勇者時々へたれ魔王

百合姫

第4節 セリアの心境は揺れるピンクストーム

私は目の前の男性、というにはいささか幼すぎる少年を畏怖で見ていました。
一見ただの少年ですが・・・彼は私の目の前で情け容赦なく盗賊を斬殺しました。
今まで人死にを見たことが無いわけではありませんし、盗賊といえど殺すのは良くない・・・などと甘いことを言うつもりもありません。
ただ、その姿は華麗で優美で・・・
一つの舞踏のように軽やかに盗賊を斬り捨てていく姿は恐ろしさと頼もしさ。
その両方を感じます。
最後に残った一人を殺した時、その目には何も伺えませんでした。
ただ少しだけ気分を害してるようです。
次に馬を殺します。
なぜ殺したのか?
その瞳の揺れを見れば、すぐに分かりました。
優しい方です。


どことなく暖かさを感じるのに・・・不思議な冷たさを感じるのはそのせいでしょうか。


少年が私へと歩み寄ってきます。
身が凍えるように動きません。
情けなくも・・・盗賊に襲われた時点で・・・身が震えて言うことを聞かないのです。
助けてくれた今もその時の恐怖で身が石のように重いのでした。
私は無力です。
従者と離れても、盗賊の一人や二人・・・実際は11人でしたが・・・その程度でこうなるとは・・・
いかに未熟かを心身ともに染みました。
少年が助けてくれずに・・・彼らに暴力を振るわれ、蹂躙されてた場合を考えて・・・本当に・・・本当に恐ろしかった。
震えが止まらないのです。
もちろん・・・商人さんを助けたかった。
ここまで怪我をした私を無償で送り届けてくれるという・・・今の時代、今の国々の状況にしては珍しい良き人でした。
少々、下心が透けてもいましたが・・・男性なら致し方ないとベリルから聞き及んでいます。
とにかく、この足で扱える武器も無く・・・霊力も枯渇している状態。
どうすればいいのか?
いえ、この足でも、武器が無くとも誇り高い私の血筋の人間にとって恩を返すことは至極当然。
命を賭してもその恩に報いるべきだったのです。
しかし・・・だけれど、私には・・・ただただ震えるしかなかったのです。




なんと情けないことかっ!!


怯えるしかない私の目の前で、少年が手を差し出してきました。
つい声が出ました。


「ひっ!?」
単に驚いただけなのですが・・・
今の私の喉は驚いたものではなく・・・引きつったものです。それを聞いて怯えさせたと勘違いしたのか、少年は少しだけ目に戸惑いを表しました。
助けていただいたのに・・・私という人間は、なんと小さいのでしょうか。
すぐに謝罪を・・・謝罪を・・・と思うのですけれど・・・・
彼と目が合うと、痺れた様に体が動かないのです。
そして、胸に沸く弱くはない熱。
一体なんなのだろう?
今までの震えが収まり始めるのですが・・・なぜでしょうか?
震えが止まる気配など微塵もなかったというに・・・
と少々の熱感とともに自分の気持ちを整理し、出来るだけ・・・出来るだけありがたく・・・ありがとうという気持ちを態度に出して、薬を受け取ります。
薬はエリクシールでした。
これは私の剣術の師匠から知っておけということで一度だけ見せてもらったことがあります。
すべての怪我を・・・病を治すという魔法薬でも最高峰の物だというのです。
一部の地域・・・特に国境付近である”レヴァンテ”を含む近辺の街では・・・特に小競合いによって魔法薬の需要が増し、一番効果の低い魔法薬自体かなりの高額な物であるはずなのに・・・
そんな中から最高級に高価なものを・・・これは下心があると判断してよろしいのでしょうか?
リネティアが言っていました。
男が高価なものをやるのは自分の気を引きたいときだけだ。と。


