勇者時々へたれ魔王

百合姫

第29節 パーフェクトガイと変態響

ロロリエから30分ほど馬車でいったところに森はあった。
おそらくセリア達も通ったであろう、魔獣が出る森である。
森の名は「アスタナシアの森」。
アスタナシアという”魔物”が生息してるためにこの名前が付いたらしい。
魔獣と魔物。魔獣と魔物の違いは生きているか死んでいるかという話らしい。
一般的に魔獣は人に害をなす野生生物を言う。
しかし、魔物は生物ではなく”動く死骸”である。
魔力、霊力を持つ魔獣が死ぬ間際に”生きたい”、”殺した相手が憎い”などという感情が魔力、霊力に”指向”を持たせる。
魔力、霊力には”指向”を持たせることが出来る。
指向とは”目的”や”効果”のことらしい。
魔力、霊力を扱う上で、この”指向性”が大切なのだそうだ。
この辺は魔術、奇跡といった”魔法”を扱う上でも重要な概念らしい。
たとえば、手から炎を出す魔術を使う場合、頭の中で強く”炎を出したい”と念じる。
これによって、ただの魔力が”炎”としての指向性を持つ。


つまり魔力を持った魔獣が死に間際に強く思う”生きたい”、”逃げたい”、”憎い”、”子供を守りたい”などという生存本能でもある強い感情によって魔力に指向性が生まれ、それが魔術、奇跡として発動する。


それによって死に掛けた体に魔法が付加し、無理やりに体を生かすのだ。
これが魔物という存在。
生物のことわりから離れた忌みするべき”魔”として各地に点在しているという。
魔法が半分潰れた頭の変わりに、魔法が潰れた心臓の代わりに、魔法が無い四肢の代わりにとなる、かなり無茶な”魔法の暴走”とも言えるため生物としての機能を持つことは殆ど無いとのこと。
魔物と化した魔獣は食物をとらず、年数を追うごとに体が朽ちていき果てには形を保ってるだけの魔力の塊と成り下がっていく。


「なんというか・・・可哀想だね・・・。
死んでも死に切れないと言うか。
ゾンビみたいだ。」
「・・・そうじゃの。
ちなみにじゃが、ララバム遺跡の地下でおぬしが出会った真っ黒な人型があったじゃろ?
あれも魔物じゃ。
妾の仲間が・・・志半ばで倒れたゆえのな・・・。」


僕が遺跡内部に入ったときに見つけた黒い人のシルエットをした物体か。
というか、そこからすでに見てたんだね。
魔力体とやらで。


「え・・・・それって・・・人もなるの?」
「・・・。
確率としては魔獣にしろ人にせよ、他種族にせよ一万に一回あるかどうかじゃ。」


フェローが泣きそうな顔で言う。
フェローの仲間、か。
確か、フェローは暴君と呼ばれていたヤツと対立してたって話だから、そいつと戦った際に死んでった仲間なんだろう。家族がいて、守るべき民がいて、守るべき国があって、忠誠を誓った主君がいて・・・どんな無念を、思いを抱えて死んでいったのだろうか?
そういえば、いまだにフェローが時が止まるとか言うあの部屋に軟禁されていた理由を聞いてないんだよね。
あの時は、それどころじゃなかったから詳しくは聞かなかったけど。


<・・・フェロー。>
「わかっておるよ。」
「そ、それで、アスタナシアってどんな魔物なのっ!?」


とりあえず、これ以上辛気臭い空気は勘弁してもらいたい。
慌てて、話をそらす僕。
こういう気遣いが出来る僕ってなんて紳士的!
見た目、男装女子なれど・・・じゃなかった!!
僕は男だっ!!
見た目こそアレだけどしっかりとした男だっ!!
みたいな1人ノリツッコミを言ったら、十中八九スベる空気である。


「妾は知らぬのう。
魔力体ではあの場所からせいぜい、ルベルークの街までしかいけぬからな。」
<私はずっとレヴァンテの武器庫で眠らされてたのよ・・・まぁそれは割と幸せだったんだけどね。
それまでは、なまじ強い剣に生まれたせいで不幸だったわ。
欲にまみれた三流どもが私をこぞって奪い合うものだから。>
「私も魔物自体に関して詳しいことは・・・でもその魔物の背景ってのは御伽噺にもなって有名だから知ってるよ。
200年前くらいから存在する魔物で強い相手をただ求めるんだってさ。」


強い相手を求める?


