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ギレイの旅

千夜ニイ

【閑話】利香

 シエン村は本当に田舎で、昔からの風習が残っており、十二歳から結婚できる。
 利香と獅子は赤ん坊の頃にお互いの親が許婚として認めた。
 小さな頃は利香が、


「了様結婚して」


 と言うたびに、獅子は


「まだ子供だし結婚なんて考えられるか!」


 と断っていた。


 そして十二歳を過ぎると、獅子はあろうことか、


「お、おれは、俺の心は儀礼のもんだー」


 などとほざきやがった。


 しかも、がっちりと儀礼の首にしがみついている。


「獅子ぃ」


 呆れた顔をする儀礼だが、獅子の許婚の彼女には照れているようにしか見えていないらしい。
 彼女いわく、「了様にくっつかれて、幸せでないはずがない」ということだ。


「私より、儀礼君の方が好きだって言うんですか? 確かに儀礼君は可愛いし、頭もいいし、優しいし、ううっ」


 言いながら利香は自分の言葉で涙目になっていく。
 ぼそぼそ、と利香の目の前で内緒話をする儀礼と獅子。


「ねぇ、僕を利香ちゃんよけに使うのやめてくれない? 迷惑なんだけど」


「俺を見捨てるのか、儀礼。結婚するなんて言ってみろ、その日のうちに式して、俺は道場の主だ」


 蒼白な顔で儀礼に訴える獅子。


「いくらなんでも、まだ学校もあるんだし、彼女のこと好きなんだろ?」


「親父ならやる。絶対だ。俺を道場主に仕立て上げて、とっとと腕試しに旅立つんだ」


 最後の方の獅子は涙声だ。


「ならせめて、女の子相手にしなよ、僕じゃなくて」


「許婚がいるのに、そんな浮気なことできるか!  頼むって」


 むちゃくちゃだと、儀礼は思う。
 実際はこんな内容の話なのだが、それを見てる利香に分かるはずもない。
 ちら、ちらっと利香を見ながら、二人でひそひそ話である。


「了様のばかっ」


 しぼりだすような小さな声で呟くと、大量の涙とともに利香は教室を駆け出していく。


「ちょっ、待っ、利香!」


「行っちゃったよ、獅子。追いかけたら?」


「いや、でもなぁ」


 後を追うか迷っている獅子。追いついたとしても利香はまた「私の方が好きなんですね、了様、私と結婚しましょう」と言いはじめそうだ。


「泣いてたよねぇ、他の男子やつがなぐさめるふりして言い寄ってたりして」


 そう儀礼が言い終える前に、獅子は超スピードで駆け出していた。


「はぁ、ったく両想いだってのに」


 呆れた声でつぶやき、儀礼は机の上で頬杖をつく。
いつのまにか周囲を取り囲んでいた女子たちから、キャーという甲高い声と、「儀礼君可愛い」という叫びをもらい儀礼は自分の扱いに涙を浮かべた。


 一方、教室から飛び出した利香は、その幼さの残る可愛らしい顔立ちと、シエン村の住人としては珍しく好戦的でないおとなしい性格のため学校内で大変人気があった。
 ただでさえ人口の少ない村、同年代の女の子も少ない。


 そして、周囲の町や村を含めたとしても、利香の美しい長い黒髪と、小動物を思わせるつぶらな瞳、幼いながらも既に出るところの出ている体型は人目を集めるものだった。
 なので、泣いている利香を心配そうに数人の男子が囲んでいる。


「大丈夫、利香ちゃん?」


「どうしたの?」


 優しげに言う少年たちが、さりげなく利香の肩に手を乗せようとした時、


 ズザーーーッ


 という、地面をすべる靴の音と共に、獅子が登場した。


「あー、利香。昼飯くらいなら一緒に食ってもいいぞ」


 目を逸らしながらぶっきら棒な口調で獅子が言う。


「はい!」


 たちまち涙をしまって、満面の笑みを浮かべる利香。嬉しそうに獅子に走り寄る。


「授業始まるからな、教室に戻ろうぜ」


 獅子はさりげなく利香の肩に手を回し、前へ押し出す。
 後ろの男子共に震え上がるほどの睨みを効かせておくのも忘れない。


 しばらくして教室に戻ってきた獅子と利香と、その少し後から来た顔面蒼白の少年達を見て儀礼は思った。


(さっさとくっついちゃえばいいのに)


