ギレイの旅
【閑話】転移陣
拓が利香の部屋を出て行った後、利香は自分のお茶を入れようと部屋を出る。
なんとなく剣術大会のチラシも持ったまま来てしまった。
ストーフィム。きれいな町だったな、利香はと思い出す。
幼い頃に一度だけ行った事がある町。お祭り騒ぎでたくさんの店が並んでいた。
厳格な父が、珍しいことに露店できれいなお団子を買ってくれて、拓と利香は喜んで食べた。
きらきらと綺麗な思い出がたくさん記憶に現れて。
「確かあの時初めて転移陣に入れてもらってーー」
利香は胸を抑える。とびっきりのわくわくがその中にあって、幼い利香の心はあの時、魔法の力に歓喜していた。
(転移陣っ!)
突然思い至って、利香はチラシを読み返す。
ストーフィムの町。大会の日付は二日後。ここから馬車で行ったなら一週間はかかる距離。
利香は部屋に引き返し、荷物をまとめ始めた。
玉城の家はシエンの領主だ。
シエンは、人口五百人余り、周りの山々を含めても小さな集落。
夜通し歩けばぐるりと一周回れてしまう。それだけが玉城の領地。
歴史書が正しいなら、玉城はシエン王家の末裔でドルエド王族の血も入っている。
そして、玉城がただの村長ではなく領主であることに、大きな意味があった。
各領主の屋敷には転移陣というものがある。白っぽい円の中に文様の描かれた陣で国中の要所と繋がっている。
村の者たちは知らない。代々玉城の家系にだけ伝えられてきた。
魔法文明の発達していないドルエド国では貴重であり、高価な代物。
陣自体に魔法が込められているため操作者に魔力は必要ない。
ただ、特別な詠唱をするだけ。
広い広い玉城の屋敷の、普段誰も近寄らない地下の一室から光が溢れて、消えた。
利香が着いたのは人気のない広い庭。一度来たことがあるからわかる。
この庭を出て、すぐに大通りがあるから、そこでストーフィムに行く馬車に乗ればいい。
馬車に乗って四時間ほどで着くはずだった。
利香は荷物の重さも忘れて走り出した。
利香の出て行った直後、再び転移陣が光り輝く。
現れたのは剣を腰に携えた拓。
「いらっしゃーい」
拓の前には木陰から現れた笑みを浮かべた少年。十二、三歳位だろうか。
茶色の髪、茶色の瞳のドルエド人。纏った衣服から身分の高さがうかがえる。
「これ、頼まれてた品だ。手に入れるのに結構かかったぞ」
ラジコンと呼ばれるドルエドでは作られていないおもちゃ。
離れた場所からリモコンというもので操縦できる。これはタイヤの大きな車の形だ。
「ありがとう、拓。お父さんは無理だって言うから諦めてたんだ。いったい、いつもどういう手段を使ってるの?」
興味津々で身を乗りだす少年に拓は秘密だ、とごまかす。儀礼の倉庫(ガラクタ置き場)を漁ったとは言えまい。
「馬は借りれるか?」
「言われたとおり手配しておいたよ」
少し歩いて木の陰から少年が手綱の付いた馬を連れてくる。
「悪いな、急に頼んで」
馬の顔をなでながら拓が言う。優しそうな顔をした馬が問うように拓を見ている。
「よろしくな」
拓が言えばぶるると馬は口を震わせる。まるで返事をしたようだ。
「いいって君にはいつも世話になってるからね」
少年は嬉しそうに笑う。
「御者にもお金渡して無事にストーフィムまで運ぶように言っといたから利香さんは大丈夫だと思うよ」
目を細めて言う少年に、拓はぐしゃぐしゃと頭を回すように乱暴になでた。
「気は利いてるが、子供のうちからそんなことばっか考えてるなよ?」
照れたような、怒ったような複雑な表情で少年は拓を見上げる。
「そういえば、姉が君に会いたがってるんだけど」
少年は屋敷の二階の窓で、「早く、しっかり」と身振りで促す少女に目をやる。
平凡な顔の少年と違い、姉は身内の目から見ても美少女と言える容姿をしている。
しかし、ここでうまくやらなければ少年はきっと後で、姉にひどい目に合わされる。
せっかく手に入れたおもちゃを父親に言いつけて取り上げられてしまうかもしれない。
「悪いな、急いでるんだ。また今度の機会にな」
ひらりと馬に乗ってから、拓は少年の手に刺繍の綺麗な布を落とす。市場に出れば高価な品だ。
「今回の手数料代わりだ」
それだけ言って、拓は馬を走らせて行ってしまった。
帰りの手伝いは言われていない。急ぎでないなら別ルートで帰るつもりなのだろう。
「相変わらず、かわすのがうまいなぁ」
はぁ。と息を吐き、苦笑する少年。
渡された布を眺め、贈り物としてこれで姉の気が治まるのを願うばかりだった。
なんとなく剣術大会のチラシも持ったまま来てしまった。
ストーフィム。きれいな町だったな、利香はと思い出す。
幼い頃に一度だけ行った事がある町。お祭り騒ぎでたくさんの店が並んでいた。
厳格な父が、珍しいことに露店できれいなお団子を買ってくれて、拓と利香は喜んで食べた。
きらきらと綺麗な思い出がたくさん記憶に現れて。
「確かあの時初めて転移陣に入れてもらってーー」
利香は胸を抑える。とびっきりのわくわくがその中にあって、幼い利香の心はあの時、魔法の力に歓喜していた。
(転移陣っ!)