「その御伽噺のモデルは当時、最強と言われた”ホーマン”っていう魔法剣士らしんだけどね。
魔法を使わせれば一流の魔術師を軽くあしらい、剣を使わせれば誰にも適うものは無しとまで言われた英雄だったんだって。
でも、あまりに力をつけたホーマンを疎ましく感じたとある王国が彼を殺すべく動いたそうなの。」


ううむ。
良くある話だな。
でも、それだけ強いって言うならもちろん。


「・・・正攻法じゃないんでしょ?」
「・・・うん。
妹を人質にとって、ホーマンを殺そうとしたらしいの。」
「人間と言うのはいつの時代も愚かじゃのう・・・」
<・・・・まぁ、かならず掃き溜めと言うのはでてくるものよ。
人間に限らずね。>


高位精霊という人から離れた力を持つ2人の言葉は実感が篭っているような気がする。


「妹の名はアスタナシア。
・・・もちろん、妹は黙ってないわよね?」
「なるほど・・・だいたい想像が付いた。
多分、妹さんは兄であるホーマンを庇ったんだ。」
「そうよ。兄が殺される前に妹が身をていして庇って結果、後に死ぬ。
そのあと怒り狂った兄がその国を潰して、妹のなきがらは兄妹の故郷に埋められたって話なの。
その後の兄は各国から追われて、どこかでひっそりと死んだそうよ。」
「・・・?
魔獣が出てくるって言うあの森が故郷?」
「・・・わからない。
御伽噺は事実を多少曲げられてるって話しだし、お話自体もここまでだもの。
もともとこの御伽噺は子供に”どんな力があろうと王国に反旗を翻すと不幸な人生を歩みますよ”っていう教訓を与えるためのものだって話もあるくらい。
あと言い伝えられてるのは、アスタナシアの森の”アスタナシア”が確かにそのアスタナシアであることくらいかな。」


ふざけた御伽噺だ。
そして余計になぞが深まっただけみたい。
仮に、ここが故郷だとしても分からない点がまだまだある。
死んだはずのなきがらが魔物化したのはなぜかとか、強い人間を求める理由とか。
そんなことを話してる間に森のわりと奥まで来た僕達である。


「うわ・・・兵隊がいるよここにも。」


魔力の流れが見えてきたので、魔獣だろうかと慎重に歩を進めるとそこにいたのは色々な種族の混じった混成部隊だった。
角が生えていたり、顔だけが動物だったり、羽とか尻尾があるやつもいる。
装備から見るにレヴァンテ兵だ。
荒い道のりを馬車の頑丈さとシロのスペックまかせで無理やり進んできたのだが、その快進撃もここまでのようである。駐屯地みたいのを作っており、たくさんのレヴァンテ兵が検問をしいていた。
検問と言うよりは捕縛隊といってもいいだろう。
こんなところをわざわざ通ってまで東大陸に行こうとするヤツはこの世界の文化的にいないだろうから。
必然的に何かやましいことがある人間だと決まっている。


相変わらず、一人一人の兵士の身のこなしが凄い。
錬度が高い証拠である。
とはいえ、身体能力がだいぶ強化されている今の僕なら、勇者クラスでないと束になったところで勝てないのだが・・・
さてどうしよう。
殺すのは簡単。
しかしそれは無い。
彼らは仕事をしているだけであり、盗賊などとは違い家族もいるだろう。
まぁ、下品なヤツもいるだろうけどそんな人間が戒律などの厳しい兵になるわけもなし。
盗賊だったら純粋な悪意をぶつけてくるだけに殺せたのに・・・・とか普通に思ってしまうのはこの世界に来てそれなりに命を奪ってきたからだろうか?
ここは平和な日本とは違う。この考えが悪いこととは思わないが良いことでも無いのは確かである。
とにかく兵士を殺すのは論外。


