タコのグルメ日記

百合姫

グリューネに会う前に腹ごしらえでもいかが?

さて、それじゃあやることもやったし、とりあえずは…


「腹ごしらえをしますか。
ああ、…えっとアシュロンだっけ?
君も食べていくといいよ。」
「は?」


僕の言葉にきょとんとするアシュロン。


ぽんと音と煙を上げて虚空に出現する鍋。
それをキャッチしつつ、アシュロンの傷を治していくためも魔法も発動する。


「やった。…私もてつだう。」


小さな声で嬉しそうな声を上げるやまい。そのまま僕のもとへトトトと走り寄って鍋を受け取り、手慣れた様子で水を入れていく。
ちなみに水は森の中を流れる地下水を魔法でその都度回収した、雨水が天然の山の岩土で磨かれたおいしい水である。


ずっと背後で不安そうな顔をしていたのは分かっていたが、今ではその様子が無い。
それだけ僕の料理を楽しみにしてくれているということだろう。
なかなかうれしい反応だ。


鍋のほかにガスコンロの代わりになる魔道具とほかの食材も取り出す。
今回のご飯は海鮮キノコ鍋だ。


「まったく、人の腕をこんなに切り取ってくれちゃって…よだれが止まらないね。」


ほんと、楽しみである。
今回のメイン食材は『僕の腕』だ。
正確に言うと斬り飛ばされた腕である。


仮にもタコの体の僕なのだが、それ以前は人間だったのだ。
それもタコの消費量ナンバーワンの日本人。
世界で漁獲されるタコの六割が日本に集まると言われている。
そんな日本人の魂を持つこの僕が自分の…斬り飛ばされて人間に擬態した腕からタコの腕へと戻ったものを見て食欲を刺激されるというのは当然のことである。


このまま置いておくのはなんかもったいないなぁ、おいしそうだなぁ、これって食べられるだろうなぁと思ったのが始まりだ。


一応は漫画やアニメにある斬り飛ばされた腕を傷口に押し付けて再生できるか?というのを試したこともあった。
が、当然ながらさすがの僕の体もそんなことは不可能だったようで、包帯で巻きつけて接着し続けること三日くらい経たないと付かないのだ。
当然ながらその間は触腕をろくに動かせず、収納もできないのですごく邪魔くさい。
そんな面倒な処置をするくらいなら食べてしまおうと考えるのは至極当然に違いない。
つなげた方が早いけど、別にまた新しく生えてくるのだしね。
その再生期間は約1週間と早く、タンパク質を豊富にとればそれがさらに1、2日くらいは短くなるのだ。
なおさら食べてしまおうという発想になったのは当たり前のことである。


「タコ、準備できたよ!」
「ありがと。やまい。」


まずは鍋に水を入れ、陸昆布という陸に生える昆布を投入する。
それによってダシを取り、そのあとにぶつ切りにした僕の腕を入れていく。


「お、お前らは何をしているんだ?
そ、それはお前の腕だろうっ!?」


とすごくドン引いてるアシュロンを見て、やまいの初めの反応を思い出す。
ほかの動物に斬り飛ばされた僕が僕自身の腕を切り刻んで鍋やらフライパンで調理し始めた姿を見て、泣きながらに止めたものである。
あまりにも猟奇的で怖かったとはその時のやまい談。
頭がトチ狂ったと思われたのだった。


もともとタコは外国の一部の地域ではデビルフィッシュと呼ばれ、日本人にとってのゴキブリのような反応をされる。
もといゲテモノ認定なのだ。
そんなうねうねしてる、それも自分の腕を刻んで食べようとする。
確かにそれは恐ろしい話である。
それが、いまや『これ』である。
初めこそ僕の腕を食べるなんて!?みたいなやまいだったのだが今や僕の太くてぷっりぷっりのにょろっとしたものを口腔内に含んでからは味を占めたようで、やみつきである。
嬉々として口に含むようになった。


