ギレイの旅
乗っ取り
『乗っ取る』といっても、銃を突きつけて床に伏せろ! なんてことはしない。
「貸してください」
そう言うと儀礼は、空いていたアンの席と思われる場所に座り、コンピューターを操作し始める。
メインモニターに次々と解析結果が表示されてゆく。
「これは!?」
アンが驚きの声を上げる。
「まさか、有害物質がほとんど消えてる。〇.〇二二パーセント、ほとんど自然の状態。まさか、あの崩壊で消滅させたと言うの!」
自分の解析結果とほとんど差異がなく安心する儀礼。
儀礼が手を離しても、コンピュータの画面はものすごい速さで切り替わり続ける。
穴兎が遠隔操作で解析を進めてくれているのだ。
それに気づかれないように、儀礼は操作する振りを続ける。
ピーピッ
背後のコンピューターからメッセージの着信音が響いた。
「アンさん、大変です。一ヶ月前の日付で、管理局からメッセージが!」
メッセージを読んだ女性の声にアンが反応する。
「一ヶ月前? 何で今頃。それで内容は?」
「最重要事項、来月二十五日、死の山復活に有効可能性のある成分が登録され、その実験をサウルの死の山で行いたい。とあります」
困惑の様子で内容を伝える研究員。
それを、横目で気にしながらも、モニターから意識をはずさない。
「二十五日って今日じゃない! なんだって、そんな重要なメッセージが今頃届くのよ、照合は?」
偽の情報ではないかと問うが、研究員は首を振る。
「間違いなく本物です」
「多分、一ヶ月前の磁気嵐で狂ったんでしょう、僕のパソコンもあれで一台やられましたから」
儀礼は言った。しゃあしゃあと言ってのけた。
「そうかもしれません、ここの機械もだいぶ荒れてましたから」
その時がよほど大変だったのか研究員たちは、苦い顔をしている。
「仕方ない、それはもういいわ。それより、その詳しい内容をすぐ問い合わせて頂戴」
「はい。それと、その対死滅粒物質の試験段階のデータと、実験モデルの設計図が添付されています」
「それを先に言いなさいっ!」
いらだたしげに腕を振り回すアン。
そこには、死の山の有害物質「死滅粒」に結合し、無効化する様子や、その方法、物質が細かく記されていた。
「こんなことが可能だなんて。ふふっ、現実の結果を見てなければ信じられなかったわ」
その声はさっきまでと違って落ち着いていた。
コンピュータの画面も落ち着き、穴兎が切断したことを儀礼は確認した。
「それでは、僕はもうすることもないみたいなんで、邪魔にならないように退室しますね」
忙しそうにコンピュータに食い入るアンに遠慮がちにそう言うと、一瞬だけ振り返ったアンににっこりと微笑んだ。
そして、アンがその笑顔にあっけにとられ、周囲がデータと設計図に気を取られている隙に儀礼はそっと研究室を抜け出した。
研究施設の隣りの建物、サウルの町の管理局。そこで、儀礼は確認をする。
一つ、実験要請が一ヶ月前の日付で出されていること。
もう一つ、ミサイルの資料と、実物を資料庫から特許要請してあること。
これらは、先ほど穴兎に頼んだことだ。
穴兎はハンドルネーム。本名は知らない。けれど、彼の二つ名は知っている。
『アナザー』。いくら元をたどっても行き着く先はまったくの別人というネット社会の情報の達人。
受付の人はすんなりと、受け入れる。どうやら、うまくやってくれたようだ。
「要請をいただいてから、こちらの手違いで手続きが遅れているようですね。申し訳ありません、もう少しかかるようです」
受付の人はすまなそうに言う。
「いえ、急いでないのでいいです」
儀礼はぼろが出ないうちに退散することにする。
「で、結局どうなったんだ?」
儀礼の行動を黙って見ていた獅子がようやく口を開いた。
ミサイル撃ったのは少なからずの衝撃だっただろう。