気絶させていくか?
それも論外かな。
今のところは出くわしてないが、魔獣やいまだ良くわからない魔物”アスタナシア”に襲われて結果的に死ぬ可能性が高い。


「うぐぐ・・・・どうしよう?」
「獣道を通っていくかの?」
「馬車はここで捨てないといけないのかな?」
<そうなるわね・・・・がんばってっ!!
私、バックパックの中から応援してるわっ!!>
「私としてもそれがベストだと思う。
でもそれだと横断するのに早くても10~15日はかかる計算ね。しかも早いってのは、ただ森を横断する場合。魔獣に出くわすのは間違いないでしょうから遅くて30日くらいはかかる場合だってあるわよ。
・・・あぁ・・・いやだなぁ・・・こんなうっそうとした森をただただ歩くなんて・・・」


まじかよっ!?
そんなにかかるのっ!?
まぁ、それくらい広い森でなければ早々にこの森を伐採して砦とか作ってるよね。
東大陸と西大陸は戦争中って言ってたし。
比較的森と近い位置にロロリエがあったのも、万が一森を抜けてきた勢力があった場合に備えるためかな。


「天然の城壁ってわけか・・・」
「なるほどのう・・・西から攻めるにせよ東から攻めてくるにせよ、ここを通り終える頃には兵が疲弊して使い物にならんというわけじゃのう・・・」
<なのにそこにロロリエではなく、レヴァンテの兵による警備の手があるってことは・・・・>
「あのモドキを倒したヒビキを逃がさないようにってところかしら?」
「・・・・はぁ。
僕はただ、姉さんのいない世界でのんびりしたいのに・・・」


もちろん、元の世界に戻りたいと言う気持ちはある。
でも、家庭環境がアレなだけに未練が少ないと言うのがこの世界で暮らしてみたいという気持ちに拍車をかけていた。
いつのまにか追われているというなかなか愉快な状況になっている。
せいぜい、男であることくらいしか分かってないようだがモドキと戦ってた際に監視の目があったって話しだし顔もある程度口伝されているのではないだろうか?
写真と言うものがないのが幸いだった。
・・・・無い・・・よね?
女装するくらいでスルーできるレベルなんだからきっと無いに決まってる。
写真に類するものがあったら僕は捕まってるはずだもの。


ーーーーーー女装が完璧だったからかもしれないよぉ?


心の中で軟弱な部分の僕が幼女のような甘ったるい声で囁いた、気がする。
たまに見かける、心の中でせめぎあう天使と悪魔みたいな心象風景?的なものを想像してもらえると良い。
僕の場合はその天使がスーツを着込んだダンディズム溢れるパーフェクトガイであり、悪魔はイチゴ柄で地の色は茶褐色という可愛らしいワンピースを着込んでる憎たらしくもありえない僕である。
口惜しいことに、可愛い・・・と言ってしまうとナルシストということになるのかな?これ。


まぁなんにせよだ。
ふふふふ、何を言ってるんだか?軟弱な僕よ。
とりあえず”違う!”と声を大にして言いたいっ!!
そして、天使はどこにいったっ!?
ダンディが服を着て歩いてるような僕の天使はっ!!


ーーーーーーどうしてそう言えるのぉ?ていうかね。男の響ちゃんは前回の女装がバレなかったということに悲嘆を覚えていてね?泣いてるよぉ?


だって、化粧もなにも無いただ服装を変えただけの簡単な変装だよ!?
気づかないはずがないじゃないか!!
ってか、天使の僕はそんなことになってるのっ!?
初耳だよっ!?


ーーーーーー違和感が無いくらいにマッチしていた・・・ともとれるよねぇ?


