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ギレイの旅

千夜ニイ

剣術大会1

「早かったねぇ。三十分しかたってないよ」


 くすくすと笑いながら、先ほども話しかけてきた女性が近付いてくる。


「メッセージ送るだけですから」


 口を尖らせて儀礼が答える。


「あんたたちも行くんでしょ? ストーフィム」


 剣術大会のチラシを見せながら女性は獅子の方を向く。


「ああ、それか。どうする?」


 獅子は儀礼に問いかけるが、その顔は嬉しそうに笑っている。


「出たいんだろ。行こうよ。僕は出ないけどね」


 うんうん、と獅子がうなずく。


「どうせ行くなら一緒に行かない? 迷子チラシ見たけど、車なんでしょ。乗せてくれないかな?」


「迷子じゃないですって。いいですよ、お姉さんも出るんですね」


 儀礼が眼鏡をはずしてにこりと笑えば、女性は驚いたように目を見張る。


「男の子よ、ね? 可愛いいいぃ。私はキサ、よろしくね、迷子くん」


「ギレイです……」


 出された手を握り返しながらも、儀礼の目に薄っすらと涙が浮かんだ。


 八人乗りの馬車に御者を含めて七人が乗り、後ろに続く儀礼の車にはいつも通りに儀礼と獅子。後ろの席にキサ。
 何故か車の屋根の上に身軽な男が一人。


「落ちても知りませんよ!」


 窓から頭を出して儀礼は言ったが、


「俺、ティル。一度車ってやつに乗ってみたかったんだっ」


 ティルと名乗った男は気にせずに飛び乗ったのだ。


「乗ってみたいの意味が違う」


 儀礼は額に手を当てため息をもらす。


「もし落ちそうになったら、ちゃんとこいつでつかまるから」


 ジャキン、っと男は手の甲に金属のかぎ爪を出す。
「愛華に穴を開けるつもり!? 絶っ対やめてくださいっ!」


 儀礼が顔色を変えて止める。


「アイカ?」


 キサが首を傾げる。


「この車のこと」


 バンバン、と獅子が車を叩いて示す。


「こいつ車に名前付けてんだ。変な奴だろ」


 ひひひ、と獅子が笑った。


「変で悪かったね! 僕が部品から組み立てたんだから、大事にして当たり前だろ」


 前の馬車が出発したので、儀礼は少し乱暴に車を発進させる。
 屋根の上で落ちそうになったティルがおっとぉ、と声を上げた。


 途中で二回ほど休憩しながら走り、夜にはストーフィムの町に着いた。
 宿で一泊し、いよいよ剣術大会の当日となった。


「ありがとうございました。僕たちまで一緒に宿に泊めていただいて」


 儀礼がギルドから連れ立ってきたメンバーに礼を言う。


「いいのよ。私たち毎年出るから大部屋を予約してあるの」


 キサがにこやかに言う。


「そうそう。俺はこの町の出身だから、盛り上げるために毎年人を集めるんだ」


 人で賑わう町を見てティルが楽しそうに話す。


「あの人ごみの先が剣術大会の会場さ。もう受付は始まってるから申し込みに行こうぜ」


 目の前の道には多くの露店がならび、細い道は人で埋め尽くされている。
 その先にある広い壁で囲まれた場所がおそらく会場。


「行くだけで時間かかりそうだ」


 儀礼が言えば、ティルがにやりと笑う。


「それは俺に任せとけ」


 言うが早いか、するりと道横の塀に飛び乗る。


「これ、近道。ついて来い」


 人ごみ何のその。まるで猫のように駆けてゆく。


「おう」


 ためらうことなく塀に飛び乗り、獅子がその後に続く。


「近『道』って言うか。ねぇ、あれって相当目立つよね」


 さっさと行ってしまう二人を指差し儀礼は呟く。


「そうねぇ。でも速いのは確かでしょ」


 そう言うとひょい、とキサも塀によじ登る。


「もしかして登れない?」


 塀の上からキサが儀礼に手を伸ばす。


「いえ、人の目ってやつを気にするだけです」


 ふぅ、とため息をついて儀礼は塀によじ登る。


「じゃ、行こっか。ため息ついてるといいこと逃げちゃうよ」


 すたすたと先に行った二人を追いかけるキサ。


「そうですね。気をつけます」


 色つきの眼鏡を深くかけなおし、儀礼はその後に続いた。


「遅いぞお前ら。ほら、申し込み済んだからライセンス返す。これが参加番号だ」


 先に会場に向かったメンバーが獅子達にライセンスと数字の入ったワッペンを渡す。


「つっかれたぁ」


 儀礼はひざに手をつき肩で息をしている。チャンスと見た売り子が氷の入った飲み物を持って来た。儀礼は素直にそれを買う。
 ちなみに他の三人は涼しい顔だ。


「ギレイは本当に出ないの?」


 キサが儀礼に聞く。


「僕に出て何をしろと? 見せもの?」


 荒い息を整えつつ涙目で訴える。
 儀礼の実力では一回戦で負けるのが分かっている。冒険者登録の二の舞だ。


「ええ~、応援するのにぃ」


 キサが残念そうに言った。


「俺は109か。ティルは108で、キサは107?」


 獅子がワッペンの数字を見て言う。


「俺は100だぞう」


 ワッペンを渡した男が得意げに自分の番号を見せる。


「えっ、この時間に来てその番号? 今年の参加者少ないのか?」


 少しがっかりしたような顔でティルが言う。


「ああ、そう言えば受付の連中がそんなこと言ってたな。ティルの名前見て安心してたぞ。町の他のやつはほとんど出ないんだと」


「ええっ。なんで、どうして!?」


 まるでその男が悪いかのようにティルが100番の男の頭を揺する。


「ほら、ニュースであったろ。近くの町でSランクになった奴が出たって。その護衛として管理居ランクAの奴を集めてるんだってよ」


 ごほっ、ごほっ、げほっ。儀礼が飲んでいたジュースでむせる。


「す、すみません。ここまで走ってきたからむせて」


 会場に着いたときの儀礼はすでに息が上がっていたので、男達は気にせずに話を続ける。


「そんなぁ。管理局ランクAって、優勝候補ほとんどじゃないのか? ストーフィムの大会でストーフィムの人間が優勝しないでどうすんだぁ!」


 ティルが叫ぶ。


「くっっそ、Sランクのやつめ。偉そうに。こうなったら俺が優勝してやるっ」


 ティルが拳を握る。


「えっと、頑張ってください」


 ようやく咳の治まった儀礼はひきつった笑みで応援するのだった。

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