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ギレイの旅

千夜ニイ

冒険者登録3

 なんとかすんでで殴り飛ばすのは思いとどまった獅子だが、敏い儀礼は気付いたらしい。
 嫌だ嫌だ、とスプーンをこばむようにしていた儀礼の頭が固まった。


「おう、坊主。無事終わったみたいだな。九人のしたんだって?」


 獅子の方を向き、楽しそうに唇を曲げてイシーリァが言った。
 言いながらも、膝の上の儀礼の髪は撫でたままだ。


「たいした奴らじゃなかったし。あんたの取り巻きだったら無理だったかもな。儀礼に食らわせたそうじゃねぇか」


 嫌味っぽくなったかと思う獅子だが、言われたイシーリァに気にした様子はない。


「悪かったね、あいつらも加減忘れるような奴らじゃないんだけど。ま、しっかり言い聞かせておいたから二度とさせないよ」


『言い聞かせ』程度ではなかったようだが、その武人としての女冒険者の顔とはかけ離れた、儀礼の顔を撫でるしぐさと、慈愛溢れる表情にとまどう獅子。


「儀礼さん、お薬飲まないと治療ができません。苦くないですから、ほら、あーんして」


 声に反応して獅子がウィンリードを見ると、困ったような顔で儀礼の口にスプーンを押し付けている。
 儀礼はというと、やはり嫌だ、というように口を固く結んで首を振っている。
 その頭はすでにイシーリァに抑えられているためほとんど動いてはいないが。
 そこで獅子は儀礼の目がほとんど焦点を合わせていないのに気付いた。
 どうやら、かなり熱が上がってきたらしい。


(まずいな)
 ガリガリと頭をかいて獅子は思う。何がまずいかと言うと、体調の悪い時の儀礼だ。
 熱に浮かされるように、『寂しがりや』になる。しかも、たちが悪い。
 たいていの人は、その誘惑にとち狂う。そして、熱が治った時の儀礼本人に記憶はない。


「その薬飲ませればいいんですか?」


 獅子は早々にここから連れ出そうと治療を手伝うことにした。


「はい。治療は私が魔法でできるんですけど、この薬飲んだ方が治りが早いんです」


「だってよ、儀礼。薬飲め」


 ウィンリードからスプーンを奪い、獅子は無理やり儀礼の口をこじ開けようとするが、嫌がるそぶりと、涙の溜まった瞳に拒まれる。
 世に言うところの母性本能をくすぐられる、と言うやつだろうか。
 幼な子のような愛らしい顔立ち、寂しそうな顔、ひっしに相手の服を握り締める姿。


「一人にしないで」


 遠慮がちに切望する言葉。
 それを、無視できる者はなかなかいない。男女にかかわらずだ。


 儀礼の場合、その反応が小さな子供の頃からまるきり変わっていないところが問題だと獅子は思う。


「あんまりいやがってると、口移しでむりやり飲ませちまうよ?」


 笑うようにイシーリァが言う。


(その発言は問題あるだろ!)


 獅子の顔がひきつる。
 それでも儀礼は首を振った。


「だって、その薬、痛みはなくなるけど、強制的に眠らせるんだもん。寝てる間に魔法使うって、何されるか、わからないじゃないか。やだぁ」


 泣きそうな声でゆっくりとだが、言い切る儀礼。
 ウィンリードが驚いた顔をした。


「この子の親は医師か何かですか? 薬瓶見ただけで薬の中身が分かるなんて」
 言いながら、ウィンリードは一度儀礼に向けた目を堪えきれずにそらした。
 確かに、それは直視していると譲ってしまいそうになる威力があった。


「いや、両方教師だよ。儀礼は自分で薬品の研究とかしてるから知ってるんだろ。で、眠らせればいいのか?」


 どさどさ、と荷物を置きながら聞いた獅子にウィンリードはうなずく。


「はい。魔法で治療する際、痛みのために動いてしまうとやりにくいので」


 どうやら、ウィンリードは魔法使いらしい。


「わかった」


 軽く言うと獅子は横たわる儀礼に近づき、その首元を強打した。
 カクン
 儀礼はぐったりと瞳を閉じた。


「えぇ、ちょっと無茶じゃないのかい! 怪我人相手に」


 さすがに驚いた様子のイシーリァ。


「ちょうど殺意がーーいや、これくらいでくたばるやつじゃねぇよ」


 視線をどこかへ泳がせてから獅子は言った。
 気絶した儀礼を、獅子は軽々と背負う。
 色々と仕込まれた白衣を着ていなければ儀礼にたいした重さはない。
 隣の部屋に作られた儀式陣の中に儀礼を運び込むと、ウィンリードが治療を開始した。