ちなみに体の色を変えられる僕だが、その色の素は黒だ。それが煮立っていくにつれて徐々に鮮やかな赤ピンク色に染まっていく。
僕の体は生ではとてもじゃないが食べられたものではない。
強力な筋肉で非常に柔軟で頑強な腕だからだ。熱に通して初めて分かったことだが僕の血液にも特殊な効果があるらしくフライパンで炒めてもまるで姿かたちが変わらず、熱が通らない。
噛み切れないのである。
しかし、熱湯で茹でることによって熱湯に血液が流れだし、それが凝固してアクとして鍋のふちに付着する。
それをせっせと網で掬っていくやまい。
おそらくはこれが熱に強い成分で、そうなると地球のタコと同じく筋肉のタンパク質が熱湯で噛み切りやすくなるのである。


つまりフライパンで炒めたいときは斬りとんだ腕の中の体液を抜くという下処理が必要で…まぁ今回はこの辺の話は割愛する。


そんな鍋が沸き立つさまをちらっと見つつも、僕は僕でキノコの準備をする。


「そ、それは?」
「これはヤマタマゴドクテングダケ。毒と名はついてるけど熱に通すことでその毒が分解されてすごく美味しくなるってことでさまざまな街で取引されてるキノコだよ。
繁殖力も旺盛で、雨上りの湿気た日は市場に大量に出回るね。ちょっとしたキノコパーティさ。」


アシュロンはやたらと真っ赤に染まったキノコを見て恐る恐る聞いた。


「とはいえ、キノコは同じ種でも地域差で毒の成分が変わったりするから、解毒魔法を持たない場合は使わない方がいいかもね。」


下処理として水につけてキノコを食べる虫出しをした後に、ヤマタマゴドクテングダケに解毒魔法をかけておく。
ちなみにこれはつい先日取れたて新鮮のキノコだ。
さぞおいしいに違いない。


「ほらそこにも生えてる。
取ってくれない?」
「は?…えっとそんなのあるか?
どれだ?」
「それだよ、それ。」
「うん?」
「そっちの白い卵みたいなのがあるでしょ。それの横の草の影に隠れてる。」
「うわ!?
なんだこれ?
気味悪いな?カビか?」
「…君、森住まいだったのにそういうキノコも知らないの?
タマゴって名がつくのは卵のようなものに包まれて発生するからだよ。
そこからさらに数日たつとその隣のキノコが中から飛び出してくるわけ。」
「…なるほど…いや、まぁ知らなくて当然だろう。俺は元々肉食の魔獣で、この姿になってからもほぼ肉食だ。」
「…ったく、肉ばっかり食べるんじゃない。
野菜を食え、野菜を。若いころは野菜ばっか食ってろ。健康に気遣え。そして年取って老い先短くなってから肉食え。
若いころは野菜だ野菜。野菜野菜野菜野菜野菜。野菜ばっかり食べるんだ。」


と言ってみる。僕的にはどちらでもいいのだが、元カマキリだったというアシュロンへのただのからかいである。


「…かんべんしてくれ。っと…それはなんていうキノコなんだ?」


やっぱり嫌いなのかな。というか消化管が短いのか?
いや、でも彼の体は僕のようにタコのままではなく完全に人間になっているらしいし。
なんて言いながら、干したしいたけを水につけてもどす。
そのあとに手ごろな大きさにカットしていく。


「干し、しいたけだけど。見たことない?」
「…いや、ないな。」


ポピュラーなしいたけなのだが、キノコにも生える季節、良く生える木の種類などがあるのだ。そうした木の種類の近くや倒木に生えることがままある。
キノコを探す場合はそれを生やす木を探すことから始めると探しやすい。なんて話はさておき。
これは拠点付近で採取したしいたけを天日干しした干ししいたけである。
実にいい香りだ。


「それは・・・」
「キング松茸。」


キングと名付けたのは尋常じゃなく大きな松茸だったからで、いうに三十センチはある。とんでもない松茸だ。
実際はただの松茸だと思われる。
日本では非常に高価な松茸。
比較的安い中国産が店頭に良く並ぶのだが、なぜ日本産が高価なのかは端的に言うと量産ができないためである。
すなわちすべて天然ものなのだ。


