ギレイの旅

千夜ニイ

過ぎた評価

 穴兎:"乗っ取れとは言ったがな"


 数日後、サウルの研究施設、責任者一覧の中に、一人の研究者の名が書き込まれた。


 穴兎:"そこまでやれって言ったつもりはなかったんだが?"


 リストの一番上、新しく作られた『最上級研究員』の欄にーー『ギレイ・マドイ』の名が。


 儀礼:"・・・それって、僕のせい・・・?"


 弱々しい返答のメッセージに穴兎のキーを打つ手が止まる。
 まだ会ったこともない少年の、初めてネットで知り合った五歳相当の少年の姿が脳裏に浮かび、困り果てた泣き顔が想像される。


(しかし、本当にそう取るべきだろうか?)


 穴兎:"・・・・・・。"


 試しに送った沈黙に、


 儀礼: "・・・・。"


 さらなる沈黙が返ってきた。


 穴兎:"・・・・・・・"
 儀礼:"・・・・"


 穴兎:"・・・・・・・・・・・・・"
 儀礼:"・・・・・・・・・・・"
 穴兎:"・・・・・・・・・・・・・・"
 儀礼:"・・・・・・・・・・・・・・・"


 無言メッセージによる『責任の擦り付け合い』はしばらく続いた。




「なに笑ってんだ?」


 獅子は運転席に座る友人を見た。
 さっきまで、落ち込んだ様子で、理不尽だ、なんだとよくわからないことを言っていたが、今は吹きだしそうなほどに、にやにやしている。
 一見、というか確実に変な奴になっている。


「ん~、目の前が点々でうまってさ。っくく。ははっ」


 儀礼はついに笑い出した。
 運転はオートらしいので、車が事故る心配はないが、獅子には一人で笑う友人は、危険な気がした。


「なんとかなるよな、獅子。僕の実力じゃなくったって。誰かの力があったからだって僕がわかってれば」


 横を向いて、視線を合わせた儀礼は、すっきりとしたような、意思のこもった瞳をしていた。
 管理局から届いた手紙を読んだ後から、儀礼はひどく落ち込んでるように見えた。
 気にはなったが獅子は何も言わなかった。
 背もたれに倒れこみ、じっと天井を睨みつけている儀礼の姿からは拒絶、みたいなものを感じたから。
 だから、それがなくなって獅子は安心した。


「よくわからんが、儀礼ならどうとでもなるだろ」


 安心して、今度は獅子の中を退屈が占めた。


「そろそろ近くの町に寄れよ。早く冒険者登録しようぜ!」


 冒険者登録。それがすめば、獅子も冒険者として働ける。考えるだけでわくわくとする。
 本当は一番にやっておきたかったが、最初の町では大金を下ろしたから怪しまれて。
 その次は『死の山』を破壊してしまったからそれどころではなくて。


 サウルを出てからは、儀礼は町に近づきたがらなかった。
 まぁ、距離を稼ぐことに関しては獅子も賛成なのだが。


「そうだね、行こうか」


 明るく言って、儀礼はハンドルを握る。
 前を見つめるその顔は、楽しそうに笑っていて、獅子は思わずひきつけらた。
 血の流れにのって体中へ、これからの冒険が、ずっとずっと楽しみなものに変わっていくのが感じられた。




 色付き眼鏡を通して行われた、わざとらしい無言のやりとりが、いつのまにかただの遊びに変わっいて。
 気付けば、儀礼の目の前を無数の点々がうめつくしていた。


 偉大なのは祖父であり、儀礼ではないのに、管理局から多大な期待をかけられてしまったようだった。
 しかし、祖父の書いた物が読めるのは儀礼と父だけで、(シエン独特の文字と癖のある筆跡のため)それを誰かが使うのは危険で。


(じゃぁ、僕は番人になるべきかな。世界平和のために?)


わざとらしく考えて儀礼は苦笑した。


 儀礼の目の前、眼鏡型のモニターを埋め尽くす無数の点が、いつしか形を変えていた。




 ・・・  ・・・ 
 ・・  ・・  ・・
 ・・  ・・  ・・
 ・・  ・・  ・・
 ・・・・・・・・・
 ・・      ・・
 ・・ ・  ・ ・・
 ・・   ・   ・・
 ・・・・・・・・・


 つくりだすアナザーもアナザーだが、それに乗っている儀礼も儀礼だ。
 交互に打たれたメッセージが形作ったのは、アナザーのハンドルネーム「穴兎」。


『一人じゃできなかった』それだけのこと。
『名誉』と呼ばれるものも、儀礼には窮屈でしかない気がした。
 管理局からの『Sランク』。


 儀礼が思考の底から浮き上がり、隣りを見れば、心配そうな友人がいた。
 ここにも儀礼が『一人でない』ものがある。


(だから、大丈夫だ)


「早く冒険者登録しようぜ!」


 獅子はうずうずと、瞳を光らせている。
 そこには何のかげりもなくて、儀礼にも笑みだけが浮いてくる。
 儀礼はハンドルを握り直す。一刻も早く町へ。


 儀礼は受け入れることにした。
 自分には過ぎた評価ではあるが、研究室どころか国すら乗っ取れる、『Sランク』を。

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