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ギレイの旅

千夜ニイ

旅の出だしは

 儀礼と獅子は森を抜けた後、日が暮れるまで車でひた走った。
 獅子いわく、


「ちょっとでも、親父と距離を離せ」


 らしい。
 儀礼の車は、市販のものとは違い、儀礼の祖父が設計したソーラー電池で走る車だ。
 なので、日が暮れてしまうとまるで弱い。
 その日は川のほとり、小さな林の中でテントを張った。


「本当にいいの? 獅子」


 夕飯のスープをすすりながら、儀礼が聞いた。


「何がだ?」


 自分で持ってきた肉をかじりながら獅子が聞き返す。


「家のこと。家出してきたってことは黙って出てきたんだろ? おばさん心配してるだろ」


「平気だろ、俺がいつか出てくのわかってるっぽかったし」


 まあ、あの父親の元に生まれ育てばそんなものかもしれない。
 儀礼は獅子を説得するのを諦め、気にしないことにした。
 そうして、夜明けとともに再び車は走り出した。




「おー、すごい景色だなぁ」


 太陽が南中に近づいてきた頃、窓の外の山を眺めていた獅子が言う。
 景色と言っても、決して絶景ではない。それは、茶色く乾いた広大な地帯で、人や動物はおろか、虫や植物すら、一本も生えない『死の山』。


 学校の修学旅行先にもなっている、ドルエド国内でも有名な場所だ。
 五十年以上前からあって、何かの工場の跡地か廃棄場かわからないが、気づいたときには、多くの動物の死骸が転がっており、調査に入った科学者たちも、数年以内に皆異常な死を迎えた。まさにいわくの場所である。
 今でも研究は続けられており、少し離れた場所から定期的に調査されている。
 一時間も走ればその拠点となっている、大きな町へ着くだろう。研究施設の整った、儀礼には魅力的な町だ。


「なんで、こんな風になっちまったんだろうな」


 山を見ながら、獅子は寂しげな瞳をしている。物事を直感的に、素直に受け入れる様子を儀礼は羨ましそうに眺める。


「授業でもやったろ、生物に害のある物質があの山から出てるって」


 運転しながら言う儀礼は、すでにそういうものだと割り切っていた。


「このまま一生、いや、永久にこんななのか?」


 獅子は分からないことをいつも儀礼に聞く。


「さぁね、毒を出してる物質が何かにもよるけど、もう五十年もこの状態だとすると、原因は鉱物か何かかもね。そうとう強固な物だ」


 何を聞かれてもたいてい答えられる儀礼も儀礼だ。


「ん~。つまり、それがこわれれば直るってことか?」
「かもね。まぁ、雨や風にさらされて、何百年かかるか、千年以上かわからないけどな」


「壊しに行っちゃダメなのか?」


 今にも行こうとするような獅子に儀礼はがくっと頭を落とす。


「入ったら死ぬって! それにもし、何メートルもある金属の塊とかだったら素手でどうにかなるもんじゃないだろ」


 危うくハンドルを切りそうになったのを儀礼は慌てて立て直す。


「そうかぁ。惜しいなぁ」


(なにがだ)


 儀礼は心の中であきれていた。


「そういえば、オート運転できるのになんで、ハンドル握ってるんだ?」


 今更のことを、獅子は不思議そうに聞いた。


「朝から走ってるのに」


 儀礼は苦笑する。


「オートだと結構エネルギー使うんだよ。獅子が無理な距離走らせるから節約してるんだ」


 苦労人です、と言うように儀礼は汗を拭くふりをした。


「へぇ~、じゃ、このいろんなボタンついてんのは?」


 フロント部分にたくさんついているボタンを指差して獅子は興味深そうに聞く。


「あぁ、旅に備えていろいろつけてきたから。勝手に押すなよ、危ないのもあるんだから」


 前を見たまま答える儀礼に、


「これとか?」


 獅子は、透明カバーのついた赤いボタンを、迷いもなくカバーを外して押した。


 ピピッ
 高い電子音がして、機械音声が伝える。


『防衛装置作動、標的を指定してください』


 儀礼は目を見開き一瞬固まった。


「ちょっ! 何押したのさ獅子!?」


 その表情は普通では無い。


「え、 悪い。これ、ダメだったか?」


 赤いボタンを指差す獅子。
 儀礼が口を開くより先に電子音が告げる。


『攻撃物質の確認、高エネルギー体を捕縛、発射します』


「うわ、嘘だろ!」


 儀礼の叫びが車内に反響する。
 車のボンネットが開き、モーターの回るような機械音がする。
 ドン、という衝撃が車を揺らし、白い煙の線を空中に描きながら、ミサイルは発射された。


 ドドーーン!!!


