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ギレイの旅

千夜ニイ

【閑話】エリの依頼

 利香の部屋を出た拓は学校へ向かっていた。
 学校は春休みの期間だが、教師であるエリなどは来年度のために色々と仕事をしているはずだった。


「エリさんいます?」


 拓が職員室を覗けばエリが一人で大量のプリントを用意している。


「拓くん、どうしたの?」


 一昨年、卒業していった生徒をにこやかな笑顔で迎えるエリ。


「町に行ったお土産です。礼一さんとマクロ先生は?」


 拓は容姿に見合う好青年らしい爽やかな笑みを浮かべて、エリに桜餅の包みを渡すと、当たり前のように近くの椅子に腰を下ろした。


「今、お茶を淹れるから待ってね。礼一は資料室の整理してるわ。マクロ先生は自宅でお休み」


 エリは備え付けのコンロへ向かい、やかんを火にかける。


「のど乾いてたんです、助かります」


 嬉しそうに笑って拓はエリの作業していたプリントに目を向ける。


「新しい学習資料ですか? 懐かしいなぁ」


 低学年向けのそれを見て拓は頬を緩める。すべてのプリントが生徒一人一人に合わせて作られている。
 三学年分の生徒を一人で見るという学校の状態で、よくこれだけやってくれると拓は改めて思う。


 もちろん、エリの夫、儀礼の父である礼一も、同じように手をかけて生徒を見てくれている教師だ。
 あと一人、町から通っている年老いた教師。その三人がこの学校の全職員。
 エリと礼一が教師になるまではシエン村に学校がなかったというからその働きに感謝するばかりだ。


「儀礼から何か連絡はありましたか?」


 拓が聞けばエリは少し寂しそうな表情で首を横に振る。


「儀礼のことなら心配ないってわかってるんだけど。わかってても、元気にしてるか考えちゃうのよね。それに」


 ふう、とエリは大きく息を吐く。


「儀礼が手伝ってくれないと時間かかっちゃって。あの子こういう作業得意だったから」


 うふふ、とエリは笑ってプリントの山に手をかける。
 小さな頃から教室で育った儀礼は、家の手伝いのごとくそれらをこなしていた。当時、小学生の分際で、拓たち中学生のワークブック作成を手伝ったとか全部やったとかそんな噂があった。


「俺でよければ手伝いますよ」


 そう言って、コピーされたプリントを一人分ずつ、名前を合わせて綴じていく。


「拓君もすっかり慣れちゃったわね。領主様の息子さんなのに」


 エリはそんな拓を見て微笑む。


「町のギルドに儀礼の捜索の依頼出してきましたから、すぐに連絡が来ますよ。俺も了を探すので別ルートにも当たってみます」


 話しながらも二人分を綴じ終え、三人目に取り掛かる拓。


「ありがとう。拓君にまで心配させて本当にいくつになってもしょうがない子達ね」


 くすくすとエリが笑った。


「でも何で俺の名前で捜索依頼なんですか? 俺はいいですけど、エリさんか礼一さんの名前でするのが普通でしょう」


 作業したまま聞けば、エリが困ったように一瞬視線をそらし、拓に戻した。礼一が戻ってこないかを確認したらしい。


「礼一が、いつまでも子供じゃないから儀礼のことは大丈夫って。私でも礼一でも名前を出したら礼一にばれちゃうでしょう」


 照れたように頬に両手を添えるエリ。
 シエンでも、ドルエドでも珍しいエリの綺麗な金の髪。精霊の姿を映すという美しい青い瞳。
 きっと、世界中を探しても、そういないであろう整った顔立ち。
 なぜ、こんな田舎のシエンに、しかもただの一平民の礼一のもとに嫁いできたのか。


(もったいない)


 と、拓は思うが、敵わないと思える要素もある。


「ギルドに入った依頼、礼一さんなら全部把握してるんじゃないですか?」


 田舎の、ただの教師とは思えない知識量を持ち、あの儀礼の育った環境を生んだ親だ。
 エリの拗ねたような表情を見て年上とは思えぬ可愛らしさに拓は笑う。


「もし、了と儀礼に連絡取れたら、ビシッと言っときますから、任せてください」


「ありがとう」


 拓の言葉にエリが微笑む。
 お湯が沸き、エリはお茶を淹れに離れる。


「拓君もいいから一緒にお茶しましょう」


「はい」


 素直にテーブルにつく拓。
 エリはポットに茶の葉とお湯を入れると礼一を呼びに一度職員室を出た。


「ったく。エリさんに心配かけるなんて。会うのが楽しみだよ儀礼」


 椅子の上で足を組み、拓が声を出さずに笑う。
 きっと、見る人が見たならば、その背後にどす黒いオーラが漂っていると気付いたことだろう。

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