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ギレイの旅

千夜ニイ

優勝者との遭遇

「どうしてリョウ君のこと、シシって呼んでるの?」
 案内されながら儀礼は少女達に次々に質問をされる。
 オーシャンは主催者の娘だったようだ。父親と挨拶に行き、取り巻きが寄ってきてさっきのようになったらしい。
「最初に会ったとき、了ちゃんって、呼んだらバコンって殴られたんだよね。で、絵本で読んだ獅子って生き物に似てたからと、彼の苗字をとって獅子」
 にっこりと笑う少年の笑顔に少女達は思わず撫で回したくなる。


「じゃまだぞ、どけっ」
 剣術大会で負けた者だろうか、何人かの剣士が荒れた様子で町をうろついている。
 少女達はみな名の知れた者の娘らしく、そういうやからに会ったことが無い様子。
 儀礼はうまくよけて通ろうとしたが、運悪く、目に付いてしまったらしい。
「あんだぁ、女の子ひきつれて、女みてぇな顔してるくせに」
 舌が回っていないのを見ると、だいぶ酒が回っている。
「なぁ、お嬢さん方、男は顔じゃないんだぞぉ。そんな奴いざとなったら、役にも立たねぇって。冒険者やって長い俺らが言うんだから聞いときなって」
 行く手をふさぐように、囲みながら、男達の一人が言う。
「そうだぜ、こんななよっちいやつはなぁ、学者ぶってたりするが、いざ、遺跡やら、地下通路やら入ればてんで、だらしないって。震えて俺らの後ろに隠れてるだけなんだからなぁ」
 別の一人が、儀礼の肩に腕を回し、ばんばん、と叩いてくる。
「だから、俺らと飲もうって、なぁ、お嬢ちゃん」
 一人の男がオーシャンの腕を掴んだ。
「はなしてください!」
 きっぱりとした口調で言うオーシャンだが、声が小さいのは、やはりおびえているのだろう。
 儀礼が、ポケットに手を突っ込んだ時だった。
 ゴン ガン ゴン
 連続した音が小気味良く鳴り響いた。


 絡んでいた男達が、ドサドサッと地面に倒れ付してゆく。
 儀礼は、その男達の後ろにいた男に目を止めた。背は高く、黒い髪と茶色の瞳をしている。
 黒っぽい鎧に、薄茶色のフード付きのマントを羽織った男が持っているのは、木でできた片刃の剣。木刀だった。その刃には、美しい文様が描かれている。
(妙なる老刀……)
 儀礼は声に出しそうになるのを何とか飲み込んだ。
「助けていただいて、ありがとうございます」
 一瞬の出来事に、呆然としている少女達に代わり、儀礼は前へ出て、歩み去ろうする男に礼を言う。
 軽く頭を下げた儀礼に、男は身振りで気にするな、とする。
「かえって余計なことをしたんじゃないか? 必要なかったようだ」
 儀礼を見た男は、余裕のある様子に、自分で解決できるだけの力があると判断したようだ。
「いえ、眠らせようとしただけなんで……。でも、獅子に土産話ができました」
 過剰に評価を受けても困る、と儀礼は恥ずかしそうに誤解を解こうとする。
「獅子?」
 首をかしげる男。
「決勝戦であなたに負けた少年ですよ。僕の友達です。あなたに助けられたって言ったらきっと悔しがるよ」
 想像しただけで、くすくすと笑えてくる儀礼。
 今度は驚いた様子の男。
「よく俺だとわかったな。さすがに人がうるさいんで、変装したつもりなんだが……」
 苦笑する男。
 これだけの人ごみの中で、長い剣を振り回し、誰にも気付かせないほど鮮やかに標的を倒すなんて、そうそうできるものではない。
 が、それは黙っておく。下手に警戒心を持たれる相手を増やすものでは無い。
「この国で黒い髪って目立つじゃないですか」
 ドルエドは濃淡はあっても、茶色の髪が一般的だ。
「お前の色のが目立つと思うが?」
 笑って言う男に金髪の儀礼は苦笑で返す。


 ほうけていた少女達が、正気にもどり始め、男に礼を言う。男は顔をみられそうになり、目深くフードをかぶりなおしている。
「じゃ、俺はこれで」
 片手を上げ、立ち去ろうとする男に、儀礼はもう一度礼を言う。
「どうもありがとうございました。あ、それと、そんなものあんまり、抜き身で振り回さないでくださいよ」
 抜き身、もなにも木刀なのだが……。
 気付いているのかいないのか、軽い調子で言う儀礼。
 その瞬間に、周りの者に気付かれない程度で、男の視線が変わった。注意深く、儀礼を観察するように。
 しかし、それも気付いていないふりをしているのか、本当に気付いていないのか、儀礼は微笑んだまま不思議そうにしている。
「面白いことを言うな……。俺の名はウォール。ウォール・カシュリー」
 低い声で男が言う。
「知ってますよ、優勝者じゃないですか。僕の名はギレイです。ギレイ・マドイ」
「また会おう」
 どこか含みのある声で言い、男――ウォールは人ごみに姿を消していった。


 少女達に連れられて、女性客の多めな喫茶店に入った儀礼。そこで、軽く食事をとりながら、女性達の話に付き合わされる。
 儀礼が勧められて食べているのは町の名物ストーフィム団子。半透明に透き通るカラフルな団子はとても綺麗だった。そのうえ美味い。
 もちもちとした食感に自然な甘味で無理せずに食べられる。
「儀礼君は普段、何してるの?」
「旅ってどう? 寂しくない?」
「ねぇねぇ、どんな子が好み?」
 次々と変わる話と、質問のテンポに儀礼は可能な限りで答えてゆく。
 話しをするのは、嫌いじゃないし、それほど深く聞かれなければ質問されるのもかわすのも、慣れたものだ。
 ただ疑問なのは……。
(どうしてあんなに甘いものばかり食べられるんだろう……)
 ケーキやクッキーを食べながら、紅茶やコーヒーにも砂糖を入れている。
 ほんの少し、テーブルから顔を背けていた時だった。
「ねぇ、知ってる、儀礼君? 町のはずれの遺跡。毎年、剣術大会の上位者に探索許可があるんだけど、今年は1位、2位が他の町の人だったじゃない? だから中止になるかもって言われてるのよ。あの遺跡から出てくる石、毎年楽しみにしてたのに!」
「遺跡……?」
 儀礼の視線が鋭くなる。
 聞き返された少女は突然の変貌に頬を赤く染めた。
「う、うん」
「そうだ、儀礼君、リョウ君に頼んでみてくれない?」
「うん、早速聞いてみるよ」
 伝票を持って、席を立った儀礼に、オーシャンが慌てて引き止めようとする。
「悪いわ、私達が誘ったのに、うちはお金だけはあるんだから、気にしないで」
 そういう、オーシャンに儀礼は笑って言う。
「いいよ、獅子の賞金にたかっておくから」
 にっこりとした極上スマイルに、少女達が熱を上げたことに、儀礼は多分、一生気付かない。

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