ギレイの旅

千夜ニイ

剣術大会3

 一回戦、キサとティルは試合を終え、無事勝利していた。今、100番の男が勝利して、舞台を降りる。
 同じ舞台で、次は獅子の試合だ。


「頑張れよ〜」


 遠い観客席から、届きもしない声で儀礼は応援する。相手はCランク。応援しなくても勝てるだろう。
 その時。


「了様ーぁっ! 頑張ってーっ!!」


 聞いたことのある声の、喉が裂けんばかりの応援。
 儀礼は耳を疑う。ありえないと思いつつ、目を見開いて儀礼は辺りを見回す。
 いた。
 いるはずのない少女が、観客席の中央で叫び声をあげている。


「利香ちゃん? なんでっ」


 儀礼は慌てて近くへ駆け寄る。


「あ、儀礼君。元気?」


 村にいる時とまるで変わらない笑顔で利香が言う。


「どうしてここに?」


 驚いたまま瞬きもできずにいる儀礼。


「了様ならきっとこの大会に出ると思って追いかけてきたの」


 にっこりと本当に嬉しそうに笑う利香は花の綻ぶように愛らしい。
 儀礼は思わず抱きしめそうになり、じりじりと肌を焦がす感覚に硬直する。
 周りを探ってみれば、少し離れた席に不自然にローブを頭から被った怪しげな男。


「ははは……」


(拓ちゃんもいるのか)


 儀礼は頰をひきつらせる。
 舞台に目を移せば獅子も利香の姿に気付いたらしく、剣を大きく振っている。
 獅子の対戦相手が何かを叫び、憤慨しているのが見て取れた。
 試合はすでに始まっているのだ。


 走りこんできた相手の剣を剣で受け止め、獅子は力いっぱいはじき返す。力負けしたことに驚いている相手を、追撃で場外へ落とす。
 獅子の勝ちが決まった。


「了様ーぁ!」


 利香の黄色い声が響いた。


 二回戦、三回戦と獅子は勝ち進む。キサとティルも難なく残っていた。
 100番の男は仲間と当たり、均衡した力だったのか、判定でようやく勝ちを決めていた。
 獅子が強いと言った、ウォールという男も、目立った所を見せないまま勝ち進んでいる。


「実力が見えないね」


 儀礼の言葉にお茶を飲みながら獅子がうなずく。誰の、とも言わずに通じた所を見れば獅子も気にしているようだ。
 四回戦までの間に舞台の広さを変えるため、短い休憩があった。儀礼は利香を連れて、獅子たちのいる控え室へと来ていた。
 拓は利香に見つからないようにしているらしく、部屋の外で待機している。


「了様なら絶対優勝できるわ!」


 獅子の袖を握り利香が信じきった瞳で見つめる。


「お、おう。ありがとな」


 にっと笑う獅子に利香は真っ赤な顔になる。そんな利香の頭を獅子がなでる。


「僕、飲み物買ってくる」


 儀礼が部屋を出れば、キサやティルまでもが控え室を後にする。


「なに、あれ。可愛い!」


 キサが笑いながら控え室の中を覗く。


「初々しいなぁ、俺にもあんな時代があったよー」


 懐かしむように首を振っているティル。
 儀礼には見慣れた光景なので、特に用はない。
 あるのは、不審者のごとく身を隠している青年の方だ。
 儀礼は迷わず青年のフードを引き剥がす。


「何やってんの、拓ちゃん。何で利香ちゃんがこんな所にいるんだよっ」


 大勢の人が集まるだけに物騒にもなる。綺麗な容姿の上に戦うことのできない利香が一人でいるなんて、攫ってくださいと言ってるようなものだ。


「ちゃん付けで呼ぶな」


 ゲシッ、と拓は儀礼の足を蹴る。


「イテッ。何すんだよ」


 儀礼が睨むがそんなもの効果はない、と言わんばかりに拓はへらへらと笑っている。


「俺が付いてんだろ。お前が了を連れて行くからこんなことになったんだろうが」


 今度は拓が怒り、その怒気が儀礼を硬直させる。


「了が出てってから利香は泣きっぱなしなんだぞ。お前、利香を泣かせやがって」


 拓が儀礼の胸倉を掴む。
 怒りが肌を焼く感覚が恐ろしく、儀礼は動くこともできない。


「どうした、大丈夫か?」


 通りかかった男が儀礼を見て心配したように声をかける。黒髪で、拓よりも背が高い。
 チッと舌打ちし、拓の怒気が消える。


「大丈夫です。知り合いですから。ありがとうございます」


 儀礼は通りすがりの男に嬉しさのあまり感謝の笑みを向ける。


「何でもないならいいんだ」


 男は安心したように去って行く。向かう先は会場なので、参加者だろう。


「どうやってここまで来たんだよ」


 儀礼はいろいろ事情があり、できる限り車を飛ばして進んできたのだ。馬車を走らせ続けても追い着けるはずがない。


「そんなこと教えるわけないだろ。ああそうだ、お前のガラクタ置き場から車のラジコンとかいうの知り合いに売ったから」


 儀礼は頭を抱える。この男の思考の構造がわからない。


「人の物を勝手に売るなっ!」


「村にあるものは俺の物だ」


 当たり前のように言う領主の息子。


「なんて横暴な」


 儀礼が拳を握る。


「誰のおかげでお前の、規格外の、手作り車体が、公道走れると思ってんだよ」


 偉そうに言う拓。


「う……」


 それを言われると儀礼は弱い。
 儀礼があの車を大手を振って乗り回しているのは確かに、拓が手回しをしたおかげだった。


「ガラクタがどうしたって?」


 拓は睨むように儀礼に突っかかる。


「何でも、ない、よ」


 儀礼には、視線を外してそう言うしかなかった。

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