勇者時々へたれ魔王

百合姫

第21節 全てを投げ打ってでも

勇者と思われる男とエンデの話を聞いていたが、上手く話が進んでいるようだった。
男の僕から見てもここまでの嫌悪感があるというのに、女の子の・・・しかも目の前であんな目で見られて良く良く無表情でいられると思う。
大したものだ。
というか、できれば今すぐあいつを斬り捨てたい。
「バカなことは考える出ないぞ?
今の主では負けるからのう。」
「・・・・別に関わった手前気になるだけで・・・」
「腰が浮いておったが?」
「う、うるさいな。」
「さっきのお返しじゃ。」


根に持つタイプなのかな?
っと。それよりも今は彼女達の話に耳を傾けるのが先決だ。
「ーーー良い声で喘いでくれ。」


ん?
一体全体どうしてそうなった?
男は気づいていないようだが、彼女の肩は震えている。
しかたないなぁ。


「ちょっといって・・」
「だめじゃ。
死ぬぞ。」
「え?」


そ、そんなに力の差があるの?
「はっきり言おうか。
主ではまず勝てない。
死ぬだけじゃな。」
「ど、どうして・・・」
「そんなのは決まっておる。
あやつが勇者じゃからじゃ。
響は知らぬじゃろうが、勇者として召喚されたものには特殊な力と神具が宿る。」


し、知ってたりします。
そして、勇者の力がないとのことで捨てられたりしました。
「ん?どうかしたのか?」
「あ、いや、続きを聞かせて。」
「うむ。
おそらくあやつの神具はあの鞘じゃろう。
セルシーの・・・高位精霊の意思を閉じ込める・・・もしくは消し去るなど、その辺の魔術師が一万、十万、百万集まろうとできぬ。
そして、勇者としての力。
これは俗に勇者補正と呼ぶそうじゃ。
最初の勇者・・・妾の一族が健在であった五千年前のあやつがそう言っておった。」


ゆ、勇者補正って。
なんというか、それだけで勝てそうになくなってきた。
もちろん負けるつもりなど微塵もないのだけど。
「勇者に詳しいんだね。」
「まぁの。
とにかくその勇者補正とは身体能力値を10~20倍ほどに跳ね上げるという倍率がありえんほどの超能力なのじゃ。
肉体強化の魔術ないしは奇跡を覚えておったら、さらに分が悪いのう。
もちろん、妾の力をすべて使いこなせるのならば負けることはないし、余裕で勝てるじゃろうて。
しかしじゃな。
主は妾の力の一割も満足に使えていない。
切り札の右腕の魔具の力。それとて妾にも分からぬほどの秘する部分がある。
はっきり言おう。
今ここで助けに出てもただの犬死。
あの娘の心の傷をより大きくするだけじゃ。
妾だって助けてやりたいが妾はあくまでも魔術師タイプ。
即、斬り殺されるのがオチじゃ。」
「・・・・くそ・・・見てるしか・・・ないのか・・・」




この話の間も僕はエンデの話を聞いていた。
もう。あれだ。
イラつきがとてつもないものとなっている。
というか、生まれて初めてキレそう。
プッツンしちゃいそうである。
そして、極めつけはこの台詞。
「一つだけ約束して。」
「ごにょごにょ・・・」
ごにょごにょの部分は男の台詞である。
意識的に聞かないことにしている。
今にも斬りかかりそうだからだ。


「協力者の・・・2人には手を出さないで。」
自分が泣き出しそうだって時に。
絶望のど真ん中にいるってのに。
どれほどの屈辱と、悲哀を胸に秘めて、今その場に居るのか。
痛いほどに辛いはずのその心身で。
一体全体、どうしてどうして他人を気遣えるのか。
バカとしか思えない。
僕の感じてる屈辱、というか怒りはきっと彼女の十分の一にも満たないはずだ。
彼女の心境はそれこそ、僕には想像もつかないほどに厳しいものであるはずだ。


なんと優しくバカなのだろうか。
村など見捨てればいい。
たまたま助けてもらった冒険者の1人や2人。
気にしなければいい。
嗚呼。それに比べて僕はなんと情けない。
簡単な話だ。
今の実力で勝てないならば、あいつと戦いながらあいつを殺せるぐらいに強くなればいい。
それだけの話だ。
弱いなら、今強くなれば良い。
なんだ。
簡単じゃないか。
僕の中には強烈な殺意と、それ以上に彼女を助けたいという良く分からない強い情が猛々しく狂おしいまでに荒ぶっていた。
こんな状況で他人の安否を気にする彼女に一言だけ言ってやらねば気がすまなかった。
君が他人を守るのは良い。
でも、君はどうするんだと。
だから僕が守ってやろう。
そう僕は決心した。


