ギレイの旅

千夜ニイ

利香の想いと黒髪少女

 一方、獅子は拓の泊まっている部屋を見つけるとすぐに馬車を連れて迎えに来るように言い、利香の眠る部屋に戻った。
「利香、起きてくれ」
 穏やかに眠る利香の髪をなで、遠慮がちに声をかける。
「ん、了様?」
 赤い唇が動いたかと思うと、利香はうっすらと目を開けた。
「支度をして、帰るんだ」
 獅子がそう言うと、利香は驚いたように起き上がった。
「どうして!? まだ一日も経っていないのに……。私がいるのは迷惑ですか?」
 目に涙を浮かべて見つめてくる利香。獅子はそんな利香を思わず抱きしめた。
「聞いて、利香。俺の貰った光の剣は、大勢の人が欲しがる物らしい。俺は歴史とか、価値とかよくわからないけど、この剣が俺を選んでくれたのは分かる。そして、俺はこれを手放しちゃいけない気がするんだ」


 伝説の剣。それが、獅子を選んだ。
 利香もその場にいたのだ。淡く、光り続ける剣が、その人を呼んでいるのが分かった。
「そばにいてはいけませんか?」
 獅子の服を掴み、勇気を出して発した言葉には力がなかった。
「俺は、もしお前を人質に取られたら、迷わずこの剣を渡す」
 獅子の言いたい事は、わかってしまった。
 前の持ち主は、この剣が元で戦乱が起こることを防ぐため、剣を封印した。
 でも、剣は、獅子を新たな持ち主と認め、振るうことを許した。
 それは、剣の主であると同時に、剣の守護者なのだ。
 その責任を放り出し、自分を選ぶと言ってくれた。
 でも……
(そんなことしてほしくない。)
 さみしかった。
 嬉しいはずなのに。
「待っています」
 ぽつり、と利香は言った。
(世界があなたを、光の剣の主と認めるまで)
「待っています」
 涙をためた目で、利香はもう一度ささやいた。


 馬車の中にはフード付きの外套がいとうで、すっぽり全身をかくした利香が座っていた。
 入り口に立つ獅子は利香と別れの挨拶をしていた。
「気をつけろよ」
「了様も」
 心配そうに見つめる利香に獅子は笑ってみせる。
「そろそろ行かないとな」
 拓は軽く体をほぐして、長距離移動に備えている。


 その横には、――。
 黒い長髪に、いつも利香の着ているような女の子らしいワンピースに細いズボンを合わせた女性。
 薄くひいた口紅や、大きな瞳が愛らしい印象を与える。
 しかし、彼女はどこか緊張した様子で拓に身構えている。
「ふぅー」
 拓が息を深く吐く、彼女へと視線を向ける。
 目が合った瞬間、素早い動きで拓は間合いを詰める。少女めがけて掌底を放つ。
 少女は右にかわし、反撃しようと拳を握る。が、遅い。
 さらに速く、拓が少女の腕を引き、足払いをかける。
 体制を崩した少女は、そのまま地面へと押さえつけられていた。


「そんなんで、身を守れるのか?」
 凄みをきかせた拓の声。
「くっ」
 少女が、悔しそうに声をあげる。
「これで2勝だな」
 勝ち誇った様子で拓は言った。速すぎて、まるで相手にならない。
 服に仕込んだ武器機器類を使えば、もう少し立ち回れるが、それでは拓にとっては意味がないのだろう。
 身一つで戦わなくては。
「なんか、女の子押し倒してるみたいで、悪人になった気分だ」
 少女を見下ろしていた拓は、そう言って「儀礼」を放し、立ち上がった。
「ほぉ」とため息の儀礼。
「買ったばかりなのに」
 立ち上がって、パンパンと服の汚れを落としながら儀礼が言った。
 声も、口調もいつも通りなのに、その仕草は優雅で、『お嬢様』にしか見えない。
「男だって分かってて、気持ち悪いはずなのに、似合いすぎてて鳥肌がたつな」
 顔を青くして、拓は身震いする。儀礼を見る目は、馬鹿にしたような、呆れたようないつもの感じだ。


「仕方ないだろ、利香ちゃんの姿が見られてる以上、身代わりがいなきゃ本人へ行っちゃうんだから」
 そう言って、今度はポケットから何かを取り出し拓へ差し出す。
「何だ?」
 受け取った拓は手の平を見る。小さな銀色のピンバッチのようだ。
「利香ちゃんの護衛機の睡眠薬が発射される。カバーをあけて、中のボタンを押すんだ。時間がなくて塗装してないけど。利香ちゃんが脱走しようとしたら、容赦なく使え! 命に関わるからな」
 儀礼が利香にあげたプロペラのついた機械は、護衛機としていつも利香の後について飛び回っていた。
 今は馬車の中で利香が抱えている。いつの間にかピンクとオレンジにペイントされていたヘリを。


 美少女に男口調で話されるのも奇妙なものだ。だが、その表情はまじめで、内容も重要なことである。
「命に関わるってんだから、今回ばかりは気をつけるよ。俺にとっちゃ大事な妹だからな。お前らもうまくやって、さっさと利香の身を安全にしろよ」
「もちろん」
 儀礼は利香そっくりなその姿で不敵に笑って答えた。


 拓が馬車に乗り込むと、儀礼は奥の利香に話しかける。
「しばらくは絶対出てきちゃだめだよ。利香ちゃんのためでも、獅子のためでもあるんだから」
 なかなか納得できなかった利香。どうして自分はダメで儀礼君ならいいのか、と文句を言ったら、
「「儀礼は男だから」」と、獅子と拓に当然のように返された。
 心配そうに利香を見つめる儀礼。
 だが、利香の心は戸惑っていた。目の前にいる、自分にそっくりな少女。獅子の隣りに当然のように立ち、自分を見送る。
 自分のかわりに、命の危険をひきうけ、対処しようとしているのは分かる。
 利香は待っている、と言ったのだ。
(でも……でもっ……)
「気をつけてな、利香」
 獅子が、優しい瞳で利香を見た。利香の目に涙があふれてくる。
「行こう、利香」
 馬車の扉を閉めると、拓は泣き出す利香の頭をなでた。
(あなたのそばにいたいんです……了様)


 遠ざかって行く馬車を見送ってから、儀礼はため息をついた。
 はぁ。
「どうした?」
 獅子が振り返って聞く。
「こんな姿、人に見られたくない。まして父さんや母さんに知られることでもあったら……」
 スカートのすそをつまんでグチる儀礼。
「違和感無いぞ?」
 何が変なんだ、と不思議そうな顔で首を傾げてみせる獅子。
 獅子が剣を抜いたせいだろ、元はと言えば。
 殺意を覚えそうになる儀礼。
(こんなやつのどこがいいんだ? 利香ちゃん……)
 姿は似通っても、心は似付かない利香と儀礼だった。

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