ギレイの旅

千夜ニイ

利香帰る

「帰るぞ利香」
 朝一番、馬車に乗った拓が利香を迎えに来た。
「いやっ。了様と一緒に行きます!」
 すでに泣きそうな利香が獅子の服にしがみつく。
「利香、危ないから……帰れ」
 獅子が少しためらってから言う。何があっても守る、と言えないところが辛い。
 剣術大会の出場者や、蛇の魔物を相手にして獅子は世界の強さを知った。
 遺跡に行った時のように仕事に出ている間、利香は一人になる。
 それがわかっていて利香を連れて行くことはできない。
「どうして危ないんです?」
 利香の目から涙が流れた。連れて行ってもらえないことを理解してしまったようだ。
「いろいろあんだよ」
 辛そうな顔をして獅子が言う。自分の弱さを悔やんでいるのだろう。
「いいから、利香。今回は帰ろう。了の顔も見れただろ」
 拓が宥めながら利香を馬車に乗せる。
「気をつけて帰れよ」
 馬車を覗くようにして獅子が言う。
「はい」
 うつむきそうになるのをこらえて利香は獅子を見ている。


 そんな二人から儀礼はさりげなく距離を取る。お邪魔虫はごめんだ。
「そうだ儀礼、お前に返答しようと思ったんだけどな」
 儀礼の背後に拓が立っていた。
「え?」
 慌てて振り返り身構える儀礼。拓から話しかけてくる時はろくな事がない。
「時間がなくて悪かったな」
 拓は凶悪な笑みを浮かべる。
「げっ」
 そう言えば、管理局からバカなメッセージを送っといたのだった。まさか来るとは思いもしなかったから。
 怒気により金縛り状態になる儀礼。
「直接返してやる、よっ!」
 ドスッ
 大きな音がして拓の拳が儀礼の腹にめりこんだ。
「うっ……」
 苦しそうにうめく儀礼。
「エリさんに心配かけんじゃねぇ」
 ああ、すっきりした、と馬車に向かって去っていく。
「拓ちゃんのいじめっ子」
 あれは絶対いじめっ子だ、と儀礼は腹を押さえながら恨み言を言った。


「利香ちゃん、元気でね」
 お腹の痛みをごまかしながら馬車の中の利香に別れを言う。
 ああ、涙目で睨まれた。
 儀礼は苦笑する。
「父さんと母さんによろしく言っといてくれる?」
 にっこりと儀礼が笑えば、利香も機嫌を直したのか少し微笑んだ。
「儀礼君も元気でね。了様のことおねがい」
 また利香の目から涙が溢れる。儀礼は自分の手でその涙を拭った。
「ちゃんと獅子連れて帰るから、今度は待っててよ?」
 からかうように儀礼は笑う。利香は少し顔を赤くした。
「おい、出せ」
 半ば馬車から引きずり出すように引っ張られ、拓に意味のわからない手を出される。
「採りに行ってきたんだろ、宝石」
 ちょいちょいと動く指はよこせ、と言っているようだ。
「強盗か、君は」
(以前もいたな、そんな奴)
 そう思いながら儀礼は懐から宝石の袋を出す。
「渡していいのかよ、お前の分だろっ」
 さすがに驚いたようで獅子が止めようとする。
「どうせ母さんに渡すんだろ。自分家に返るんなら渡しといたって問題ないよ」
 なんだか、いっそ哀れな気さえして、儀礼はその袋を拓に渡す。儀礼の言葉に拓が顔をひきつらせて赤くした。
 また殴られてはたまらないので、儀礼は二歩ほど飛び退る。
「で、馬車で帰るの?」
 離れた場所からの儀礼の言葉に、
「他にどうやって帰るんだよ」
 調子を取り戻した拓が、にやにや笑って返す。
「どうやってだろうね」
 諦めたように儀礼はため息を吐く。
(拓ちゃんに渡した部品がいつ起動されるか。ずっと馬車で行けば1週間以上)
 それより早ければ裏ルートがあるのは確実で、その時間によってはヒントを得られるかもしれない。
(宝石と利香ちゃんを連れて一週間も拓ちゃんが行くはずない)
 儀礼は確信を持っていた。それでは世の盗賊にどうぞ狙ってくださいというもの。


 拓が馬車に乗り込む。
 利香が窓から手を振り、御者が馬を走らせる。
 静かに見送る獅子と、大きく手を振る儀礼。
 すぐに馬車は二人に見えない所まで走り去って行った。

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