「フェロー。」
「ゆ、許さないっ!!私は・・・私はもう二度と・・・・とにかくいっちゃダメッ!!
二度と失いたくないのっ!!」
「標準語だね・・・・ていうか、とめても無駄だってわかってるでしょ?」


フェローの瞳は涙で歪んでいる。
でも、ここで怖気づくような育て方はされてないのだ。残念ながら。
姉さんという化け物に比べたら、まだあっちの方が勝てる気がするからして。
常日頃から最悪を経験してる僕にとって最悪の一歩手前は怖気づく必要がない。
本当に残念な育て方をされたものである。
まぁ今日だけは姉さんに感謝してもいいかもしれない。


「・・・はぁ・・・仕方ないなぁ・・・じゃ、じゃなくてっ!
仕方ない奴じゃのう。
まぁ良い。妾もおそらく同じ思いを抱いておる。
簡単な話よのう。
今ここで主が奴を越えればいいだけじゃ。」


ふっ。と不敵に笑うフェロー。
付き合いは短くとも、さすが相棒。
僕を分かってる。




「さぁ、一刻早く助けてやらないとね。」
「そうじゃな。」


すぐに縮地で飛び出して、思いっきりあの勇者バカの顔面目掛けて僕はドロップキックを食らわせた。
思いっきり吹っ飛ぶ勇者・・・モドキ。と呼ぶことにする。
てっきり避けるくらいすると思ったんだけれど・・・本当に強いのだろうか?


とりあえずエンデに声をかけようとしたところで、わんわんと泣きじゃくるエンデ。
こいつはちょっと困る。ただ、安心したせいもあるかもしれない。
とりあえずコレだけは言っておこう。


「守ってやる!!」




☆ ☆ ☆
「て、てめぇっ!?
何しやがるっ!?」
「おいおい。
もう少し勇者っぽい台詞はないのかい?
ただの盗賊と変わらんぞ。」
勇者モドキは顔を若干赤くして憤る。
パッと見イケメンにあたるが、正確にかなりの難アリといったところか。
う、うらやましくなんてないんだからねっ!!


「お前・・・俺を勇者だと知ってのこれかよ?
殺されたいんだな?」
「今の話の流れでその程度も理解できないとは・・・・頭が悪いんだね。」
「あん?
バカがっ!!
これは余裕だ。」
「そんなことはどうでもいい。
よくもエンデを泣かせたな。」
「ははぁん?
てめぇ、さてはエンデの協力者か?」
「だからなんだってのさ?」


少々、今は苛立っている。
いや、少々どころではない。
怒髪天を衝く勢いだ。今すぐ斬り殺しても良いのだが、一応コレだけは言っておこう。


「エンデに謝れ。
その後に殺してやる。」
「くはははははははははははははっ!!
殺してやる!?
俺も舐められたものだなっ!!
自身の力量すらわからねぇバカはこれだから笑えるっ!!」
「お前なんか、死んでも舐めるか。
唾液の無駄遣いだ。」
「はん。
こっちから願い下げだ。
女ならば大好物だが、男のなんて汚らわしいっ!!」
「こんな時にもそういう話が出てくるか。
下劣で下等だな。
まだゴキブリのほうが高尚な生き物だ。」


それを聞いて男は剣の柄に手をかける。
顔はまっかっかだ。
「俺をあんなゴミムシと一緒にするんじゃねぇっ!!」
という怒号と共に斬りかかって来る勇者モドキ。
いちいち勇者と付けるのも忌々しい。
ただの”モドキ”と呼びなおす。


「勘違いしないで貰いたいな。」
「ぐっ!?」


早い斬撃だ。
だが、早いだけの斬撃。
優れた身体能力に頼りきってるだけの、ただ振り回した結果の剣である。
少し、身をずらすだけで避ける。
避ける際に足を引っ掛けて、バランスを崩すモドキ。


「お前はどっから見ても、人間さ。
どんな生き物より”害悪”で”醜悪”で”下劣”であっても、人間であることには変わりない。」


目の前の男がどんなに下衆でクズだったとしても人間だ。
「だからこそ、より害悪な存在だ。
家の中に進入してちょっと不快にさせるだけのゴキブリなんて可愛いもんだ。
人間であるから、ゴキブリ以上の害を他者に与えることが出来る。
人間であるからより最低へと。底辺へと堕ちることができる。
だから。
僕は殺せる。
その辺の虫けらを殺すことよりも、躊躇なく、簡単に斬り殺せる。」