 しかし、声に出さない。きっとまた獅子が泣きついてくるだろうから。毎度毎度、同じやりとりをするのに儀礼は飽き飽きとしていた。


 はぁー、と深くため息をつく儀礼に、利香は「私が了様と帰ってきたからやきもちやいてるんだ」などと勘違いを深めていくのだった。




 獅子が儀礼を利香避けに使っていることで、迷惑なことが他にもあった。
 学校にいる間はまだいい。
 全校生徒、六歳~十五歳までで百人足らず。全員が儀礼を男だと、知っている。
 だが、たまに町に行ったりすると話は別だ。儀礼の事を知らない人が多い。


 美しい母親に生き写しの儀礼は、はっきり否定しないかぎり、必ず女と間違われる。


「了様、結婚してくださいー!」


 今日もまた町の中で始まった、獅子への利香の大胆なプロポーズ。
 それに顔を引きつらせて、獅子は汗を流す。
 利香の真っ直ぐな想いが嬉しくないわけじゃない。むしろいつでも獅子へと駆け寄ってくるその姿はすごく、愛らしいと思う。


 なのに、獅子には利香の後ろに、腕を組んで楽しげに笑う父の幻が見える。


『うん。と言ったその瞬間からお前は当主だ!』


 と、言わんばかりの迫力だ。


「お、俺は」


 戸惑う獅子の視界の端に、買い物袋を抱えて店から出てきた儀礼が映る。


「儀礼ぃー、お前しか見えんー」
 救いの手が現れた、と言わんばかりの安堵した顔で儀礼に走り寄る獅子。
 それを追いかける利香。


「ゲッ」


 迫り来る二人の姿に苦い表情を浮かべ、とりあえず逃げとこう、と儀礼は買い物袋を車の中に放り込んで走り出す。


 数十メートルほど走ると、前方不注意にも、儀礼は数人の男たちにぶつかった。


「すみません、急いでて」


 慌てて謝るが、遅い。
 これが、普通にぶつかったなら、


「おい、待てや坊主」


 などと凄みのある声で絡みが始まりそうな連中だ。なのに。


「大丈夫かい? お譲ちゃん、変なのに追われてるみたいだねぇ」
 などと嘘くさい、優しげな笑顔で語りかける。


(誰が譲ちゃんだ!)


 怒鳴りつけたいが、情けないかな、そんな度胸儀礼には無い。
 涙を飲んで男達を見返す。


「おい、こら、人の連れになにしてんだ!」


 儀礼に追いついた獅子が、六、七人の男に囲まれた儀礼を心配して叫んだ。視線を鋭くし、男達を睨みつける。


「獅子っ」


 しかし儀礼は、その獅子の怒気に怯えた様子で体をこわばらせた。


「この嬢ちゃん怖がってるじゃないか!  あっち行きな坊主」


「凶暴面しやがって」


 ははは、と男達が愉快げに笑っている。
 獅子の顔は整っている方だ、と儀礼は思う。母親に似たのが良かったのだろう。
 ちなみに、儀礼は「父に似たかった」と涙ながらに思う。


 シッシッ、と手を振って追い払うしぐさをする男たち。
 その男達は全員、剣をはじめとした身に馴染んだ武器を携帯している。
 帯剣した男の集団に囲まれて、普通なら十三、四歳の子供のこと、尻尾巻いて逃げ出すだろう。でも、獅子は違う。


「ふざけんなよ、そいつを放せ。お前らのが凶悪面だろうが」


 男たちをさらに挑発する。
 お互いに睨み合う獅子と男達。
 男達の怒気も伴なって、完全に硬直する儀礼。


 相っ変わらず情けない奴だなぁ、と心の中でため息一つついて、獅子は口を開く。
「そいつは俺のゆうじ(友人)」
 そこまで言いかけて、獅子は後ろから利香が迫っている事に気付いた。


