タコのグルメ日記

百合姫

しまらない決着

『ふふふふーん。』
「ご機嫌だね。」
『まあの。
これでしばらくは退屈しなくて済みそうだしの。』
「・・・しばらく?」
『うむ。
話し相手として彼女を置いていくように言ったのだ!』
「いや、そうじゃなくて・・・そこは分かってる。
しばらくってのは?
これから彼らが死ぬまで人質交換していくんじゃないの?
それならかなりの間、暇つぶしになると思うけど。」


この世界は中世風。その文化レベル同様、医療技術もまた違わず平均寿命は短い。
のだが、物理法則を超越した回復魔法なる物があるために生きる奴はとてつもなく長く生きれたり。
ゆえに短いといっても同じ時代の地球よりは平均寿命が長い。


『まさか。
かわいそうであろう?
私は鳥かごの鳥よりも空を自由に飛ぶ鳥を愛でるがのう。
おぬしは違うのかえ?』


やっぱり脅し、ないしはとりあえず思いついた要求を言ったというだけなのかも。


「いや、別にそんな空を飛びまわるような鳥を鳥かごに無理やり入れるのは僕だって好きではないけど・・・」


という話を聞いていた僧侶リッカは怪訝な表情をする。
ちなみに勇者一行は渋々ながら帰って行った後だ。
お人よしくさい彼らはまた仲間を取り返しに来そうなので、彼らが来る前にこの辺りを離れておきたいところである。
負けるのが分かっているのだから、今度は負けないように様々な準備をしてやってくるだろう。
それに巻き込まれるのが怖い。
いろいろと面倒そうだ。


「わ、私をどうするつもりよ?」


少しびくびくしながら少しだけ強気で応対するリッカちゃん。
それに答えるのはもちろんフィンケルである。
ちなみに今応対しているフィンケルは死体っ娘のほうである。


『もてなすつもりだぞ?
安心しろ。
私とて何百年と生きている古参だ。
お客人を迎えた際の人間らしい対応くらいお茶の子さいさいだの。』


と言ってアセロラドリンクっぽいのを出すフィンケル。
それは間違った対応だと思います。


「それはやめておいたら?
飲み込めばあまりの魔力量に人間は死ぬんでしょ?
・・・飲み込める人間がいるとは思わないけど。」
『おっとそうであったな。
ついおぬしが人間の姿で飲んでいたからそのまま出してしまった。
それでこの体の持ち主である娘を殺してしまったしの。』


ああ、そういえばその死体は娘だとかなんとか。
人間である少女を竜が娘と呼ぶ。
さぞかし複雑な事情があるのかと思えばそんなことなかった。
不思議そうに聞いていたリッカ少女にフィンケルは聞かれてもないのに答えたのだ。その聞かせた事情はくだらなかった。
一言で言えば今と似たような状況である。
フィンケル操る、この少女の死体が少女として生きていたころ、血を求めてここにやってきた少女。
そこでフィンケルはさびしい思いを紛らわすため、家族になってくれれば血を与えるとした。
少女はのっぴきならない事情があったのかそれを了承し、顔をしかめてはいたが飲み干したという。
そのあとに全身がけいれんし、いたるところの穴から血やら透明な液体やらの出ちゃいけない体液が吹き出し死亡したという。
・・・えぐい死にざまですね。


「そ、そんな毒を私に飲ませようとしたのっ!?」
『ど、毒とはなんじゃっ!
毒とはっ!!』


いや、毒だろ。
味的にも毒だし、効能的にも毒である。


「まぁまぁ落ち着きなよリッカちゃん。」
「な、なれなれしく呼ばないでよ!!
あなたも・・・魔獣の仲間なんでしょっ!?」


といって憤怒するリッカちゃん。


「人間のくせに魔獣の味方をするなんてどうかしてるわっ!」


まだ人間だと思ってたのか。
それならば好都合。


「その人間である僕と魔獣の中でも王様的な存在の竜が仲良くしゃべってるんだ。
そう目くじら立てて、魔獣を殺そうとしなくてもいいと思うよ?
人間にも悪い人、良い人がいるように魔獣もそんなもんさ。」


このたとえはちょっと違うが、ニュアンスだけ伝わればいいのでよしとする。
魔獣は生き物なのだから良し悪しの概念自体存在しないのだが、そこはさておき。
これで魔獣に対する偏見をとっぱらおうぜ!
もとい万が一正体がばれた時に、敵対しないよう楔を打ち込んでおく、つもりだったのだが。


「生理的に無理!」


・・・そうなるだろうなとは思ったけど。
日本におけるゴキブリのように忌み嫌われてるからね、魔獣って。
ちなみにそうした価値観というのは本能ではなく文化で決まる。
ゴキブリの一種がカブトムシ代わりになっている国や食用のゴキブリがあったりするというのも聞くし、人間、生活してきた環境で好き嫌いが決まるというし、その好例だろう。


