タコのグルメ日記

百合姫

謎が謎を呼ぶ

「さて、それじゃ、続きを聞かせてよグリューネ」

”おふとんすてるす“を解いて、そう僕は言った。
中の音が聞こえない代わりに外からの音も遮断してしまうためにグリューネとやまいの2人には、先ほどの二人組の話を聞かせた後、グリューネの途切れた話の続きを催促する。
先ほどの彼らの会話とグリューネの”それ“も聞けばきっとある程度の全容は掴めるはずだ。
僕が来ていた服を隠していた場所から回収するも一応、また彼らに出くわすかもしれないので、服を着ないでタコのままでいることにする。

「…変質してしまって分かりづらいけれど、これはここら一帯の“迷宮”を治めていた生物を人間の手で改造したものよ」
「かいぞう?改造って何?」

初めて聞く言葉にやまいが首を傾げる。

「えっと…人の手を加えてより良くすること…かしらね。ええ、まさにこれはその通りのもの。本来ならありえない物質が出来てもおかしくない所業だわ」
「治めていた生物ってのは迷宮の主のことだよね。グリューネみたいな。それを捉えて改造って、そんなことできるわけ?というか、どうやるの?」
「私が知るわけないじゃない。私が目の前の“コレ”を見て分かるのは原因と結果くらいよ。これが私と同じような存在を使って作られ、魔蓄鉱とやらを作る道具にされているってことくらい…」
「魔蓄鉱とやらがこの生き物を使って作られてると?」
「ええ、あんな不条理な物質を…よりによって…」

どうもイライラがピークに達したのか、グリューネは髪から植物のツルを生み出して目の前の肉塊に突き刺した。
それに対する肉塊は呼吸管らしき触手のような管から少しばかり吹き出るだけだった。ツルの刺さった場所からはじゅりゅりゅと血が滲み出るものの、思ったよりは出ていない。

「ちょっとっ!?なにしてんのっ!?」
「見たら判るでしょう?殺すのよ。こんなもの許して置けないし、このまま放置すれば確実に問題が起きる…いえ、すでに起きているのかもしれない。私たち管理者は”迷宮“を管理しつづけなくてはならない。別にこれが管理者を使ってなければ放置していても良かった。迷宮が死んでいても良かった。でも、これが生き続ける限り、新しい管理者は生まれず、この一帯は……」
「この一帯は…?」

ごくりと息を呑む。
どんな問題が起きるのだろうか?

「…マズイことになるわ」

ん?

「マズイことって?」
「マズイことはマズイことよ?」
「いや、具体的にどうマズいのさ?」
「……………………知らないわ」

と、プイとそっぽを向くグリューネ。
えー、それはないわー、期待させるだけさせといてないわー。

「そ、そんな目で見ないで頂戴。私だって、気になるけれどこんなケース、初めて見たし、聞いたんだもの。ただ迷宮の主としての本能のような物がこれを許しておけない、不快だと判断したのっ!!説明できるものなら私がして欲しいわよっ!!」
「はいはい、迷宮の主(笑)の本能ですものねー」
「ちょっと、わざわざ”かっこわらい“ってところまで言わなくても良いでしょうっ!?」
「マズイことになるわ…キリッ」
「あ、あなたねぇっ!!」

グリューネをからかっている場合ではないのだが、とにかく目の前の肉塊はヤバイらしい。
どうしたものかと考えていると。


「ドード、タコ、”この子“助けられないのかな?」

とやまいがぽつりと言った。
ずっと押し黙っていて、ただ話を聞いていただけに思えたが、黙っていたのは言いたいことが無かったからではない。ずっとそのことについて考えていたのかもしれない。

「きっと目の前の”この子“も人間に…人間が襲ってきたんだと思う。ドードと私がいた時みたいに」

そういうやまいの瞳は揺れていた。今すぐに泣き出しても良いくらいに。
一番親しかったであろう僕が死に、残ったグリューネと共に過ごしていたところを森の資源目当てで様々なものを乱獲し始めた”人間“。そのせいでグリューネとも離れ離れになり、1人でなんとかしなくてはいけなくなった日々を思い出していたのかもしれない。
今はなくなっている邪竜の加護の副作用である、様々な生物に嫌われる効果もその時にはあったはず。下手に加護の力を使えず1人で頑張っていたやまいにとって目の前の肉塊は”コレ“ではなく”この子“。そして、同じ人間の過剰な欲による皺寄せを受けた者同士の共感や、同情ゆえに。彼女は目の前の被害者を救いたいと願うのだろう。