特に今は怒り心頭中であるからして。


「・・・で?
だからなんだ?
俺が他者を蹂躙したところでお前には関係ないだろ?」
「そんなことは・・・どうでもいい。
謝る気はないんだな?
謝っても、二度と悪さが出来ないように腕二本は貰うけど。」


嗚呼。
胸糞悪い。
殺してやりたい。
というか、もう本気で殺しに行っていいよね。
殺す。殺す殺す殺す!!
バスタードソードを構える僕。
フェローは僕が負けるとか言ってたけど、大したことないじゃないか。
確かに斬撃の速度は大したものだ。
僕の目には軌跡がかろうじて捉えられるだけ。威力も凄まじいものだろう。
でも、なんてことはない。
目、重心、筋肉の動き、殺気、それらで先読みができる。
ただただ単調な素人の剣。こんなものに斬られるほど僕は甘くない。
自身の力に慢心したものほど扱いやすい者はいない。


「んなこといって、改心すると思ってるのか?
あの女も俺の腕もわたさねぇよバァカ!」
「そう。」


話すことはないと判断したのか、再度斬りかかってくるモドキ。
それにあわせてカウンターを打ち放つ。
「ぐあっ!?」
「まずは一本。
ほら。痛がってる暇があるのか?」
モドキの左腕を切り取った、にび色の軌跡はもう残った右腕へと襲い掛かる。
さすがにそれくらいはかわせたようで、バックステップで距離をとったモドキ。


「びびったの?
口ほどにもない。」
「黙れっ!!」


僕は襲い来る、早すぎて見えない斬撃を見切って徐々にモドキを切り刻んでいく。




☆ ☆ ☆
「こ、これは・・・予想外じゃの。」
「そうね。
まさか、これほどとは思わなかったわ。」
「なっ!?」
「はぁい。フェロー。
奇遇ね。こんなところで会うなんて。」
「おぬしっ!?
ティリアっ!?」


エンデを保護して、勇者モドキと響の2人から離れた場所で妾達は観戦していた。
エンデはただ驚いて2人のやりとりを見ておったが、私としても驚きを隠せない。
私の目には全くもって捉えられない斬撃を軽々とかわす響こそ勇者と断ずるに値する。
最初こそ、リネティアとか言う女子と話していたのを見て話が合いそうだったから、私の契約者にと思い契約したわけなのだが今更ながら私の判断は違う部分でも間違っていなかったことが確信できた。
今の響の身体能力で言えば、かなりの差があるはずなのだがそれを感じさせないどころか、剣技のみで圧倒している。
恐るべき腕だ。


「で?
なぜ主がおる?」
多少、驚いたものの。
なぜかここにいるギルドの受付をしていた忌々しい(具体的にはそのダイナマイトな胸だが)女がいる。
まぁ、ある程度は予想がつくが。


「またまたぁ~。
分かってるのでしょう?」
「まぁな。
大本の目的は分からぬが・・・主のことだ。大方、勇者の実力を測るためのかませ犬を探しておったのじゃろう?」
「大筋はあってるけど、噛ませ犬は彼ではなくあの勇者の方。
ついでにあの勇者の女癖の悪さが女として許せなかったのよ。
行く町々で良い噂を聞かないから・・・
ちょうど、そこの彼女と一緒に街を出てくところが確認できたからね?
コレ幸いと殺しちゃおうと思って。
ついでに知り合いを助けれて良かったじゃない。」
「なるほどのう。
勇者ではなく響の力を測るというわけか。」
「そういうこと。
ちょっと困ったことに、西大陸の王達が揃って南大陸に対してちょっかいを出そうとしててね。」
「・・・・ばかな奴らじゃのう・・・本当に。」


一体全体、どうしてそんな自惚れを生み出すこととなったのか。
南大陸は不可侵にして神聖な土地。
そもそもアレのせいで侵攻は不可能なはずなのだけれど。
「ま、数十年前に”陣”を発掘したからでしょう?」
「ふん。ろくなことをせんな。力を持った人間というのは。」
「人間というより、一部の無能がねぇ・・・」
「そうした無能を上に据える民草も等しく無能でよかろうよ。」


その私の言葉に苦笑するティリア。
何をしたいのか未だ良く分からない。食えぬ奴だ。


「あら?
もう決着がつきそうよ?」
「そうじゃのう。」


モドキは満身創痍で肩を上下させ、すぐにでも斬り捨てられそうになっていた。
止めを刺すべく、バスタードソードを振りかぶる響。
これは終わったな。






☆ ☆ ☆
「終わりだ。」
「ふ、ふざけんじゃねぇっ!!
こ、こんなところで死んでられねぇんだよっ!!」


命乞いかな?
しても助けないけど。
モドキは剣を鞘に収め、収めたままで剣を掲げた。


「みせてやるよぉっ!!
俺の奥の手をなっ!!」
「なっ!?」


剣の周りから一気に迸る魔力と霊力。
そして、女の人と思わしき叫び声が上がる。
<アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!>
「たくっ!!
ホントに喧しいったりゃありゃしねぇっ!!」