魔獣=忌み嫌うべき害獣とする彼女のこれからは、実にストレスな日々を繰り広げることになる。
ご愁傷様です。


『私の話し相手。
それがおぬしのやることだの。
簡単かつ平和なお仕事だ。
私の寛大さにむせび泣いてもいいぞ?』


と、冗談めかして言うフィンケル。


その後、フィンケルが彼女に話した事情は以下である。


まず第一にフィンケルが勇者達と戦ったこと。
これはただの戯れである。
本気で戦っていたリッカ少女は絶句していたが、フィンケルとしては小さな子供がいたずらをしてくる感覚だったのだろう。
子供と本気で喧嘩をする大人はいない。
それほどの差があったということである。


第二に、彼女を残したこと。
これは一応の見せしめ、とは口実であり、実際は特に気にしていなかったものの一応怒るかいやがってるそぶりを見せる程度はしないと人間は調子づくためである。
もちろんのこと今まで彼女と相対した人間は一人ではない。
その昔も彼女を殺そうと手向かってきた輩がそれはもうたくさんいたらしいのだが、彼女としては特にムキになるほどでもなく、殺す必要もなく。
軽く薙ぎ払って死ぬなら死ねばいい、逃げ帰るなら逃げればいい、まだ手向かうのなら今度はもう少し強めに薙ぎ払えばいい、という対応をしていた。
そうすると生きて帰る人間の中には俺程度で生きていられたんだから、今度は何十人とで行けば・・・なんてことを考える。
竜の血肉は実際のところはともかく、様々な効能を持っていると信じられていたためにそうした人間が多々やってくるそうな。


物事には程度というものがある。
何事も行き過ぎはよくない。
かなりのさびしがり屋の彼女としてはうれしいところもあったが、うっとうしさが勝っており、それらを一度本気で蹂躙したら、二度と寄り付かなくなった。
それはそれでさびしくなった彼女は今回の襲撃を、貴重な機会と見ているというわけである。


「人とか知的生命体を攫えばよかったんじゃないかな?」


とふと思ってつぶやいたが、それに対して引いた目を向けてくるフィンケル。


『お、おぬし外道じゃの?』
「…冗談だし、僕はやるわけないからね?」
『私だってやらんしっ!!』


なぜあんたにそんな目を向けられなならんのだ。
力があるんだからそういった行為をしてもおかしくないなと思っただけだ。
が、ここで僕は竜=社会性を持たない野生動物=他者を思いやるという習性が無いという認識を改めた。


『かわいそうじゃろ?』
「・・・そういえば竜は情が深いんだったな。」


情ゆえにそういったことはしないのだろう。
竜は倫理観では動かない。
法律でも動かない。
ただ情の赴くままに動くのだ。


で、今回、人質を取ったのは襲い掛かってきた侘びとしていてもらうという形か。
普通に攫うとかわいそうだから。
しかし、それを言うならこれはこれでかわいそうだと思うんだけどな。
狩人としての僕の眼力で見るにアティと呼ばれた女性とリッカ少女は勇者であるカイト君にほの字と見た。
今頃急接近されてたら・・・無いか。
仲間が人質になっているという時に乳繰り合う人間たちを勇者とは呼ばないだろう。おそらく。


『深いと言っても節操なく深い情を持つわけではないぞ?
そもそも彼らに情を抱いているわけではなく、情を理解できるからこそそうした行為をしないのだ。
そういった行為によって周りの人間がどんなに苦しむかがわかる。ゆえに人様の迷惑になるようなことはしない、ということじゃの。
ただ襲い掛かってくる生物に同情を抱くというのは・・・それはもはや精神病の類を患っているのではないか?』


と、至極まっとうなことを言い出す彼女。
なるほど。
確かにそうだ。


「つまり・・・私はあなたの話し相手になればいいの?」
『うむ。』


そして最後に。
リッカ少女のお仲間に話した脅し文句は大体が嘘。
たとえ約束を破ったからと言っていちいち殺しに行くほど酔狂ではないし、そもそも生物としての格の差が空きすぎて、殺しても殺さなくてもどちらでもいい、というレベルでしかない。仮に殺したくても場所なんてわからないと言う。
僕たちに関する条件は僕たちを気遣ったため。
ほかの嘘に関してはいたずらっ子をお仕置きする意味合いであり、これで反省しろということである。


「こ、これはなんなのよっ!?」
『・・・ん?
その焼印か?
何の効力も持たないただの魔方陣だの。
私が消そうと思えば・・・ほれ、消える。
そうでなくても皮膚に直接刻んでおるから・・・一月も立てば綺麗に消えるじゃろ?』


リッカ少女の腕に刻まれた紋様がすぐに消え去るのを見て、リッカ少女は何とも言えない顔をした。
・・・気持ちはわかるぞ。




こうして勇者とのいざこざはひと段落ついたのであった。


「タコ・・・おなかすいた。」


やまいがつぶやく一言に、ああ、僕もだ。と。









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