 治療は時間もかからず終わり、儀礼はそれからすぐに目を覚ました。
 そして。


「え~と、ここは?」


 きょろきょろと辺りを見回し、不思議そうに首を傾げる儀礼。


「治療は完璧なはずなんですが」


 その様子を見て不安そうにウィンリードは言う。


「あんたが、頭打ったからじゃないのか?」


 獅子を突きイシーリァが咎める。


「どこまで覚えてる?」


 とりあえず、冷静に聞いてみる事にした獅子。


「んーと、ギルドで冒険者登録の試験受けてたよね。確か全部終わったはずなんだけど、結果は?」


 ぼけていたわけではなく、単純に熱が出てからの記憶がない、儀礼のいつもの状態のようだ、と獅子は判断した。


「総合Eだな」


 冒険者ライセンスの一番低い判定だが、気にした様子もなく儀礼はうなずく。


「そうだろうね。ほとんどの人がEランクから始まるし」


「俺はDだった」


 獅子が言った瞬間に儀礼が目を見開く。


「いや、たしかに人類外の……でも……」


 それから儀礼は獅子から目を逸らし、ぶつぶつと何ごとかを呟いている。


「え~と、さすが!」


 何かを納得したらしい儀礼が腕を上げ、獅子に掌を見せる。


「おう」


 パシン
 獅子はその手を叩いた。互いに視線の合った先から思わず笑みが零れる。


「それじゃ、登録も終わったし、先に進もうか」


 儀礼が医務室のドアに向かって歩きだす。


「え、でも。まださっきまでひどい怪我だったんですから、休んでいた方がいいですよ」


 心配そうに儀礼の腕を掴み引き止めるウィンリード。


「そうだぞ。だいたい、動けないからつきそってくれって、泣いて頼んだのはあんたじゃないか。あたしだって仕事があるのに」


 にやにやと笑いながら儀礼の顔を覗き込むイシーリァ。おそらくその光景でも思い出したのだろう。
 その言動に覚えのない儀礼は困ったように獅子に視線を送る。


「無茶したのが悪いんだな。怪我した時点で治療受けてりゃ良かったのに」


 獅子は儀礼を見捨て一人、先に医務室を出て行く。かすかな怒気に儀礼は体を硬くする。


(怒ってる~ぅ)


 痛いのを我慢したからいけなかったんだろうか、と儀礼は悩む。
 しかし、相手もわざと傷つけようとした様子ではなく、むしろいきなり攻撃してしまった自分自身に驚いているようだった。
 そこで儀礼が治療を受けると、試験が長引いてしまうし、動けないほどでなかったので後回しにしたのだ。
 腹部にしまっていたノート型パソコンはおしゃかになってしまったが。どこにしまっているんだ、というつっこみはなしだ。


 回想兼現実逃避をしている場合ではないようだった。儀礼は現在の状況に困惑する。


(なんでだろう。カウンター席でほんの少し話しただけのイシーリァさんと、案内と治療もしてくれたと言うウィンリードさんが、やたらと近くにいるのは)


 試験中に調子が悪くなりはじめ、倉庫から脱出した後あたりに視界が暗くなったところまでは儀礼は覚えている。


(でもその後は気付けばここにいたし)


 時間的にも一時間程度のはずだった。


(そんな短時間で、何か仲良くなることがありました??)


