ギレイの旅

千夜ニイ

Sランクの守り

 翌日、シエンに着いたと拓から連絡があった。
 ありえない速さ。……すでに馬車で数ヶ月単位の距離なのだが、拓はルートを明かさない。
 ま、無事ならいい。
 そこで今度は黒髪姿の儀礼を目撃させる。
 光の剣を抜いたトロウの町から複数のバッテリーを使って夜通し車を走らせた。距離は稼げているはずだ。
 黒獅子と儀礼が一緒にいる情報はすでに流れている。
 あとは可能な限り姿を見せながら逃げるだけ。
 光の剣を狙う悪人と、管理局から派遣される儀礼の護衛候補から。


 しかし、四、五日もするとさすがに包囲網が狭まった。
 食料の買出しに訪れた村で武装した集団に襲われた。どこかのコレクターが複数の傭兵を雇ったらしい。
 中にAランクの者がいたようで、そいつが獅子の足止めをしている間に他の者が黒髪の少女へと近付く。
 一人、二人と交わしながら走るが、少女には分が悪い。
 長い髪と、ひらひらとした服が体に纏わりついて走りにくそうだ。
「そいつに手を出すなっ!」
 獅子の叫ぶ声が聞こえた。
 ザザッ
 少女の前に三人の男が立ちふさがる。後ろからまた一人が追いつく。
「うっ……」
 逃げ場を失い、少女は冷たい汗を流す。


 Aランクの男と戦っている獅子の下へ、黒髪の少女が引き出されてきた。
 大きな男が身動きを封じるように押さえつけている。
「そいつを放せ……」
 獅子の怒気が上がる。
「その剣と引き換えだ」
 Aランクの男が言った。
「渡しちゃだめっ」
 少女が震えた声で言う。
「くっ……」
 剣を抜けず、また渡すことにもためらわれる獅子。
 少女を抑える男が腕に力を入れる。細い骨のきしむ音が聞こえてきそうだ。
「さあ、渡せ!」
 剣を持つ手から力を抜き、苦い顔をする獅子。
「いや。そんな必要ないよ、獅子」
 怯えた振りをやめ、儀礼は長い髪のかつらをはずす。
 現れたのは金髪の少年。


「なに!?」
 驚く傭兵集団。
「Sランクなんてものになっちゃって、護衛がつくなんて面倒だと思ったら、今度はこんなやっかいごと? 変装なんてするもんじゃないな」
 ぐおっ
 儀礼を抑えていた男が悲鳴のような低い声をあげ倒れた。
 自由になった儀礼は使い慣れた色眼鏡をかけ、アナザーが新しい情報を流してくれたことを確認する。
『黒獅子の連れはSランクの少年の変装。Sランクは金髪の少年』


 男が倒れた時に少女と見まごう少年が、何かをしたようには見えず警戒する傭兵たち。
 そこへ、また新たな集団が。
「大所帯だね」
 来ることがわかっていたかのように儀礼が言う。
「ギレイ・マドイ、だな」
 後から来た冒険者らしき男の一人が確認するように言った。
「はるばる来てくれたとこ悪いんですが、護衛は必要ありません」
「それは困る。俺達は管理局から頼まれて来たんだ。これも仕事なんだよ」
 儀礼と獅子、傭兵達、護衛。複雑な状態で睨みあう。


「参ったなぁ、じゃぁこうしない? ありきたりだけど、最後まで立ってたら護衛として認めるとか」
 この傭兵集団との戦いの中で、ということだろうか。
「いいだろう」
 冒険者達が笑う。傭兵の集団など護衛として選ばれた優秀な者とは比較にならない。
「言ったね」
 儀礼はにやりと笑う。長いスカートのポケットに手を入れると小さなボタンを押した。
 ジシューーーッ
 儀礼の着ていた服から大量の何かが飛び立つ。
 レースの飾りと思われたそれらは、白い煙りを出しながら秩序なく飛び回る。
「な、なんだこれはっ」
 傭兵、冒険者ともに混乱に陥る。
 一見、蝶のような貝殻のようなそれは人の肌を切り裂く十分な攻撃力とスピードを持っていた。
「くっ」
 ガシャン、キン カキン
 煙りの中で戦っているらしい音がする。
 そして、すぐに煙りは消え始め、男達がバタバタと倒れた。


 辺りが静かになると、儀礼は周りを確認し口元を押さえていたハンカチをはずす。
「立ってる人はいないね。悪いけど僕の護衛につくのは諦めてください」
 にっこりと笑って儀礼が言う。
「お前な、やるならひとこと言えっ!」
 口元を覆っていた布をはずして獅子が怒鳴る。
「獅子ならわかると思って」
 悪びれた様子もなく儀礼は微笑む。
「っち……」
 言っても仕方ないとわかったのか、儀礼に習ってレースの残骸を拾い始める獅子。
 一応機密なので、回収しなければ危険だ。


「でも、こいつらもばかだよね。Sランクに手を出すなんて」
 傭兵達を縄で縛りながら儀礼が言った。
 ちなみに使ったのは痺れ薬なので、彼らに意識はある。
「儀礼は見たまんま弱そうだからな」
 獅子がにっと笑う。
「うるさい。僕のことだけじゃなくてさ、利香ちゃんに手を出そうとするなんてってこと」
 儀礼の言葉に獅子は首を傾げる。利香は戦うことに関しては一般人だ。
「僕がつけた護衛機が常に側にあって、『黒鬼』が実の娘のように大事にしてるのに」
『黒鬼』の単語に傭兵達の体がびくりと震えた。
 儀礼の笑みに黒い影が帯びる。
「研究者と冒険者、両方のSランクを相手にするなんて、さ」


 作業を終え、儀礼は女物の服を脱ぐ。下にはTシャツとズボン。
「こいつらはどうすんだ?」
 護衛として来た冒険者達を指して獅子が言う。
「ほっといていいんじゃない? この人たちならすぐ動けるようになると思うし。黒鬼に守られてる利香ちゃんはいいとして、剣を狙ってる奴はまだいるから進んだ方がいいと思う」
 手袋のキーを操作すれば、村の外に待機していた車が無人で走ってくる。
 運転席から白衣を取り出して羽織ると、儀礼は運転席に乗り込んだ。


「あー、やっと落ち着いた」
 オートで走る車の中、すがすがしい気分で儀礼はのびをする。うっとおしい服のひらひらはない。まとわりつく長い髪もない。
 ”サンキュー、穴兎。片付いたよ。僕の情報、どうなってる?”
 儀礼は知っておくべきことを聞く。
 ”お疲れ。はっきり情報出しちまったからな、すごい速さで出回ってるぜ。『光の剣』の黒獅子とその連れ。”
 ”Sランク認定された少年。名はギレイ・マドイ。15歳にして快挙。天才、神童、ほめ言葉は欲しいままだな”
 ”別に欲しくない”
 ふざけた調子の穴兎に儀礼は息をつく。知りたいのは、これからどの程度追われるのか。
 ”特徴、金髪、茶目、色つき眼鏡、白衣。趣味、女装。”
 ”消せっ! 今すぐその間違った情報を消してくれ!”
 本気で叫びたい気分で儀礼はアナザーに泣きつく。
 ”うまくごまかしてみるか……”
 いまいち頼りないアナザーの返答。


 数分後。
『 ギレイ・マドイ、Sランク。趣味:女顔 』
「女顔ってなんだよ! もはや趣味じゃないだろ!」
 パソコンの前で笑い転げている兎の姿が思い浮かぶ。
 情報の世界が恐ろしくなる儀礼だった。

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