「う~ん、ミサイルを実験てことにして、管理局から許可もらった(ことにした)」
「それで?」
語尾を小声で囁いてから、儀礼は獅子の疑問に説明を続ける。
「実際、『死の山』の破壊に成功して、元凶物質と、攻撃物質の両方を無害化させられてるから、これで特許もらえると思う」
「特許もらえるとなんか違うのか?」
「えっと、勝手に死の山にミサイル撃ったら当然、犯罪行為ってのはわかるよね? 下手したらテロとか、武力集団の力誇示とか見られてもしかたないくらい」
「ふむ」
獅子はうなずく。
「でも、いくらなんでもここで捕まるのは困るから、管理局に死の山の無効化に有力と思われる発明をしました。実験と、成功した際の特許をお願いしますって、頼んだの」
これはわかる? と獅子を見る。
獅子は少し首をひねりながらも、うむ、とうなずく。
「管理局の特許ってのは、そのミサイルや、設計図、試験段階の薬品の調合や、組み立て方なんかの資料とか全てのものが、僕の物であり、他人が勝手に真似したり、使ってはいけないっていう権利ね」
「それは知ってる」
獅子が言う。
「うん。で、ミサイルに関しては、まだ確定ではないけど、審査を通れば僕の物になるわけだ。そして、あのミサイルを撃ったことは管理局から許可をもらってることにしてもらった。まぁ、これはちょっとずるしたんだけど」
最後の方の声を儀礼はまたちょっと小さくした。
「だから、何の問題もなくなったってこと」
そう笑って言う儀礼に、獅子はほっとして同じように笑ったのだった。
大論争の続いたサウル研究室内で、ようやく一区切りがついた。
アンは深い息と共に椅子に腰を下ろす。体の重さは感じたが、ここ何年もなかった研究の進展の予感と、興奮した討論。
まだその熱は冷め切らぬままに研究室内をつつんでいる。
管理局で認定されればこの国のみならず、世界中で『死の山』や『不毛の地』などと呼ばれる土地を改善できる。
世界が、何十年も頭を悩ませた問題がだ。
この研究者は名誉や名声、全ての栄光を手に入れることだろう。
そこでようやく、アンは自分がこの実験の研究者の名前を見ていないことに気付く。
いや、署名はあったのだが、見たことのない文字で書かれていて読むことができなかったのだ。
当然、これだけの成果をあげるのだから、Aランクなのは間違いないだろう。
そして、この成功によりSランクに登りつめることもまた間違いない。
アンは添付されていたデータを探し直す。当然、公用文字での署名もされているはずだ。
おそらくは最後の方に。
「やられたわね」
つぶやいたアンは苦い笑いを浮かべる。
にっこりと笑った顔が妙に鮮明に思い出された。
少女に見間違えそうなほど綺麗な顔をしていて、思わず見とれてしまったほど。
それがあまりにも綺麗で、印象的過ぎたがために、アンの胸の内に広がってくる悔しさも倍増されてゆく。
最後の最後に、研究参加者への賛辞の文に紛れるように記された名前。
『ギレイ・マドイ』
「ただの子供じゃなかったわけか」
アンはため息とともに言葉を吐いた。
それは、わずか十五歳にして一つランクを飛び越えて最高ランクにつく、伝説とさえ言わしめる者の名。
「次、会った時には覚えてなさい。ふふ、ふふふふふ……」
アンは周囲を怯えさせる笑みを浮かべていた。
とんでもない出来事から逃げるようにサウルの町を去った儀礼。
昨日と同じように日が暮れるまでひた走った。
『少しでも距離を取る』
今日は儀礼も獅子の意見に賛成だった。
うまくごまかせた、と言ってもやはり大事件を起こした町に留まるには不安があった。
寝ている間に警備兵に取り囲まれていたら、そう考えると恐ろしい。
ブンブンと首を振り儀礼は毛布を被り眠ることにする。
まさかその数日後に、国からの『死の山対策協力要請』と、『Sランク』認定を受けるなんて、この時の儀礼は思ってもみなかった。