とにかく、先ほどの良くない態度もありますし・・・せっかくのご好意を無下にするのは失礼ですのでご好意に甘えることにします。
あとでお金を請求されても今回の礼とあわせて払わせてもらえば良いだけです。
もしかしたら毒かもしれませんが・・・
この人なら大丈夫・・・という安心感があります。
そもそも私の顔を知らないみたいなので、ここでわざわざ毒薬を使う意味も無いでしょうし、睡眠薬ということもなさそうです。
魔法薬の場合魔力の流れでだいたい分かりますし。




とにかく、一気に飲み干すと足がたちどころに治りました。
治っていく過程は自分の足ながら痛々しいというか・・・気持ち悪かったですけど。
立ち上がってみると足を折る前よりも頑丈になった気がします!
久々に自分の足でしっかり立てるのと、鈍い鈍痛からおさらばして一気に恐怖が吹き飛んでしまいました。
毒とか睡眠薬とか・・・少しでも思ってた自分が恥ずかしいです。
もちろん、ある程度の警戒は大切でしょうけど・・・


「だ、だいじょうぶ?
なんか・・・すごいテンションがあがってるみたいだけど?」
「は、はい。」
は、恥ずかしい・・・




その後、すぐさま私に興味を無くした様で・・・・去っていこうとしました。
自分の戦果であろう盗賊のお金や商人さんの・・・はすこし行儀が悪いと感じましたが、そんな奇麗事ばかりは言ってられませんしね。
自分が取って良いだろうお金を全て私に渡して去っていこうとしたのです。


どうも・・・下心はないみたいですが・・・
残念です・・・あれ?
どうして残念・・・なのでしょう?


もちろん私は引き止めました。
彼にお礼をしてないし、彼に守ってもらえば国に帰れると感じたからです。
ベリルやリネティアを探すのも私一人では荷が重く・・・本当に情けない。
何より私が彼と居たいと感じたのですから・・・・


彼は渋々といった様子で一緒に街まで着いてきてくれました。
なんだかんだいって人一倍優しいのかもしれません。
私が懇願した・・・というのももちろんありますけど。
私の願いが届いたと思うとこれもまた嬉しかったのです。
自分勝手なことを言ったのは理解してます。彼を巻き込もうとしてるのも気がひけます、がそれの反省よりも嬉しさが強くて・・・
どうにもこうにも、反省しなければなりません。
でも、これが私にとって初めての我侭ですから・・・きっと神様も許してくれるはずです。
命の危険に出くわせば、私をおいて逃げていくでしょうし。
見ず知らずの人を死なない程度に巻き込むくらいいいですよね?
・・・私ってこんな悪魔染みた考えを持っていたでしょうか?
護衛だって、ロロリエの街までの予定ですから大丈夫なはずですし。


宿では事情を話して護衛を頼みました。
彼は嫌がっています。
礼も受け取らないといいますが・・・
その彼の頬は薄っすらと紅に染まっていました。
照れ屋さんのようですね。


エリクシールの件は知らなかったようですが・・・
気にしないで良いの一言。
コレは照れてるとかではなく・・・本当に心底からそういってるように聞こえました。
お金ではなく・・・お金では買えないもの・・・が欲しいのでしょうか?
でも・・・お金で買えない・・・物?
なんでしょう?
か、かか、体・・・でしょうか?
だ、駄目ですっ!!
私はやっぱり好きな人とが・・・・い、いえ・・・想像してみると・・・この人なら良いような・・・
ま、待ってくださいっ!?
そういうのはやっぱりいけないと思いますっ!
いけないと思いますが・・・・
それ以外に・・・礼となると・・・?
わ、わかりません。
わ、私にはわかりませんっ!!


と、とにかく護衛を頼みましょう。
国に帰ってから礼を考えれば良いのですっ!
か、体を求めると決まったわけでもないですし・・・・
か、かか、体なんて・・・ふ、不潔ですっ!!


「どうしたの?」
「あ、いえ。なんでもありません。」


うっかり顔に出ていたようです。
それに・・・なんとなく確信しています。


礼はともかく私の依頼は聞いてくれる・・・・
なんだかんだいって最後にはやっぱり助けてくれそうな・・・そんな確信が私の胸の内にはあるのです。

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