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ギレイの旅

千夜ニイ

昼寝の帰り道

 獅子の帰り道。儀礼が、いらないと言うのに、獅子を送るとついてきた。ついでに、獅子の父にも獅子を拘束してしまったことを謝るのだと。
(確かに、帰りが遅くなって父が怒るのは怖いが……)
 儀礼の帰り道のがちょっと心配だったり、と思いながら獅子は苦笑する。村の中とはいえ、夜は山や森から小型の魔獣が紛れ込んでくることもある。
「儀礼、頭大丈夫か?」
 獅子が儀礼の後頭部をさすりながら聞く。
 儀礼は首を傾げる。
「こないだ殴ったこと?」
 不思議そうな声で聞き返す儀礼。
「そうじゃなくて、本が当たったろ? 硬いやつ」
 呆れたように笑う獅子。
「……いつ?」
 少し眉間にしわを寄せて聞き返す儀礼。その表情にいつも、かわいい顔に似合わない、と笑いそうになる。
「もしかしてほんとに気付いてなかったのか?」
 ちょっと心配になり、真剣に聞いてみる獅子。
「……」
 無言になって、考えているような儀礼。
「お前……どんな神経してるんだよ」
(こういうのを呆れるって言うのかな?)
 思いながら獅子は頬をかく。


 1月程前に獅子倉の道場をやめた儀礼。弱虫だと思っていた。
 ゴン。
 獅子は儀礼の頭を殴った。
「痛い! 何すんの?」
 たちまち涙を浮かべた儀礼。威力はこの間の本が落ちた位。
 だいぶ力を抑えているのがわかっているようで儀礼は首を傾げている。
「大丈夫そうだな」
 大きなこぶにもなっていないし、痛みにも反応している。同じ位の威力で涙目なら平気か。
 獅子は儀礼が案外打たれ強いのだと気付いた。


「っ!!」
 突然儀礼が息を飲んで立ち止まった。
「どうしたんだ?」
 辺りにへびやらなんやらの出た気配はない。何かに驚いたらしい儀礼にとっさに気を張った獅子が振り返る。
「怒ってる……」
 儀礼の体は見てわかるほどに硬直していた。
「え? 誰が?」
 キョロキョロと見回すがやはり見える範囲には誰もいない。小型の動物ですら。よほどうまく気配を消していないかぎり、獅子にはわかる。さすがに虫だとか言われたら仕方ないが。
「……重気さん」
 固まったまま視線だけを左前方の林に向けた儀礼は、獅子の父親の名をあげた。獅子がこの世でもっとも恐れる者を。
「げっ」
 獅子が儀礼につられ林に目を向けた瞬間、重気が飛び出して来た。数十mの距離などないように詰められ、重い一撃が放たれる。


 かろうじて、本当に、一瞬でも早くに気付いていたおかげで、獅子は父の奇襲をかわした。
 今までで初めてのことだ。そのことに、獅子は興奮に襲われる。
「遅くなる時は事前に言っておけといつも言ってるだろう!」
 低い声で叱りながら素早い一撃が浮かれた獅子の頭に落ちる。
「いってーぇ!」
 頭を抱えてうずくまる獅子。
「まずは謝るのが先だろう、馬鹿者」
「やめてください重気さん!」
 再びげんこつを落とそうとした重気を高い叫び声が止める。
「儀礼か……」
 顔をしかめた重気が儀礼の方を向く。
「獅子が遅くなったのは僕のせいです。ごめんなさい。だから獅子をぶたないでください」
 体は硬直しきっている。声は上擦っていつも以上に高い。目元からはすでに涙が溢れていた。


「んぐっ。そう……か」
 重気は眉を寄せる。
 獅子は知っている。案外父が可愛い子に弱いことを。本当は女の子が欲しかったのかもしれない。家をつぐ自分も必要とされてるのはわかるが。
 だから、早くに許婚なんて決めて、かわいい娘を得ようとしたんじゃないかって少し思っている。
 だから、獅子の知る限り、儀礼の顔にもかなり弱い。
「……わかった」
 はぁ。と、重気は息をはいた。
 空気が軽くなるのを獅子は感じた。父が威圧感を解いたのだろう。
「もう殴らん。だから今日はもう帰りなさい」
 ひらひらと手を振って、重気は儀礼に帰るように促す。
 だが、儀礼は動かない。
「儀礼?」
 父の説教から解放された、と獅子がうきうきしながら儀礼に近づいて、まだ儀礼が硬直していることに気付く。
「ご、ごめんなさい」
 涙を流しながら、さらに儀礼は謝った。その指先が震えているのは恐怖からか、筋肉の緊張からか……。
 重気は困ったように頬をかく。
「わかった、儀礼。お前にはかなわんな」
 重気は歩いて来て、小さな儀礼の頭をぽんぽんと叩く。
 すると、儀礼はようやく安堵したように笑った。
 つまり、父はまだ怒っていたということだろうか。


 隠れていた父に気付いたことや、わずかな怒りにすら敏感に感じとるその精度に獅子は驚かされた。
 正直、重気でさえ。
 重気は、友人である儀礼の父、礼一の言葉を思い出す。
『儀礼の前にいると、いい精神修業になるよ……』
 溜息と苦笑混じりにはかれた言葉の意味を実感する。
「はっはっはっ!」
 重気は大きな声で笑い出した。
「いい友達がいてよかったな」
 笑いながら重気は獅子と儀礼の背中をバンバンと叩く。
「重気さん痛いです」
「いてぇよ」
 子供二人の不満など聞こえないように一通り笑うと、重気は一人、飛ぶように家へと帰って行った。

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