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ギレイの旅

千夜ニイ

去りし村で

 儀礼と獅子がねずみたちを倒し、森を突き進んでいる頃。
 彼らの村では――。


「おいこら、団居まどい。うちの息子をどこに隠した!」


 獅子の父親が、儀礼の家に乗り込んでいた。
 鬼を思わせるほど、大柄で、筋肉のたくましい男だ。


「ん、了坊か? 知らないよ、今日は来てないしな」


 儀礼の父が答える。


「嘘をつくな! 家出したあいつが行く先なんてここしかないだろうが!」


「家出? ほぅ、とうとう家出したか、あの坊は。まぁ、当然だろうなぁ、親がお前みたいのでは」


 かわいそうに、と儀礼の父は言ってのける。


「なんだと、人のこと言えるのか、軟弱引きこもりのくせに! 儀礼はお前にそっくりだ」


「その儀礼は立派に成長して、さっき旅に出ましたよ。しっかり準備をしてね」


 得意げに儀礼の父は答える。


「そんなこと言ってどうせ家出なんだろう、お前のとこも」


「馬鹿を言うな、うちの儀礼はそんな親に心配をかけることなどしないさ」


 二人の親父の口げんか、これはよくあることだ。小さな村で生まれ育った二人。いわゆる幼馴染だ。
 そして、誰あろうこの二人こそ二十数年前、ドルエド国王の前で「ドルエドの騎士にしてシエンの戦士」そう言い放った若者達だった。
 しかし、そのシエンの戦士がこの二人であることを知る者はごく僅か。双方の子供達でさえ知らないことだった。


「レイイチ! 大変儀礼が!」


 そこへ、儀礼の父を呼び、慌てた様子で家から出てきた儀礼の母。


「どうした、そんなに慌てて」


 儀礼の父、レイイチは一つ咳払いをして、気分を落ち着けてから聞き返す。


「それが、今町から電話があって、儀礼が口座のお金を全額下ろしたって」


 不安そうな儀礼の母、エリ。


「なに?!」


 儀礼は危険防止のため、お金は最低限持ち、後は行く先々で少しずつ下ろすと言っていた。
 そうすれば、どこの町にいてどの位使っているか、両親たちにもちゃんと分かるから、と。
 なのに、一番近い町で全額下ろしたとなると話が変わる。


「あ、あなたー!」


 遠くから叫びながら、獅子の母がかけてくる。


「どうした、そんなに慌てて。了が見つかったか?」


「ううん、そうじゃなくって」


 走ってきたため息を切らせながら話す獅子の母。


「了が、村から出る車に乗るのを見たって人がいたの」


 それを聞き獅子の父が目を見開く。


「なにー?!」


 この村に車は少ない。人口自体少ないのだが、どちらかと言うと馬車が主流だ。
 そして、車を持つ者とは、朝早くに町まで出稼ぎに行く人たちだ。


「銀色のボディーに青の塗装の車だって」


 今までに見たことがない、と獅子の母が続ける。


「……儀礼の車だ」


 青ざめた儀礼の父がつぶやく。
 旅立ちに向けて塗装しなおしたばかりのはずだ。


「なにー! やっぱりお前の息子が連れ出したんじゃないか。了はここを出るような金も足もないんだからな」


「それは、お前が取り上げたからだろう。大体、了坊なら自分の腕一つで旅もできるだろうが! これは、どう考えても了坊がうちの儀礼をたぶらかしたんだろう」


「たぶらかすだと、ふざけんな! 昔っから念入りに計画立ててたそうじゃないか、儀礼がうちの了を口先うまくだましたんだろ。了は許婚と結婚して家を継ぐはずだったのに」


「それこそお前の勝手な……」


 二人の口げんかは延々と続いている。


 そして。


「ギレイ君と一緒なのか、なら安心だね。あの子はしっかりしてるから」


「儀礼も了君が一緒なら、危ない目に会うこともないだろうし大丈夫ね」


「まぁ、男の子だしね」


「多少の無茶はするわよねぇ」


 大の男が言い争う隣りで、二人の奥様はのほほんと世間話を始めた。
 二人の息子が旅立ったが、いつもと同じ、変わらぬ風景なのだった。


 村の出入り口に一人の少女が立っている。
 儀礼たちと同じ程の年齢。
 傾き始めた太陽を見てまぶしそうにすると、一筋の涙が頬を伝う。


「了様……」


 旅立った許婚を思い、心を痛める可愛らしい少女。
 少女は幼い頃からずっと、ずっと、ず~っと、一人の男の子を思って生きてきた。


 黒い髪とつぶらな瞳を茜色の光が美しく染めている。
 腰よりも長い艶やかな髪を、暖かい春風が揺らしてゆく。
 愛しい人を必ず追いかけると、利香りかは心に決めたのだった。

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