「お、おれのオモイビトダ!」


 どもりまくった声で棒読みのセリフを吐く獅子。明らかに利香に向けた予防線だった。
 だが、それを照れて告白したかなにかと勘違いした男たちはニヤニヤと下品な笑いをして、獅子に言う。


「お譲ちゃんはお前なんか嫌だってよ、とっとと帰んな!」


「坊やのおむつが取れたらまたおいで」


 ギャハハハハ。
 男の一人がおちゃらけて言うと全員で大笑いする。


(十三歳の男囲んで笑ってるお前らも異常だよなぁ)


 固まった体の中で考える儀礼。体は固まっても思考は働いているのだ。
 獅子は冷静だった。
 普段から相手の挑発に乗らないように訓練されている。


 おむつなんてしてないから自分に向けて言ったんじゃない、なんて思ってるんだろうなとは、さすがに考えないでおいてやろう。助けてもらっている身分で上から目線で儀礼は思慮する。


「了様っ」


 獅子の走りにやっと追いついた利香が、恐ろしい、と言う表情で獅子の腕にしがみつく。


「大丈夫だ利香、すぐ終わる。少し下がってな」


 余裕の笑みで、利香を後ろに下がらせる獅子。


「余裕ぶってんじゃねぇぞー」


 ピキッ。こめかみに血管を浮かせてリーダーが言う。


「そっちの子も可愛い顔してるなぁ。まだちょっと小さいけど」


 男たちが利香に目をとめる。
 儀礼も同じ年だが、利香よりは背が高い分十七、八歳位に見えるのだろう。


「いやいや、発育の方は結構いいんじゃないか?」


 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる男たち。
 その瞬間に、


 ゆらり


 獅子の怒気ーー怒りのオーラがたちのぼった。


「てめぇら、ただで帰さん」


 そう、呟いた刹那、獅子は飛び出していた。


 一分後


 ぼろっぼろになった男たち、らしき血だまりの山。


「やりすぎじゃないのか?」


 いまだ硬直の解けない儀礼が顔を引きつらせて言う。
 全員生きているようだが、一ヶ月はまともに起き上がれまい。


「あー、そうだな。ちょっと加減間違えたかな。えらそうなこと言ってるからもっと強いのかと思ったんだが」


 平然と言ってのける獅子。


(嘘だ)


 頭に大きな汗をかき、儀礼は思った。
 相手の強さを推し量ること、獅子は小さい頃から親に教えられてるはずだ。


「さすが了様です」


 血溜まりに倒れている人々を視界からシャットアウトして利香が言う。


(それでいいのか。恋は盲目とはよく言ったものだ)


 心の中でつっこみつつ、儀礼は黙っておく。
 やっと、硬直が解けてきたようだ。


「はぁ~」
 一つ、大きく息を吐いた儀礼の首を、ぎゅっと後ろから獅子が絞め……。


(絞まってる、絞まってるから)


 もとい、抱きつく素振りをする。


「お、おれは、大事な儀礼を守るためにやったんだ。べ、別に利香には関係ないだろ」


 その言葉に利香はうっすらと涙を浮かべる。


「ん~! と」


 儀礼は伸びをする腕をそのまま獅子の顔面に当て、裏拳を決める。


「う、いてぇ。何すんだ儀礼」


「あ~、悪い。伸びしただけなんだけど」


 わざとらしく言った後、儀礼はそこで声をひそめて付け足す。


「正直に言えよ、利香ちゃんのためにやったって。いくら重気さんでも今日、明日で結婚なんてさせないだろ」


「馬鹿を言うな。それだってあさってには飛び出してくのが親父だ」


「わかった、わかった。とりあえず、また変なのに会う前に帰ろうぜ。ほら、利香ちゃんに知らない男が話しかけてるぞ」


 儀礼が言い終える前に、利香の背に手を回し、車の方へと歩き出す獅子。


「まったく、これで付き合ってないなんてよく言えるよなぁ」


仲のいい夫婦未満の友人達に、儀礼は小さく笑みをもらした。

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