うむ、実のところ僕も同じ気持ちであった。
グリューネの突然の攻撃に対し、僕が止めたのは元々グリューネのような存在だと聞かされて、さすがにこのまま殺すのはどうにかならないかと思ったためである。それしか方法が無いのならば納得しただろう。しかし、まだまだ目の前の生物に対して分からないことばかりの現状、助けることができるのかどうかすらも分からない段階である。
自身の縄張りに入ってきて、捕らえられ、そして得体のしれない生物に改造される。最後には生かしておけないと殺される。
まぁ気の毒ってレベルじゃない。たしかにこの世は弱肉強食だ。弱い存在は何をされても文句は言えないかもしれない。淘汰されるべきかもしれない。放置して見なかったことにするのが一番波風立たない対応だろう。が。それも限度があると思うのだ。


どうせ、グリューネは見過ごせないし、やまいは助けたいと言っているのだから多少の手間は買ってでもやることにする。

「殺すのはまだ早いと僕は思う。とりあえずもう少し調べてみよう?弾薬の原料である魔蓄鉱も実際に見て、それも調べてみれば色々と分かることも出てきて、それがヒントになって目の前の ”この子“を助けられるかもしれないし」
「たこっ!!」

僕の発言を受けて嬉しそうに笑うやまい。
うんうん、その顔の方がさっきよりもずっと良いとも。
今まで上げた理由よりも、やまいの優しさを無駄にしたく無いという理由が一番だったりする。

「…別に私だって殺したくて殺したいわけじゃないわよ」

若干ふてくされたように見えるグリューネ。分かってるからと宥めつつ。

「魔蓄鉱探しに戻ろうか」
「探すも何も魔蓄鉱ならすでに沢山あるじゃない?」
「はい?どこに?」
「その辺よ」
「その辺ってどこさ?」

その辺と言われても、その辺にあるのは”この子“と、高見台と登るための階段や梯子…それくらいである。いや、グリューネはそちらを見ていなかった。

「ドードが言ってるのって壁のこと?」

グリューネの視線から察したのか、やまいが言う。

「ま、まさか…この坑道の壁全てとか言わないよね?」
「まさか。壁だけじゃなくて、今立っている地面すらもそうよ」

まじですか?なんというかすっごい坑道だな。普通は土とかに紛れて掘れば出てくるような物だと思っていたのだが、掘るまでもなく、適当に壁を削れば手に入るってことか?
いや、剛化の魔法陣が描かれているから、おそらくはちゃんと掘るべき場所があるはず。ここにくる前にも剛化の魔法陣については注意を受けたし。発掘した魔蓄鉱で壁を補強した、との方がより自然だ。が、の割には何というか、僕が気づかなかったことから分かるかもしれないが、見た目はただの岩肌のように粗い。

いや、待てよ。ここで僕のぐれーな脳細胞がピリリと光る。もとい閃いた。
ずっと疑問だった魔力が通り続けても壁が崩壊しない理由。そう、普通の物質では魔力は毒である。すぐにどうにかなるわけではないが、長期間晒されていれば、どんなに強固な物質もダメになる。
壁が全て魔蓄鉱という魔力を吸収できる物質であればどうだろうか?
本来ならば毒とする物質を自ら積極的に取りこむ性質を持つ魔蓄鉱ならば魔法陣を直接刻んでも問題がなくなる。
壁が崩壊していないところを見ると単純に強固な物質というわけではなく、魔力に対して完全な耐毒性を確保していることに他ならないのではないだろうか?
いや、だが、そうであるならば消耗品にはならない魔法陣を刻める完全な触媒が…とまで考えて、魔力を吸うなら魔法陣自体吸収されてしまうと考え直す。魔法陣を描くのは魔力を用いて行うためである。いや、けどそしたらなぜ坑道の魔法陣は消えずに機能し続けているのだろうか?
まさに謎が謎を呼ぶ難事件。しかし、それも含めてしっかり調べないと“この子”は救えそうにない。
ちょっと調べるだけでこれだけ分からないことがあると言うことは、“この子”を作った手法に関してもまた様々な分からない技術が扱われている筈。

んーんーと頭をひねり、やまいとグリューネも交えた結果。

狩り人組合に入ろう!
そういう結論に達したのである。

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