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ギレイの旅

千夜ニイ

対魔物戦

 敵はとんでもない相手だった。
 今の自分ではどうあがいても勝てないだろう。獅子倉了ししくらりょうは、人生で最強と言える敵を前に負けを悟っていた。
 それは人間ではない。
 そして獣でもない。
 と呼ばれるもの。
 人間よりも一回り大きく、鬼のような角とこうもりのような翼を持っている。


 魔族。邪悪なる者。
 並の者では敵わない。一軍ですら滅ぼすと言われている。
(なんとか、後ろの二人だけでも逃がせないだろうか……)
 獅子の後ろには、震えているであろう儀礼と、獅子の許婚の利香がいる。
 ここで逃げ切れたとしても、この魔物が生きている限り、この国自体が滅びる可能性もあるのだが。


 獅子は覚悟を決めた。
(こんなことなら、結婚しとけばよかったかな)
 当主をむりやり譲ろうとする父親をかわすため、家出までして逃げていた。
(でも戦いの相手から逃げたことはない)
 自分を奮い立たせる。獅子は地面を蹴ると、魔物へと一気に詰めた。
 ガキン
 硬い音がした。
 跳び上がって、魔物の頭へと蹴りを放ったが、岩を蹴ったかのように、硬い。魔物に効いている様子はない。
 そのまま空中で回転をかけ、反対の足のかかとで後頭部を狙う。が、これも硬い。
「ちっ」
 魔物の体を蹴り、距離を取る。
 着地すると同時に魔物の腹へと拳を放つ。
 ジュッ
 焼けるような音と同時に痛みが手に伝わる。
「くぅっ」
 魔物の体は触れるだけで皮膚がとけるようだ。それだけ高位の力を持っているのだろう。
 獅子は闘気をまとい、体を強化する。集中し気合をため、再び魔物へ詰め寄る。
「はっ!」
 気合とともに打ち込んだ拳は、魔物の腹に入る。
 焼ける感覚はないが、やはり硬い。
(短刀くらい持っとくんだったな)
 後悔することは多いが、今更言ったところで仕方がない。
 魔物は様子を見ているのか狙うでも、殺意でもなく、ただ、自分を見ている。その静けさが不気味だ。
 周りを飛び交う虫のように、いつでも消せる存在だ、とでも言うようで。
(ためらってる場合じゃない)
 獅子は考えるのを一時やめた。
「はぁぁぁ!」
 できうる限りに、打撃を与えてゆく。
 ガン、ガン、ゴゴゴッゴ
 連続して響く音は、生き物にぶつかる音とは思えない、硬い反応。だが、それでも、魔物は少しずつ、後退していた。
 威力に押されて魔物の足の跡が地面に線を引く。
「だぁ!!」
 ドーン!
 最後の一撃と共に魔物をはじき飛ばす。
 空中を吹き飛びそのまま地面に叩きつけられると思った魔物だが、
 バサッ
 そこで、翼を開いた。
 その、幕のような黒い翼は、魔物の大きな体を持ち上げるにはかなり小さい。
 だが魔物は安定感を持ち、中空に浮きとどまっている。
 獅子が屈み込み勢いをつけて飛び上がろうとした時、魔物の方が先に動いた。


 魔物は翼で勢いをつけ、獅子めがけて突っ込んでくる。
(くらう)
 獅子はすぐに腕を構えてガードするが、相手の強さを考えると、避けられなかったのは致命的だろう。
 ダン!!
 獅子への衝撃はない。
 かわりに、魔物が後方へとよけていた。
 その足元には小さな金属の矢のようなものが刺さっている。
 ダン!! ダン!
 さらに続けて二矢が魔物の方へと飛んでいった。
 ちらりと目に入ったのは大きな銃のような物を構えた儀礼の姿だった。
「儀礼、何やってんだ! 逃げろ!!」
 いつも震えていた儀礼が、軽快に走りながら魔物を狙い矢を撃っている。
 魔物の動きが速いため当たってはいないが、獅子と利香から距離を作っている。
(俺と利香を逃がすつもりか?)
 ダン!!
 さらに一矢、魔物の横を掠める。
「ふん、邪魔じゃな」
 しわがれたような声で魔物が言った。
 人差し指を儀礼の方へ向けると、指の先に炎の玉ができあがり、儀礼へと飛んで行く。


「儀礼!!」
 獅子は儀礼の方へと走るが間に合わない。
 ドン!!
 ズザザザ……
 炎の着弾に儀礼の体は倒れ、地面を数mすべる。
「大丈夫か? 早く逃げろ。ここは俺が食い止めるから、利香を連れて……」
 言い終わる前に儀礼が獅子に銀色のナイフを押し付ける。
「矢は後3本だ。普通の武器じゃあいつには効かない」
「儀礼?」
「逃げられないだろ。……やってみる」
 銃を手に、再び魔物の方へと駆け出す儀礼。
「おい!」
 すぐに後を追う獅子。


 魔物が二弾の炎を放っている。
 儀礼を追い抜くと、気合と共に炎を蹴散らす。
 ダン!!
 六本目の矢が魔物の残像をすりぬけ他の五本と同じように地面に刺さった。
「なかなかよかったがなぁ」
 しゃがれた声が楽しそうに言った。
(儀礼の矢はあと一本か。どうしようも……)
 獅子は死を覚悟している。
 なのに、儀礼の表情はどこか落ち着いていた。
(なぜだろう。諦めているのか?)
 それも違う気がする。
 ナイフで魔物へと斬りかかる獅子。大きくはないが、当たれば確かに傷をつけている。
 大きな銃を抱え走る儀礼。
「ふん」
 しわがれた声が、馬鹿にしたような声を出す。
 そして、二人が同じ方向へ来たところで、腕を払った。
 ゴウォーー
 突風が、二人を吹き飛ばす。追い討ちをかけるように炎の玉が襲い掛かる。
 ドーーン
 砂煙が辺りに舞った。
「くっくっくっ。もろいねぇ」
 魔物は、砂煙の中で倒れている二人を見て笑う。


 そして、その後方で震える少女へと目をやる。
「人の血肉もいつかたぶりかのう」
 目を細め、舌なめずりをする。
「こ、来ないで……」
 利香は動くこともできず、座り込んでいる。
 じゃり。じゃり。ゆっくりと利香の方へと歩み寄る。
 利香には、もうその魔物との間には距離などなく、目の前にいるかのように見えていた。
 逃げられないという恐怖に利香は意識を手放した。

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