静かな旅なんてできない、嫌な予感だけはひしひしと感じていたが。
「貸してください」
そう言うと儀礼は、空いていたアンの席と思われる場所に座り、コンピューターを操作し始める。
メインモニターに次々と解析結果が表示されてゆく。
「これは!?」
アンが驚きの声を上げる。
「まさか、有害物質がほとんど消えてる。〇.〇二二パーセント、ほとんど自然の状態。まさか、あの崩壊で消滅させたと言うの!」
自分の解析結果とほとんど差異がなく安心する儀礼。
儀礼が手を離しても、コンピュータの画面はものすごい速さで切り替わり続ける。
穴兎が遠隔操作で解析を進めてくれているのだ。
それに気づかれないように、儀礼は操作する振りを続ける。
ピーピッ
背後のコンピューターからメッセージの着信音が響いた。
「アンさん、大変です。一ヶ月前の日付で、管理局からメッセージが!」
メッセージを読んだ女性の声にアンが反応する。
「一ヶ月前? 何で今頃。それで内容は?」
「最重要事項、来月二十五日、死の山復活に有効可能性のある成分が登録され、その実験をサウルの死の山で行いたい。とあります」
困惑の様子で内容を伝える研究員。
それを、横目で気にしながらも、モニターから意識をはずさない。
「二十五日って今日じゃない! なんだって、そんな重要なメッセージが今頃届くのよ、照合は?」
偽の情報ではないかと問うが、研究員は首を振る。
「間違いなく本物です」
「多分、一ヶ月前の磁気嵐で狂ったんでしょう、僕のパソコンもあれで一台やられましたから」
儀礼は言った。しゃあしゃあと言ってのけた。
「そうかもしれません、ここの機械もだいぶ荒れてましたから」
その時がよほど大変だったのか研究員たちは、苦い顔をしている。
「仕方ない、それはもういいわ。それより、その詳しい内容をすぐ問い合わせて頂戴」
「はい。それと、その対死滅粒物質の試験段階のデータと、実験モデルの設計図が添付されています」
「それを先に言いなさいっ!」
いらだたしげに腕を振り回すアン。
そこには、死の山の有害物質「死滅粒」に結合し、無効化する様子や、その方法、物質が細かく記されていた。
「こんなことが可能だなんて。ふふっ、現実の結果を見てなければ信じられなかったわ」
その声はさっきまでと違って落ち着いていた。
コンピュータの画面も落ち着き、穴兎が切断したことを儀礼は確認した。
「それでは、僕はもうすることもないみたいなんで、邪魔にならないように退室しますね」
忙しそうにコンピュータに食い入るアンに遠慮がちにそう言うと、一瞬だけ振り返ったアンににっこりと微笑んだ。
そして、アンがその笑顔にあっけにとられ、周囲がデータと設計図に気を取られている隙に儀礼はそっと研究室を抜け出した。
研究施設の隣りの建物、サウルの町の管理局。そこで、儀礼は確認をする。
一つ、実験要請が一ヶ月前の日付で出されていること。
もう一つ、ミサイルの資料と、実物を資料庫から特許要請してあること。
これらは、先ほど穴兎に頼んだことだ。
穴兎はハンドルネーム。本名は知らない。けれど、彼の二つ名は知っている。
『アナザー』。いくら元をたどっても行き着く先はまったくの別人というネット社会の情報の達人。
受付の人はすんなりと、受け入れる。どうやら、うまくやってくれたようだ。
「要請をいただいてから、こちらの手違いで手続きが遅れているようですね。申し訳ありません、もう少しかかるようです」
受付の人はすまなそうに言う。
「いえ、急いでないのでいいです」
儀礼はぼろが出ないうちに退散することにする。
「で、結局どうなったんだ?」
儀礼の行動を黙って見ていた獅子がようやく口を開いた。
ミサイル撃ったのは少なからずの衝撃だっただろう。