 耳を破壊するような爆発音と振動があたりを揺らす。あまりの衝撃に、儀礼と獅子は車にしがみついた。


「くぅ」


 揺れがおさまると、儀礼は窓の外を見た。獅子も警戒しながら外を見ている。
 あたりは煙に覆われていて、まるで様子が分からない。


「なんだ、今の」


 獅子は呆然として言葉を失っている。


「……っ……」


 何かを言おうとして、儀礼はそのまま言葉を飲み込む。


(状況の確認を)


 パソコンを車につないで、目にも留まらぬ速さでキーを叩いてゆく。


「衝撃九十パーセント、範囲約三百メートル、状態異常なし、エネルギー反応無し……」


 パソコンの画面は瞬く間に切り替わっていく。
 それを全て認識している儀礼は素直にすごいと、獅子は思う。


「え!?」


 突然、儀礼が驚きの声を上げた。


「どうした?」


 自分のしたことだ、なにかとんでもない被害が起こっているかもしれない。獅子は緊張していた。


「ありえない。まさか。本当に?」


 儀礼は獅子の問いには答えずに、パソコンの操作を繰り返している。


「なぁ、まずいのか? まさかこんなことになるなんて、俺っ」


 煙が晴れ始め、見えた光景に獅子は絶句した。


 山が、あの『死の山』が消えていたのだ。


「な、なんだこれ」


 友人の車についたボタン。
 せいぜい、音楽が鳴るとか、ライトがつくとかそんな程度だと獅子は思っていたのに。


「嘘だろ」


 もういちど、目をこすってから確かめてみる。
 獅子の眼前に広がる地形は、紛れも無い事実らしい。
 儀礼もパソコンから手を離し、外の光景を見て眼鏡を直す。
 そして、右の指で左手の甲を叩く。そこには使い慣れたキーボード。
 驚いているのだろう、儀礼の口は先程から薄く開いたままだ。


 穴兎:" Go "


 儀礼の目の前に浮かぶ二文字。
 ネットの友人からの返信だ。
 パチン、とモニターの色つき眼鏡を閉じると、儀礼はハンドルを握る。


「行こう、獅子」


 その瞳は真剣で、しかし先程までの、驚愕や戸惑いはなくなっている。


「どこへ?」


「研究施設の町、サウルだ」


 ブゥーン
 大爆発があったことなど感じさせない、いつもの様子で儀礼の車は走り出した。




 儀礼:"穴兎、どうしよう"


 ネット仲間のギレイからメッセージが届き、黒髪の青年は常時つけっぱなしのパソコンの前に座った。
 すぐに、先を促すメッセージを返す。


 穴兎:"どうした?"


 儀礼:"死の山を吹き飛ばした……"


 そのメッセージを受け取った瞬間、穴兎は世界が吹き飛んだかのような衝撃を受けた。


 穴兎:"何やってんだ、お前は!"
 穴兎:"どういうことだ?"


 パソコンのキーを叩きつつ、穴兎はギレイのいるはずのドルエド国内、『死の山』周辺を検索する。
 すぐに、『死の山』の監視用カメラを見つけた。
 アクセス経路を探索し、過去の記録と最新の映像を見る。
 一台の車が画面の端から入ってきて、フロントが開く。


「これか」


 穴兎はつぶやく。
 そして、画面では車から小型のミサイルが発射された。


(何やってんだギレイー!)


 穴兎は心に大きな汗をかき、山が破壊され、モニターが砂煙に包まれるのを見る。


 儀礼:"積んでたミサイルのスイッチを獅子が押しちゃったんだ"


 穴兎:"積むな!!"


 常識的な答えを返してはいるが、穴兎も頭の中は衝撃の余波から抜けられていない。


 儀礼:"家に置いといたら危険すぎるだろ"


(そんな物を持ち歩くなよ)


 初めて知り合ったのが、確かギレイが五歳の時。


(なんて成長の仕方を)


 穴兎は頭を抱えたくなった。


 長い待ち時間をようし、画面が鮮明になった頃には、『死の山』と呼ばれたものはそこから消え去っていた。
 正直、穴兎は他人のことでここまで驚いたのは、人生の中で初めてだった。
 数時間後には世界中の人間が驚愕に見舞われることになるだろうが。
 前代未聞の大惨事として。