どうも剣から上がってる声のようだ・・・が・・・・。
手袋から、ではない。正確にはフェローから手袋を中継として流れてくる痛みが僕の全身を痺れさせる。
涙がとめどなく流れる。


「や、やめてっ!!
やめてぇっ!!
いやぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああっ!!」
「ま、まさか・・・霊剣を力ずくで・・・
げ、下衆なっ!!」


背後で、フェローが叫ぶ。ティリアさんの声もなぜか聞こえた。
それと同じくしてフェローから伝わる痛み。
いや、もともとは剣の痛みがフェローを介して伝わってきているのだ。
身を裂く様で、内臓をぐちゃぐちゃにかき回されてるような不快感。
生きたまま生皮を剥ぎ取られるような全身を貫く激痛。


「それを・・・それをつかうなぁぁああああああああああああああああああああああああっ!!」
僕は何を考えるまでもなく、つっこんだ。
渾身の斬撃を・・・桜花剣を繰り出した。
剣を開放してあげるために。目の前の男を殺すために。
だが。
「バカがぁっ!!
この剣に適う剣は存在しないっ!!
100パーセントでぶった切ってやるっ!!」


バスタードソードと光り輝くセルシウスキャリバーの鞘に包まれた刀身が触れ、バスタードソードの刀身が吹き飛ぶ。
そして、僕の体にめり込んだところで僕は光に飲み込まれながら吹き飛んだ。


バキャキャキャキャッ!!
木々をなぎ倒しながら吹き飛ぶ僕の体。
ちょうど、フェロー達のいた場所付近にあった一つの大木でとまる。
「がはっ!!?」


血飛沫が飛び散った。
大量の鮮血がエンデとフェローの体を汚した。
「響っ!?」
「ヒビキッ!?」


2人が駆け寄ってくる。
かろうじてバックステップで衝撃を緩和していたのが幸いである。
とりあえず生きていた。
「だ、大丈夫・・ではないなっ!?
・・・・このっ!!
私が・・・妾がここら一帯ごと焼き払って・・・あぐっ!?」
「なんだ?このガキは?
邪魔だからとりあえず、どかしたが・・・まぁいいや。
俺をここまでコケにしたんだっ!!止めを今すぐ刺してやるよ?
命乞いするなら助けてやらんでもないが・・・命乞いも出来そうにねぇな。
あはははははははははははっ!!」


血反吐を吐きながら、立とうとするが体がまるで動かない。
ぷるぷる震えて、力なく垂れるだけの僕の四肢。
これは困った。ピンチ過ぎる。
一応、アースヘッドに殺されかけた時すら、ある程度動いてくれたこの体も限界のようだ。
もっと冷静に行くべきだった。
剣の痛みが自分のことのように分かったからこそ、動かずには居られなかった。
今も剣は泣き続けている。
「は、はやく・・・そい、つ、も・・すけて・・・や、らな・・・いとな。
ごぽっ!?」


やばい。血の量が半端ない。
血反吐はもちろん、大木にぶつかった際に放射状に広がった血がフェローとエンデの体も真っ赤に染めていた。
それだけでも大した量の血を失ってるっていうのに、今もダクダク流れ続けている。
これ死ぬんじゃない?


「どういうつもりだ?」
ん?
このモドキは何を言い出したんだ?
文脈がよくわからん。


「こ、この人には手を出さないでっ!!」
「くくく。健気だなぁ・・・おい。」


どうやらエンデが僕の目の前で守るように立ちはだかってるらしい。
情けないな、僕は。
守ってやるといっておいて、守られている。
「そうだなぁ・・・一生、自殺を考えず、忠誠を誓うってなら見逃してもやって良いぜ?
そこの倒れてるガキも協力者だろ?
ただし、見逃すのはそこのガキだけだ。
そいつは殺す。」
「や、やめてっ!!
お願い。」


どうして、僕はここで倒れているのか。
守りたかったのではないか?
本当にどうして僕は今ここで彼女に守られている?
助けに行くと粋がって、その結果が彼女のこれからの足かせになろうとしてる。
自分が嫌になる。