にやにやして僕に語りかけてくる女装悪魔。
なんて、いや、な・・・ことをいってくれやがる・・・・


ーーーーーー女の子として生まれ変わってみない?


何を言っているっ!?


ーーーーーーきっと皆から可愛い可愛いってちやほやされるよぉ?私としてはそれの方がうれしいなぁ。


もう一度言ってやるっ!!
何を言っているのだっ!?
僕はあくまでも男であり・・・


ーーーーーー女でもあるでしょ?


ち、ちが・・・


ーーーーーー違わないよぉ。きっと響ちゃんは女としての喜びに気づいてる。可愛いって言われることの喜びを・・・


う、うるさいっ!!
うるさいうるさいうるさいっ!!


ーーーーーーつおい否定は肯定の証。ふふふふふ。さぁ、堕ちましょう?私と一緒に。きっと幸せになれるもの。


・・・・本当に?
本当に僕は・・・・


ーーーーーー飲まれるんじゃねぇっ!?この大バカやろうがっ!!


ぐはっ!?
殴ったねっ!?
親にもぶたれたこと・・・という小ネタはまぁいいや。
君は天使の僕っ!?
いったいどこに行っていたんだよっ!?
傷心で出てこれないって話だったけど・・・


ーーーーーー・・・来ちゃったのね死ねば良いのに。邪魔で無骨で無駄に暑苦しいバカが死ねば良いのに。もう少しだったのにぃ死ねば良いのに。


いや、女装僕よ。その語尾はおかしいぞっ!?
そして男の僕!!
助けに来てくれてありがとうっ!!
もう少しで甘言(?)にだまされるところだったっ!!


ーーーーーーあたぼうよっ!!だが、そこの悪魔に苦い思い出を混ぜ込んだコンクリ詰めにされて、深層心理の海に放り込まれた時はさしもの俺も死ぬかと思ったがな。


傷心中じゃなかったのっ!?


ーーーーーーそこの悪魔に暗殺されかかったのよ!まったく油断もスキもありゃしないっ!!


全くだよっ!!
てか、酷いな!!女の僕!?


ーーーーーーもう少しで女としての喜びを・・・しょうがないわねぇ。今回はあきらめるわ。


今回に限らず、これから先ずっとあきらめていて欲しい。
誰だろう?
あきらめたら試合終了だとかそんな耳障りの良いことを言い出し始めたバカは。
時にはあきらめも必要だと言うことを教えるべきだと思う。


ーーーーーーまたねぇ。
ーーーーーー俺も戻る。また会おう。


ありがとう!
ダンディな響!!
そしてもう二度と姿を見せるんじゃないっ!!変態響!!


「くそっ!!
あの変態響めっ!!」
「どうしたのじゃ?急に自分を罵倒し始めおって?
変態なのはわかっておったぞ?イチゴ柄ぱじゃまに話しかけると言う奇怪な行動・・・・ぷくっ!!
しもうた!!思い出してもうたっ!!」
<なになに!?
私にも詳しく教えなさいよっ!?>
「ヒビキ?疲れてるの?
それと・・・わ、私にも教えてよっ!!フェロー!!」
「ちょっ!?
そ、それは僕のトップシークレットであって・・・」




ついつい、妄想を口にするという癖がいまだに残っていたようで(自分でした妄想にも関わらずヤケに寒気がしたが)それのせいで僕のあっちとこっちの世界を含めても一番恥ずかしい思い出を語り始めたフェローである。
おっと、涙はながさねぇよ。
なぜかって?
ふっ。人間、なれるんだよ。
毎度毎度泣きたくなるほど辛い経験をしてるとね。うん。
本当・・・・泣いてないんだからね。
ぐずり。




フェローから話を聞いたセルシーはフェローと一緒になって馬鹿笑いし、エンデはエンデで「可愛いなぁ・・・ヒビキ。」と呟きながら母親のような眼差しを向けてくるのだった。






穴があったら入りたい。





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