「う~ん、ミサイルを実験てことにして、管理局から許可もらった(ことにした)」
「それで?」
語尾を小声で囁いてから、儀礼は獅子の疑問に説明を続ける。
「実際、『死の山』の破壊に成功して、元凶物質と、攻撃物質の両方を無害化させられてるから、これで特許もらえると思う」
「特許もらえるとなんか違うのか?」
「えっと、勝手に死の山にミサイル撃ったら当然、犯罪行為ってのはわかるよね? 下手したらテロとか、武力集団の力誇示とか見られてもしかたないくらい」
「ふむ」
獅子はうなずく。
「でも、いくらなんでもここで捕まるのは困るから、管理局に死の山の無効化に有力と思われる発明をしました。実験と、成功した際の特許をお願いしますって、頼んだの」
これはわかる? と獅子を見る。
獅子は少し首をひねりながらも、うむ、とうなずく。
「管理局の特許ってのは、そのミサイルや、設計図、試験段階の薬品の調合や、組み立て方なんかの資料とか全てのものが、僕の物であり、他人が勝手に真似したり、使ってはいけないっていう権利ね」
「それは知ってる」
獅子が言う。
「うん。で、ミサイルに関しては、まだ確定ではないけど、審査を通れば僕の物になるわけだ。そして、あのミサイルを撃ったことは管理局から許可をもらってることにしてもらった。まぁ、これはちょっとずるしたんだけど」
最後の方の声を儀礼はまたちょっと小さくした。
「だから、何の問題もなくなったってこと」
そう笑って言う儀礼に、獅子はほっとして同じように笑ったのだった。
大論争の続いたサウル研究室内で、ようやく一区切りがついた。
アンは深い息と共に椅子に腰を下ろす。体の重さは感じたが、ここ何年もなかった研究の進展の予感と、興奮した討論。
まだその熱は冷め切らぬままに研究室内をつつんでいる。
管理局で認定されればこの国のみならず、世界中で『死の山』や『不毛の地』などと呼ばれる土地を改善できる。
世界が、何十年も頭を悩ませた問題がだ。
この研究者は名誉や名声、全ての栄光を手に入れることだろう。
そこでようやく、アンは自分がこの実験の研究者の名前を見ていないことに気付く。
いや、署名はあったのだが、見たことのない文字で書かれていて読むことができなかったのだ。
当然、これだけの成果をあげるのだから、Aランクなのは間違いないだろう。
そして、この成功によりSランクに登りつめることもまた間違いない。
アンは添付されていたデータを探し直す。当然、公用文字での署名もされているはずだ。
おそらくは最後の方に。
「やられたわね」
つぶやいたアンは苦い笑いを浮かべる。
にっこりと笑った顔が妙に鮮明に思い出された。
少女に見間違えそうなほど綺麗な顔をしていて、思わず見とれてしまったほど。
それがあまりにも綺麗で、印象的過ぎたがために、アンの胸の内に広がってくる悔しさも倍増されてゆく。
最後の最後に、研究参加者への賛辞の文に紛れるように記された名前。
『ギレイ・マドイ』
「ただの子供じゃなかったわけか」
アンはため息とともに言葉を吐いた。
それは、わずか十五歳にして一つランクを飛び越えて最高ランクにつく、伝説とさえ言わしめる者の名。
「次、会った時には覚えてなさい。ふふ、ふふふふふ……」
アンは周囲を怯えさせる笑みを浮かべていた。
とんでもない出来事から逃げるようにサウルの町を去った儀礼。
昨日と同じように日が暮れるまでひた走った。
『少しでも距離を取る』
今日は儀礼も獅子の意見に賛成だった。
うまくごまかせた、と言ってもやはり大事件を起こした町に留まるには不安があった。
寝ている間に警備兵に取り囲まれていたら、そう考えると恐ろしい。
ブンブンと首を振り儀礼は毛布を被り眠ることにする。
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