 しかし、次いでギレイから綴り出された言葉に、穴兎はわずかな突破口を見つけた。


 儀礼:"信じられないけど、無害化されてるんだ "


 友人であるギレイを救うためには、強硬手段にでるしかない。


(時間との勝負だ)


 穴兎:" Go (行け) "
 わずかな指示を出し、穴兎は自分の仕事に取り掛かった。




「まず最初に言うと、今の爆発で、周りに被害は出てないみたいだ」


 車を走らせながら儀礼は獅子へと説明を始める。
 誰も住んでないから当然かな、と儀礼は付け足した。


「そうか」


 安心したように獅子は息を吐く。


「それから、あの通り、山はなくなったんだけど。同時に有害物質が消滅してるらしい」


「は?」


 聞いた言葉が良く分からなかったのか、獅子は首をかしげている。


「だから、生き物を殺してた物質がレーダーから消滅してるんだ」


「壊れて、なくなったってことか?」


 呆けたような、間の抜けた顔をしている獅子。


「わからない。そうかもしれないけど、爆発で、粉砕されて周囲に撒き散らされたりしてたらしゃれにならない大惨事だよ。今のところ、何の反応もないから大丈夫だとおもうんだけど、楽観視はできないかな」


「お、俺のせいか。こんなことになって、もし誰か死んだら俺のせいだよな!」


 車の中で獅子は立ち上がろうとする。


「ちょっと、落ち着いてよ獅子。まだそうなるってわけじゃないし、今詳しく分析してる最中だから」


 開いたままのパソコンをチェックしながら儀礼が言う。


「サウルにつけば、もっと大掛かりな機械とかあるからはっきりするよ。もっとも、今頃パニックになってるだろうけど」


 サウル研究所内の騒ぎを想像して苦笑する儀礼。
きっと蜂の巣をつついた状態になっているだろう。


「俺はどうしたらいい」


 儀礼の目を見て、全ての覚悟を負う決意を胸に、真剣に尋ねる獅子。


「まずは、気にするな。あんなもの積んでた僕が悪いんだから。獅子は知らなかった。それに」


 動きの止まったパソコンをチラッと見て、儀礼は不敵に微笑んだ。


「いい方向にいきそうだよ、獅子」


 再び色付きの眼鏡をかけなおすと、儀礼は見えてきたサウルの町をながめた。


「ちょっと、君。子供がこんなとこに入ってくるんじゃないわよ!」


 儀礼を睨みつけ、二十代の女性が言う。その怒気に儀礼はびくっと固まった。
 サウルの研究施設内、最重要研究室に儀礼はいた。


「誰よ、この非常時に部外者通したの」


 慌しく声の飛び交う部屋を、よく通る声でその女性は静まらせた。


「その子が、今『死の山』付近を通ってきたと言うから」


 少しおどおどした様子で、研究者らしい男が言う。どうみても、男の方が年長なのに、女性は怒ったように睨み付ける。


「情報を集めるにしても場所があるでしょ。ここは管理局Bランク以下の立ち入り禁止地帯よ!」


 その言葉に、儀礼は遠慮がちにポケットから管理局ライセンスを取り出した。


「一応、Bランク、認定されてます。その、『死の山』の状況について、責任者とお話がしたいんですが」


 儀礼の手から乱暴にライセンスを奪うと、疑う視線で凝視する女性。


「ふん、本物みたいね。あんたみたいな子供がよくBランクなんてもらえたわね」


 馬鹿にしたような口調。


「それで、話って? 責任者はあたし。アン・カリミ、Aランク所持の二十二歳よ。くだらない話だったら、牢屋にたたきこむわよ」


「アンさん、五つもさばよむのは犯罪です」


 ぼそりと言った男をアンは視線でだまらせる。
 非常時によく冗談ができるな、と戸惑いながら、儀礼は自己紹介を返す。


「ギレイ・マドイ、十五歳です。『死の山』崩壊時、三百メートル地点にいました。もう、解析結果は出たんですか?」


 儀礼の問いにアンは首を振る。


「まだよ、こんなこと初めてだから。外部からの攻撃と、自壊の両方から見てるわ」


 アン達研究者は、不明な原因と現状にいらいらとしている。


「待って、原因よりも先に、現状の分析でしょう! 人命が最優先じゃないですか!」


 肌の焼ける感覚に、体を震わせながらも、儀礼は言った。
 その、眼前に穴兎から送られてきた文字。


 穴兎:"Take over the laboratory. (研究室を乗っ取れ)"


 儀礼は、眼鏡に合わせた焦点を苦笑してから戻した。

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