昔、グリューネに聞いたことなのだがキノコには大まかに分けて倒木に生える生きてないものに生えるタイプと、生きた木そのものに生えるタイプがあり、後者が松茸である。
つまり栽培して量産する場合、まずは生きた木の調達から始めなくてはいけないのだ。
なおかつほかにも生えていたキノコが見られたためにおそらく日本では安定して松茸だけを発生させることが難しく、採取よりもさらに値段が上がってしまうために栽培されない。


個人的には確かに香りも歯ごたえもいいのだが、そこまでおいしく感じたわけでもないので日本にいたときは一度くらいしか口にしなかったものだけど。


「…うむ、なかなかどうして素晴らしい香りだ。」


これは炭火焼き、といいたいところなのだけど炭がないので普通に網で軽くあぶってから刻んでこれも鍋に入れる。
煮込むより焼いた方が美味しそうなんだけど、ここはキング松茸を信じよう。
ぶっちゃけフライパンの用意がめんどくさかっただけなんだけど。


ぐつぐつと煮込む鍋をこれまたにこやかに鼻歌でも歌いそうなほどの笑顔でじっと見ているやまい。
かわいい。


数分が経って最後に軽く塩を振って、完成である。
単純だろうが、シンプルイズザベスト。これが一番おいしいのだ。
…これまためんどくさいだけだったりするけどね。


出来上がりと同時に転送魔法で煙と軽い音と一緒に茶碗が出現して、僕の手に落ちる。
それを持ってお玉で掬えばこれで完成である。
海鮮キノコ鍋。一丁上がりってもんよ。




「めしあがれ。」
「…ほ、本当に『コレ』を食うのか?た、確かに香りは良いが…」
「君が斬り飛ばしたんでしょ。責任もって食べなさい。」


ちょっと違う気もするけど。


「いらないなら私がもらう。
そもそもあなたは私たちを殺しに来ている敵だったはず。それを生かされてご飯まで振る舞われてる状態で食材を無駄にするなんて舐めたマネするならタコがやらなくても私がその首斬り飛ばす。
なによりも私はタコを襲ったことを許していない。」


と、物騒なことを言い出すやまい。
ただずいと手を差し出された手は茶碗をはよよこせと言わんばかりである。


「…そうだな、失礼した。せっかくの振る舞いだ。いただこう。」


感情をあまり見せなかったやまいの敵意に若干気圧された様子を見せつつも、アシュロンは器に入ったキノコを掬った。
僕も内心、ちょっとびっくりである。そこまで怒ってくれていたようでうれしさ半分、落ち着いてという気持ち半分というところ。


アシュロンが初めに手に付けたのはヤマタマゴドクテングダケである。
さすがに初っ端から僕の腕を食べる気にはならなかったか。
いろんな意味で。


ちなみに彼の欠損した部位は回復魔法で生えている。さすがに元通りのがっしりと筋肉のついた体にはならなかったが、それでも普通に過ごす分には支障はないようである。
僕の触腕も回復魔法で治してしまうとひょろ長く、弱い状態で再生されてしまうので生えるのを待つ。


「…あぐ。
…う、うまいっ!」


恐る恐る口にした瞬間。
そのままヤマタマゴドクテングダケを次から次へと口へ入れていく。


「口に入れた瞬間キノコ特有の…くせのある…しかし食欲をそそられる香りが広がり、しゃっきりとした歯ごたえがまた楽しい。
それにこれは…すごい。キノコというのを初めて食べたが、肉とは違う濃厚な旨味ではない…こう、ささやかな、しかしちゃんと主張するキノコ特有の旨味とでも言うべきか…それが…とても美味しい。」


むしゃむしゃと食べながらも彼の持つスプーンは止まらない。


「控えめで、でも隅々まで広がるキノコの香りと旨味、そして飽きさせない歯ごたえ。
止まらない!やめられないっ!美味しすぎる!!」


僕も食べてみると確かに。
これはさわやかな旨味のささやかな主張だ。
甘いのではない、苦いのではない、辛いのではない、そう、すっと広がる”キノコの旨味”。
実にトレビアン。