「却下だ。
そいつがまた殺しにくるとも限らないからな?
それに、片方だけでも生かしてやるんだ。
ありがたく思えよ。」
「お、お願いだからっ!!
私、な・・・・なんでも・・・なんでも言うこと・・きく、から・・・・
腰を振れって言うなら、がんばる・・・
鳴けって言うなら・・・鳴くから・・・」


今目の前で彼女が泣いてるのは僕のせいだ。
僕が今ここで倒れ付しているから。
弱いから。
謝るから、お願いだから、泣かないで。
泣かないで欲しい。
お願いするのは僕のほうだ。
泣きたくなるほどの屈辱を我慢して、唇をこれでもかと噛み締めて、ただ蹂躙されることに泣きながらーーーーでも泣き寝入りはせず、せめてもの抵抗で、意思で僕を守ろうとしている。
小さなこの背中に、震えて仕方がないこの背中に。
僕の命を背負うとしている。
なんと気高き、情愛か。
ただ、一度の恩義と出会いをしただけの人間にここまで出来る人間が一体世界に如何ほどいるのか。
嗚呼
死なせたくない。
その震える背中を強く。
これでもかと強く抱きしめて、守ってあげたい。
それが適わないこんな体。
こんな力。
要らない。
せめて、せめて目の前の彼女を助けることの出来る、守ることの出来る力で良い。
力がーーーーー”欲しい”。
今だけで良い。
今この瞬間このときだけで良い。
その後は動かなくなっても、命尽きても後悔はしない。
さぁ、動いてくれ。
僕の体よ。


答えて欲しい。
僕の体よ。
どうせ死ぬなら、動いて死ね!!
どうせ尽きるならば、意味を持って死ね!!
どうせ失せるのならば、守って死ね!!
どうせ零れるのなら、殺して死ね!!


さぁ動け。


「て、てめぇ・・・その傷でどうして動けるっ!?」
「ひ、ヒビキ・・・?」
「そんな・・・グズ・・ごぷっ!
・・・・はぁ・・・はぁ・・・
クズに・・・エンデがお願いすることなんて一つもないっ!!
どうせ・・・お願いするなら・・・


お願いするなら僕にお願いしろっ!!


不甲斐ないのはわかるっ!!
情けないのも分かるっ!!
頼りないのだって分かってるっ!!
でも・・・で、っもっ!!
ぐぶはっ・・・・ごほっ・・・ごほ。


僕に・・・守ってくれとお願いしろっ!!」


ボロボロの体にムチ打ち、右手に魔力、霊力の全てを注ぎ込む。
一割といっていたが、それだけでも目の前のゴミを掃除するには十分だ。
いや、それどころか何かがフェローの体から無理やり僕の体へ魔力、霊力を流し込んでいて、それを吸収して右腕の黒い塊が体へと侵食していく。
さぁ、後は一つだけ。
一つだけ聞かせてくれ。
君の言葉を。
一言を。


エンデは目からとめどなく涙を流しながら。
泣きじゃくる嗚咽を必死に抑えながら。
自身の震える体を鼓舞しながら口を開いた。


「守って・・・ください・・・
私の・・・すべてをあげるから・・・
私を・・・守って欲しいっ!!」
「今度こそ・・・守るっ!!」


僕は右腕の手袋が変形した”黒い刀”を構えて、もう一度だけ男と向き合った。
「なんだその腕・・・体。てか、その傷でよく立ち上がれるもんだぜ。
ば、化け物だな。
いや、勇者的に言えば魔王か?
だ、だがなぁっ!!
正義の味方である勇者は必ず勝つって決まっってんだよ。」
「ははは。
違いないな。
こんな姿で誰が僕を正義の味方と言う人間は1人もいないだろ・・・」


黒い手袋は僕の体を飲み込むように全身に広がっていた。
禍々しいまでの黒い甲冑が身を包んでいる。
さながら黒騎士?
漆黒の悪魔?とでも言うべき様相である。
これを見て勇者様とあがめる国王も民も居まい。


「だりゃあっ!!」
「さよならだ。」
黒いフルフェイス兜のせいでくぐもった声を上げつつ、僕は刀で迫り来る男を縦に裂いた。
その間の刀の軌跡はこいつも捉えられていまい。
なぜなら。


「はっ!
俺の斬撃にまるで反応してねぇぷっ・・・」
”はっ!”のあたりでとっくに切裂いていたのに全く気づいてないからである。
これで。
これで。
これで守れたのだ。
名誉挽回。汚名返上といけただろうか。
もし、まだ生きていられたら余計な不快感を味合わせた僕の愚をエンデに謝らなくちゃね。
そんなことを思ったのを最後に、僕の意識は深遠へと堕ち込んで言ったのだ。



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