 儀礼の頭の中にははてなマークが飛び交う。


「あの、もう獅子行っちゃったんで、僕も行きますね。お世話になって、本当にありがとうございました!」


 深く頭を下げる儀礼。
 その頭を名残惜しげに撫でるウィンリードと子供のように扱われて戸惑う儀礼。
 さらに、イシーリァは儀礼の頬に両手を伸ばす。


「気をつけるんだよ。なんか嫌なことがあったらいつでもあたしに言いな。この辺りじゃ結構顔が利くんだから。あいつらだってーーああ、さっきのむさくるしい奴らだけどね、言えばいくらでも動かせるから」


「ええ、はい、ありがとうございます」


 ぎこちなく返しながら、儀礼は戸惑いの上に戸惑いを重ねる。なぜ儀礼はよく知らぬ年上の女性に頬をなでられているのか。しかも、異性に対しての態度ではなく、どちらかというと母性のように感じられる。


 何がどう気に入られたのかはわからないが、嫌われるよりはいいだろう。と、儀礼は自分を納得させた。


「それじゃ、本当に急がないといけないんで、いろいろとありがとうございました。また近くに来ることがあったら寄りますね」


 なかなか手を離そうとしない二人からひょい、と後退して儀礼は距離を作る。
 もう一度深く頭を下げてから、感謝を込めてにっこりと笑った。
 まだ旅は始まったばかりで、不安はたくさんあるけど、こうして儀礼達に良くしてくれる人がいる。


(それはきっと嬉しい事だ)


 二人の女性はなぜか頬をピンク色にして照れているようだ。


(今のうちだ)


 理由は分からないが、二人が油断している今がチャンスである。儀礼はすばやく医務室から出て行った。


「お前、本当に覚えてないのか?」


 医務室から遅れて出てきた儀礼に獅子が聞く。


 獅子はいつも不思議だった。記憶力のいい儀礼が何故自分の行動を覚えていないのか。


(なんか、都合の悪いことだけ忘れてる気もするんだよな)


 獅子は眉間にしわを寄せて儀礼を見る。


「わかんないよ。なんの話?」


 儀礼は困ったように首を捻っている。


「イシーリァさんに膝枕されて、ウィンリードさんにあーん、て薬飲ませてもらってたぜ」


 車に向かって歩きながら、獅子は返答を確かめるように儀礼の顔を覗きこむ。


「なに……それ!?」


 儀礼は顔を青くして驚いている。


 (そりゃぁ、そうか)


 自分の記憶のないうちに他人に迷惑をかけていたと知れば顔も蒼くなるだろう。


「それから、イシーリァさんが口移しで薬を」


「はぁぁぁ?!!」


 獅子が言い終える前に儀礼が顔を真っ赤にして悲鳴のような声を上げる。


「するまえに止めたけどな。ほんとに記憶ないんだな。大丈夫か、それ?」


 どうりで距離が近かったわけだ。何してんだよ僕、と、独りでブツブツ言っていた儀礼は獅子の言葉に正気に返る。


「ん~、覚えてない、わけじゃないと思うんだけど。……覚えてたくもないような」


 車についたところで、二人は乗り込む。


「じゃ、村で儀礼が熱出したとき、俺達が看病してたのは覚えてるか?」


「それはわかるよ。いつも利香ちゃんと二人で置手紙してってくれるから」


 ありがとう、と儀礼は笑う。幼さの残るかわいらしいと表現されるような笑顔。


「じゃ、帰らないで~、とか一人にしないで~、とか泣いてたのは?」


 にやにやと笑いながら獅子が儀礼の顔を見る。


「な、何それ」


 そう言いながらも、なんとなく自分で言いそうなので全否定ができない儀礼。


(なんて情けない姿を見せてるんだろう)


「忘れてくれよ、そんなの。小さい頃だろ」


 すねたように、口をとがらせて儀礼は車を発進させる。


「ま、忘れてやってもいいけどな。せっかく冒険者登録もしたことだし。一緒にパーティー登録もしてきたぜ、俺と儀礼で。しかも、パーティーランクはCだってさ」


 上機嫌らしい獅子は楽しそうに言う。


「C?! ありえない。僕ら登録初日なのに」
 獅子のDランクでだって驚いていたのに、さらにもうワンランク上だ。


「そんな驚くことか? お前なんか管理局ランクもっと上じゃないか」


 ドスン


 獅子のその言葉で儀礼は思い出した。突然重力を思い出したかの様に体が重たくなる。
 獅子にはまだ言ってないが、儀礼の管理局ランクはSになったのだった。


(忘れているなんて、やっぱり僕は自分に都合の悪いことは忘れてしまうタイプなのかもしれない)


 儀礼はハンドルを握りなおす。
 何もかも忘れてしまうような、超スピードを車に与えて。
 儀礼はこの日も突っ走った。

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