突然思い至って、利香はチラシを読み返す。
ストーフィムの町。大会の日付は二日後。ここから馬車で行ったなら一週間はかかる距離。
利香は部屋に引き返し、荷物をまとめ始めた。
玉城の家はシエンの領主だ。
シエンは、人口五百人余り、周りの山々を含めても小さな集落。
夜通し歩けばぐるりと一周回れてしまう。それだけが玉城の領地。
歴史書が正しいなら、玉城はシエン王家の末裔でドルエド王族の血も入っている。
そして、玉城がただの村長ではなく領主であることに、大きな意味があった。
各領主の屋敷には転移陣というものがある。白っぽい円の中に文様の描かれた陣で国中の要所と繋がっている。
村の者たちは知らない。代々玉城の家系にだけ伝えられてきた。
魔法文明の発達していないドルエド国では貴重であり、高価な代物。
陣自体に魔法が込められているため操作者に魔力は必要ない。
ただ、特別な詠唱をするだけ。
広い広い玉城の屋敷の、普段誰も近寄らない地下の一室から光が溢れて、消えた。
利香が着いたのは人気のない広い庭。一度来たことがあるからわかる。
この庭を出て、すぐに大通りがあるから、そこでストーフィムに行く馬車に乗ればいい。
馬車に乗って四時間ほどで着くはずだった。
利香は荷物の重さも忘れて走り出した。
利香の出て行った直後、再び転移陣が光り輝く。
現れたのは剣を腰に携えた拓。
「いらっしゃーい」
拓の前には木陰から現れた笑みを浮かべた少年。十二、三歳位だろうか。
茶色の髪、茶色の瞳のドルエド人。纏った衣服から身分の高さがうかがえる。
「これ、頼まれてた品だ。手に入れるのに結構かかったぞ」
ラジコンと呼ばれるドルエドでは作られていないおもちゃ。
離れた場所からリモコンというもので操縦できる。これはタイヤの大きな車の形だ。
「ありがとう、拓。お父さんは無理だって言うから諦めてたんだ。いったい、いつもどういう手段を使ってるの?」
興味津々で身を乗りだす少年に拓は秘密だ、とごまかす。儀礼の倉庫(ガラクタ置き場)を漁ったとは言えまい。
「馬は借りれるか?」
「言われたとおり手配しておいたよ」
少し歩いて木の陰から少年が手綱の付いた馬を連れてくる。
「悪いな、急に頼んで」
馬の顔をなでながら拓が言う。優しそうな顔をした馬が問うように拓を見ている。
「よろしくな」
拓が言えばぶるると馬は口を震わせる。まるで返事をしたようだ。
「いいって君にはいつも世話になってるからね」
少年は嬉しそうに笑う。
「御者にもお金渡して無事にストーフィムまで運ぶように言っといたから利香さんは大丈夫だと思うよ」
目を細めて言う少年に、拓はぐしゃぐしゃと頭を回すように乱暴になでた。
「気は利いてるが、子供のうちからそんなことばっか考えてるなよ?」
照れたような、怒ったような複雑な表情で少年は拓を見上げる。
「そういえば、姉が君に会いたがってるんだけど」
少年は屋敷の二階の窓で、「早く、しっかり」と身振りで促す少女に目をやる。
平凡な顔の少年と違い、姉は身内の目から見ても美少女と言える容姿をしている。
しかし、ここでうまくやらなければ少年はきっと後で、姉にひどい目に合わされる。
せっかく手に入れたおもちゃを父親に言いつけて取り上げられてしまうかもしれない。
「悪いな、急いでるんだ。また今度の機会にな」
ひらりと馬に乗ってから、拓は少年の手に刺繍の綺麗な布を落とす。市場に出れば高価な品だ。
「今回の手数料代わりだ」
それだけ言って、拓は馬を走らせて行ってしまった。
帰りの手伝いは言われていない。急ぎでないなら別ルートで帰るつもりなのだろう。
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