ギレイの旅

千夜ニイ

【閑話】獅子十歳

 それは、獅子が十歳頃のことだった。
 付近の村の住人が、小型の肉食獣に村を荒らされて困る、とシエン村を訪ねて来た。
 獅子の父、獅子倉 重気ししくら・じゅうきは、若い頃から魔獣などを狩っていたと聞き、頼ってきたと言う。
 村人の話を聞き、重気は言った。


「飽きた」


 それだけで、魔獣を狩るのを断った。
 一瞬、ほうけてしまった村人たちだが、彼らにとっては死活問題。もう一度、必死に頼み込む。


「なら、了。お前も成長してきたしな、行って来たらどうだ?」


 重気は、そばでおとなしく座っていた息子に言う。


「ええ!?」


 おどろいたのは、言われた獅子だけではない。
 村人たちも、たかだか十歳の子供に魔獣が倒せるとは思わない。


「その。魔獣退治は冒険者ライセンスを持っていないと認められていませんので。この子はまだ学生でしょう?」


 重気の機嫌を伺うように、村の代表者が言う。


「だが、偶然出会って、身を守るために倒すのは認められているだろう」


 そう言って、重気は息子を見る。


「了、小遣いでもやるから、ちょっと、隣の村の森まで遊びに行ってきていいぞ。何か出るかもしれないから、武器は持っていけ」


 堂々と言ってのけた。


「……」
 もはや無言で苦笑しながら、獅子は諦めた。
 この親父には勝てない。逆らうべからず、だ。


 そうして、獅子は、おろおろとする村人たちに連れられて、結局隣村の森入り口までやって来た。
 そこから先は普段は人があまり入らないらしい。
 魔獣は、日が暮れると森から出てきて家畜などを襲うと言う。


「ぼうや、やめるんだったら今のうちだよ。本当に、恐ろしい相手なんだ。今まで村の男が二十人ほどで追いかけたが、逃げられて、家畜が半分に減ってしまった」


 リーダーの男に続き、別の男も言う。


「命の保障はできねぇ、もしお前が死んでも、俺たちは何もできんぞ。お前の責任だ。それでも行くのか?」


 獅子は周りの男たちを見回し安心させるように笑った。


「親父が俺にできるって、言ったなら俺はできる。でも、あの親父が簡単な試練をくれるとは思わないから気は抜けないけどな」


 そう言うと、もう振り向きもせず、獅子は深い森の中へと入って行った。


 それから、三日後。
 その間、村には一度も魔獣は現れなかった。
 そして、森の中から出てきた獅子は、自分の身の丈ほどもある魔獣を肩にかけ、歩いてきた。


「しとめるのにだいぶかかっちまった。見つけるのは、村に向かうの見ればすぐ分かったんだけど、こっちの気配に気づくとすぐに逃げちまう。おかげで二日間は鬼ごっこで終わっちまった」


 重そうに狼のような魔獣をおろすと獅子は言った。
 村人たちは唖然としている。
 小型とはいえ、魔獣で、しかも、凶暴と言うわけではないが、ずるがしこさを持つタイプ。


 それを、十歳の子供がしとめてしまった。
 その魔獣は冒険者ギルドでランクDにつけられている。群れを成せばCにも入る獣だ。


「あっと、違う」


 慌てたように口を押さえると、獅子は慌てて言い直す。


「俺が、森でキャンプしてたら、今日たまたま、この獣に襲われて、身を守るために倒したんだ」


 それだけ言うと、じりじりと後退りしながら、獅子はあっという間に、村を出て行った。
 この魔獣の始末について、ギルドに報告しなければならない村人たち。
 本当のことを言えば、あの少年は、ギルドから注意を受けてしまうかもしれない。


 村人たちは黙っておくことにし、獅子の作った話に合わせた。
 ギルドには、魔獣を倒した人物について「たまたま休日に来ていたどこかの村の少年」と答えておいたのだった。




「あれ。獅子、どうしたの? そんなに食べ物かかえて」


 獅子の家に向かう途中、大量の食料を抱えて歩く獅子を見つけ儀礼は言った。
 クッキーや、シュークリームと、焼きそばやパンなどを手や、腕にかける袋に大量に持っている。


「親父が、家畜荒らしてる狼みたいなやつ倒したら小遣いくれた」


 甘辛く揚げた肉の塊をかじりながら獅子は言う。


「狼? って普通のじゃないよね、まさか魔獣?」


 儀礼は最近聞いた家畜荒らしの魔獣のうわさを思い出す。


(重気さんの所に話が行ったって聞いてたけど。まさか獅子が倒すなんて)


 友人の常人離れに、儀礼が少しの危機感を持った瞬間だった。


「三日もどこに行ったのかと思ってたらそんなことしてたんだ」


「おう、結構手強かったぞ。ああっ、俺も早く冒険者免許持ちてぇなぁ」


 うずうずする、といった表情で獅子は言う。


「僕も早く旅に出たいなぁ」


 つられたのか、同じような顔をして言う儀礼。


「あ、そうだ。父さんが昨日期限の宿題を獅子からもらってこいって」


 儀礼の父は学校で教師をしている。
 忘れかけていたのを思い出し、儀礼は獅子に催促する。


「儀礼、クッキー食うか?」


 キラキラとした笑顔で言う獅子。


「やだ」


 少し笑った顔でそっぽを向く儀礼。


「何も言う前に断るな!」


「だって、宿題は自分でやらなきゃ」


 儀礼は笑いながら、獅子に向き直る。


「手伝ってくれ」


 儀礼の肩に両手をかけて頭を下げて頼む獅子。


「しょうがないなぁ、手伝うだけだからね」


 そうして、幼くして魔獣を倒す少年も、同学年の少年に頭の上がらない平凡へと身を隠すのだった。

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