「そして驚いたのがこのしいたけとやら。
なんて…なんて…なんてっ!!
―ーーーっんなんてぷっりぷっりなんだっ!!
口の中でしいたけがダンスを踊っているかのように感じるほどの弾力プリプリ
そして遅れてくるしいたけの香りとこれまた強力な…干したことによる凝縮された旨味の大爆発。
噛めば噛むほど染み出てくる。あああああっ!!止まらない。よだれがっ!唾液がっ!!食べても食べても次を食べたくて唾液があふれ出る!!」


た、確かに、これはすごい。
乾燥させていたためか、僕の腕や陸昆布から出たダシががっちり染み込みそれがまた噛み切った断面から『ぷりゅりゅっ!』と口の中に噴き出るのだ。
ダシとしいたけ本来のうまみが染み込んだおのような、しかし食感はそれとは違う。
これがまた美味しい。


「そしてこの松茸っ!!
…なんだこの食感、そして驚愕に値する芳醇な香りはっ!?
これもしゃきしゃきしている。いや、むしろ芯のようなものが残っていてこれは失敗かと思いきや、まるで違うっ!!
歯を突き入れた瞬間、ある程度までは耐え、しかしある一定以上の力を込めた瞬間にそれまでの抵抗が嘘のようにあっさりと噛み切れてしまう。
じゃきじゃき?じゅきじゅき?いや、こんな擬音語ではこの新感触を伝えることは出来ない。
…これは…きゅっきり?
じゃっきゅり?いや…だめだ、俺にはこの素晴らしい感触を伝え導くことができないっ!!
とにかくあまりにも歯ごたえが素晴らしい。
さらに後からくる香りと、これまたあっさりとしたキノコの旨味。だが、キノコ特有のくせのない本当にあっさりとした今までの味の濃いキノコとは比べ物にならないほどの…そう!すっきり清涼感な旨味だ!!」


確かに、これはすごい。歯ごたえがやばい。
さくさくやしゃっきりとの中間…のさらに斜め上とでも言おうか。
ザクザク?じゃくじゃく?無理に擬音に当てはめるならそれに近い。
そして味が薄い、というよりすぐに消えるというべきか。
ちょっと舌の上に乗ったら『ふ。味わったな?ならば旨味おれはクールに去るぜ』と言わんばかりのあっさり具合。味が薄いのではない。驚くほどに後味ひかないのだ。


そして彼が最後に取り出したるわ、僕の腕。だったものである。




「ごくり。」


その音はゲテモノとして判断してのことか、それともメインディッシュであると気付いていたがゆえか。


「あむ。」


ゆっくりと口に入れ、アシュロンは目を瞑り、その旨味の欠片も逃さないとばかりの真剣な表情で咀嚼していく。
そしてカッと目を見開いた。


美味うまいッッッッッッ!!!!!!!!!!!」


とだけ言った。
ほう。分かってるじゃないか。
そう僕の腕に余計な言葉はいらない。
ただただ。
僕の腕はうまいのだ。


僕の筋線維はほかの動物よりも非常に多く、非常に柔軟で非常に頑健だ。
しかし火を通すことによってその線維をまとめて居た特殊なタンパク質が溶けて、頑健さは消え、残るのは多く柔軟な筋繊維のみ。


僕の体が人の体になれるのはその筋繊維の構造にある。
細かく枝分かれした柔軟な筋繊維が幾重にも折り重なって出来上がる僕の筋肉は口に入れて歯を突き立てた瞬間、皮に張り付く形で辛うじて残っていた形態を保てなくなり一気に”ばらける”。


そしてそれら細かい筋繊維は一気に口の中に広がり”舌の上”に広がり包むのだ。
その極細の筋繊維は美味しさを感じるためのざらざらとした舌表面の凸凹状の”みらい”という細胞の隙間に入り込む。
すなわちナノやミクロンというレベルで直接感受するための細胞にするりと。
そして入り込む物体は筋繊維、もといお肉である。
それが人間の舌に存在する5000個あるとされる”みらい”に直接絡むのだ。




「ぐぅっ!!
…うあっくっ!!」


ゆえに味覚が鋭い僕は僕の腕を食べるたびに、あまりの旨味にこうしてうめいてしまうのである。





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