刺さった。
「くっ」
 すぐに針を抜いたアーデスだが、体は痺れその場に崩れた。


「はぁ~~~~」
 儀礼は長い息を吐いて地面にひざを着く。
「もう、本当。死ぬかと思った」
 その額には大量の汗が浮いている。
「ああ、よかった。愛華が無事で」
 ゆっくりと立ち上がった儀礼は車に抱きつく。
「「……」」
 痺れ薬の影響で話せないのか、あきれて声が出ないのか。アーデスにもワルツにもわからなかった。


 車の無事を確認すると、儀礼はアーデスの元へと歩いていく。
「大丈夫ですか?」
 うつ伏せで倒れたままのアーデスをワルツが抱え起こして座らせる。
 しかし、力の入らないアーデスは支えなければ倒れてしまう。ワルツが自分の足に寄りかからせる。
 儀礼は少し困った顔をしてしゃがみ、ワルツを手伝うようにアーデスの背中を支える。
「しびれはすぐに切れると思います。何で、本気でこなかったんですか? あなたが本気なら、僕は何かする前にもうやられてます」
「お前こそ……」
 自分の声が出たことに驚いたようで、アーデスは言い直す。
「お前こそ、なぜ本気を出さなかった。本気で防ぐ気なら俺がここに来る前に勝負がついていただろう。今も、俺に殺されるとは思わないのか?」
 アーデスの背に腕を回している儀礼はアーデスのすぐ目の前にいる。
 それは、アーデスにとっては、体など動かなくとも仕留められる距離。
「殺気とか敵意とかは結構わかるつもりです。正直あなたは怒っていると思ってたから、近付くまで気付かなかったことに驚きました」
「俺が怒ってれば気配に気付けると?」
 確かに怒りは冷静さを失わせるが、それでもこの冒険者ランクEという少年に気付かせるはずがない。
「特殊な探知がありまして」
 苦笑いのようなものを浮かべる儀礼。


「もしあなたが、僕を殺しに来たり、僕の持つ情報を悪用しようとしてるなら、僕はどんな手を使っても止めなきゃならない」
 真剣な顔で儀礼は言う。
「あなたなら、僕の持つ物を奪わなくても、すぐにSランクになれる。しかも、僕と違って本物のSSランク」
 尊敬を込めた儀礼の瞳。
「お前も本物のSランクだろう」
 その目を見返すアーデス。お互いに相手の頭の中身を探り合っているようだ。
「僕じゃなくて、祖父のものです」
「わかってるなら、俺によこせ」
 睨むように言うアーデスだが、やはり、怒気はない。
 儀礼は確信を持った。
「あなたは、僕からSランクを譲り受けに来たんですね」
 アーデスが黙った。
「でも、それは絶対渡せません」
 儀礼はにっこりと笑った。
「俺は信用できない。と言うことか?」
「そうじゃなくて……」
 アーデスはAランク以上の力を持つ本物の実力者。儀礼ごときが心配するのは失礼な気もする。
 でも、それは儀礼が祖父から受け継いだもの。
 命の危険を誰であろうと譲り渡すことはできない。


「お前は、護衛がつくのがいやで逃げ回っているんだろ? 俺に全てを渡せばお前はAランクに降格だ。護衛がつくこともない」
「アーデスさんなら、一人で守れるかもしれないけど。やっぱり僕は自分で責任を持ちたい」
 儀礼の心に迷いはない。全てを背負う覚悟はとっくにできている。
「わかりました」
 アーデスは立ち上がる。痺れは切れたようだ。


 続いて立ち上がろうとした儀礼の前にアーデスが跪く。
「認めましょう。あなたはSランクに相応しい人だ。これより、私たちはあなたの下につきます」
 アーデスに習い、ワルツまでもが跪く。
「あたしはワルツ。見ての通りハンマー使いのAランク。あんたに恩を受けたんだ。こんながさつな女だが、この命、あんたを守るために使わせてくれ」
「……」
 呆然と固まる儀礼。立ちかけた状態でちょっと間抜けだ。
「えっと、僕があなたがたに教えられることなんてないんで……」
 本気でどうしよう、と儀礼は困惑する。
「我らでは力不足でしょうか」
 力不足と言うならそれは儀礼の方だ。じきSランクになる人を自分の部下になど考えられない。
 と言うか、部下が付くこと自体考えられない。
「そうじゃなくて、むしろ僕がいろいろ教わりたい位……です」
「Sランクのあなたに何を教えられると?」
「Aランクの遺跡の話とか、今まで戦ったりした冒険のこととかっ!」
 目を輝かせる姿はそこいらにいる少年達とかわらない。本当に、15歳の少年なのだ。

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